台湾の前総統・蔡英文氏は最近、10日間にわたる欧州歴訪を終えた。『日経アジア』はこの訪問について、中国による国際的孤立圧力に抗しうる台湾の決意を示すものであり、欧州諸国との関係強化にもつながったと評価している。昨年に総統職を退いた蔡氏だが、いまなお台湾の重要な政治的リーダーとして、国際舞台での台湾の存在感を高めるために積極的な外交活動を続けている。
蔡氏は5月10日にリトアニア入りし、同国の元大統領グリバウスカイテ氏、元外相ランズベルギス氏、複数の国会議員と面会した。また、デンマーク・コペンハーゲンで開催された「コペンハーゲン民主主義サミット」にて基調講演を行い、イギリスでは上院で演説し、下院のホイル議長とも会談した。さらに、ヴィリニュス大学、ケンブリッジ大学、そして自身が1980年代に法学博士課程を修了したロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)でも公開講演を行った。
LSEでの講演で蔡氏は「いま世界は、不確実性と予測不能性に満ちた全く新しい地政学的局面にある」と警鐘を鳴らし、民主主義国は安全保障の責任分担を見直すべきであり、EUも集団的安全保障能力の向上を急ぐ必要があると述べた。現在の貿易摩擦は、数十年にわたって築かれてきた国際貿易秩序を揺るがしているとも指摘した。
『日経』は今回の欧州歴訪を、蔡氏が昨年10月にチェコ、フランス、ベルギーを訪れて以来の新たな外交突破であり、欧州議会を訪問した初の台湾前総統としても歴史的であると伝えている。台湾初の女性総統である蔡氏は、退任後も依然として高い支持率を維持している。
同紙はまた、蔡政権下で台湾の外交承認国は22カ国から12カ国に減少した一方で、米国、日本、英国などとの実質的な関係は著しく深化したことにも言及。2023年には英国が台湾と象徴的な貿易協定を締結し、台湾への先端技術の輸出を強化するとともに、中国の軍事的威圧を非難し、台湾の国際機関参加を支持するなど、関係は多面的に進展している。
中国大使が行けない場所に、蔡英文氏は行ける
対中政策を扱う国際議員連盟「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」のルーク・デ・パルフォード事務局長は、「台湾は英国にとって重要な貿易パートナーであり、その本質は経済規模以上に、台湾が供給する半導体の不可欠性にある」と述べ、今回の蔡氏の訪問は、従来外交慣例や中国の圧力により空白となっていたハイレベル交流のギャップを埋めるものだったと評価した。
とりわけ蔡氏が英国議会で演説を行い、議長と会談できたことは、中国の駐英大使ですら立ち入ることのできない場所であることからも、その意義は大きいと強調された。
蔡氏はまた、19日に英国国防・安全保障シンクタンク「英王立防衛安全保障研究所(RUSI)」のフォーラムにおいても講演を行っている。英国議会では、中国による英議員への制裁を受け、中国大使の議会立ち入りを禁止する決議が採択されている。
台湾と欧州の協力深化の好機
欧州連合(EU)の駐台湾代表であるルッツ・グルナー氏は19日、台北で開かれた外国人記者クラブでの記者会見にて「台湾はEUにとって志を同じくするパートナー」であり、「EUの台湾への投資額は、米国と日本の合計をも上回っている」と語った。トランプ米大統領の第二任期の不確実性が高まる中、蔡氏の今回の訪欧は、台湾と欧州との実質協力を深化させる貴重な機会となった。
また、チェコのシンクタンク「欧州価値安全保障政策センター」台湾事務所のマルチン・イェルジェフスキ所長は、蔡氏の訪問について「民進党政権が安定と一貫性を維持できる力量を示した」と評価。一方、国民党の朱立倫主席が頼清徳総統をヒトラーに例えた発言が欧州外交官の反発を招いた件にも触れ、「与党と野党の国際的なイメージの差が如実に表れた」と述べた。
イェルジェフスキ氏は「米国の政治状況が不安定な今、台湾は欧州に対して明確な政治的メッセージを発信すべきだ」と強調し、台湾と欧州の産業・投資分野での実質的な協力推進を呼びかけた。 (関連記事: 視点》「個性」が制度を揺るがす──蔡英文から頼清徳へ、変わる台湾政治の統治美学と対立の構図 | 関連記事をもっと読む )
編集:梅木奈実
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