薬剤費はどこまで公的保険で守るべきか 東大・五十嵐氏が警鐘「OTC類似薬の保険外しは最後の手段」

五十嵐中特任准教授は、安易なOTC薬の保険外しを戒め、患者負担や費用対効果の限界を踏まえた国民皆保険制度の再構築を訴えました。(写真/日本記者クラブ提供)
五十嵐中特任准教授は、安易なOTC薬の保険外しを戒め、患者負担や費用対効果の限界を踏まえた国民皆保険制度の再構築を訴えました。(写真/日本記者クラブ提供)

2025年12月16日、日本記者クラブにて「人口減少時代を生きる」シリーズの第4回会見が行われ、薬剤経済学を専門とする東京大学大学院薬学系研究科特任准教授の五十嵐中氏が登壇し、「薬とお金の諸問題」をテーマに、社会保障制度改革における薬剤費の在り方やOTC(一般用医薬品)類似薬の取り扱い、費用対効果評価の課題について講演を行いました

五十嵐氏は冒頭、高額療養費制度について触れ、2022年度に後期高齢者の給付額が急増したデータを示しましたが、これは医療需要の変化ではなく、同年に一定所得以上の後期高齢者の窓口負担が1割から2割へ引き上げられた制度改正による影響であると指摘しました。その上で、WHO(世界保健機関)が提唱する「破滅的医療費支出(Catastrophic Health Expenditure)」の概念を紹介し、可処分所得の4割以上を医療費が占める状態を指すこの指標において、特に血液がんや固形がんの患者では高額療養費制度があったとしても家計への負担が大きく、経済的毒性(Financial Toxicity)の問題が存在することを強調しました

日本の国民皆保険制度(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ:UHC)について五十嵐氏は、「安価で必要な医療にアクセスできること」が定義であるものの、日本はこれまで「全ての薬をほぼ同条件で見る」という特異なスタイルを貫いてきたと説明しました。しかし、コロナ禍を経て公的医療保険制度への意識調査にも変化が見られ、「現状維持のために一部の薬は保険から外す」という選択肢への支持が、以前はタブー視されていたものの、2021年以降は一定の理解を得られるようになってきていると述べました

薬剤費適正化の手段として期待される「費用対効果評価(コスパ)」については、分析の前提となる比較対象薬や使用データの選び方次第で結果が大きく変動することを、片頭痛治療薬の分析結果が10倍も変動した事例を挙げて解説しました。五十嵐氏は、現在の評価制度には不確実性や恣意性が入り込む余地があり、単一の指標で薬価や保険適用を決定することは危険であると警鐘を鳴らしました

現在議論の焦点となっているOTC類似薬(市販薬と成分が共通する医療用医薬品)の保険適用除外については、流通経路の違いや患者負担の増加、代替薬への処方変更(移転)などの問題点があるため、いきなり保険から外すことは望ましくなく「最後の手段」であるべきだと主張しました。五十嵐氏が行った推計によると、2020年時点で軽度な症状に限ったOTCへの置き換え効果は3200億円、2022年の成分ベースでの最大推計では6500億円と試算されています。さらに2024年の最新推計では、高血圧や脂質異常症などの慢性疾患で、状態が安定し1年以上同一処方を受けている患者に限定した場合でも、約1100億円の医療費削減ポテンシャルがあることが示されました

五十嵐氏は、医療機関を受診した場合とOTCを購入した場合の費用比較において、処方日数が長くなるほど固定費(診察料など)の割合が下がるため、現状では医療機関で処方を受ける方が患者負担が安くなる傾向にあるとしつつも、OTCには時間的制約がないなどの利便性があると指摘しました

その上で、セルフメディケーションの推進と保険外しはイコールではなく、まずは価格差の縮小や医師からの推奨などを通じて意識を変えていく必要があり、国民皆保険制度における「安価」と「必要」のバランスを再考する時期に来ていると締めくくりました

編集:小田菜々香

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