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論評:トランプの戦略的後退 台湾・頼清徳政権は「戦備優先・交渉回避」を続けるのか 米国のトランプ政権が対外戦略を大きく収縮させるなか、頼清徳政権は「備戦・非交渉」の路線をなお固守するのか。(イメージ画像)
米国のトランプ政権は、第2期に入って初となる 『国家安全保障戦略』(NSS) を静かに公表した。文面では中国の軍事的脅威を意図的に弱め、米国務長官のマルコ・ルビオ氏は「国務省の役割は、中国政府との協力の余地を探ることだ」とまで踏み込んだ。政治学者のアンドリュー・ネイサン氏は「トランプはCIA (中央情報局) よりも習近平氏を信じている」と語っている。米国の対外戦略が大きく内向きに転じるなか、台湾の頼清徳政権はなお「備戦はするが交渉はしない」という路線を堅持するのだろうか。
米国の戦略収縮に揺らぐ同盟国 新版の『国家安全保障戦略』は冒頭で、トランプ2.0の外交姿勢を「実務的だが実用主義ではなく、現実的だが現実主義ではなく、原則的だが理想主義ではなく、強硬だがタカ派ではなく、抑制的だがハト派ではない」と定義する。しかし実態は、装いを変えた「アメリカ・ファースト 」にほかならない。特定の思想に基づくものではなく、あくまで米国の利益を最優先する姿勢であり、外交政策が明確に「戦略的縮小」へ向かっていることを示している。
注目すべきは、トランプ第1期で中国とロシアを最大の脅威と位置づけていたのとは対照的に、今回は中露の地政学的挑戦を前面に出していない点だ。ロシアについては「戦略的安定関係の再構築」を掲げ、米国はNATOの前線に立つ「対抗者」ではなく、欧州とロシアの間の「調停者」を自任する姿勢を見せる。中国に対しても強硬な言葉遣いは残しつつ、焦点は軍事衝突の回避と経済・貿易の不均衡是正に移っている。同時に、日本や韓国に対しては防衛負担の増加を求め、米国自身の軍事的関与を軽減しようとする意図が透けて見える。
米国のトランプ政権は、台湾に対し「アメリカ・ファースト」の下で通行料や保護費の負担を求めているとされる。写真はトランプ氏が米軍の最新兵器計画を発表した場面。(AP通信)
台湾の価値は「半導体と航路」だけなのか 今回の戦略文書では、台湾について異例ともいえる6回の言及があり、「核心的な戦略戦区」と位置づけられている。半導体 サプライチェーン 、主要航路、地政学的要衝としての重要性が強調され、同盟国の軍事配備による抑止構想も盛り込まれた。 しかし、その抑止の根拠は「台湾を守る」という価値判断ではない。台湾が中国軍の第二列島線進出を阻む要衝であり、東北アジアと東南アジアを結ぶ戦略通路を押さえ、世界の約3分の1の海上輸送に影響を与えるからだ。米紙ニューヨーク・タイムズが指摘したように、トランプ氏にとって台湾の残された価値は「半導体と航路」に集約されつつある。言い換えれば、米国は台湾を守る主体ではなく、「アメリカ・ファースト」の名の下で通行料や安全保障コストの負担を求める立場に変わりつつある。
この『国家安全保障戦略』について、戦略研究者の林中斌氏は「米国の戦略的大転換」だと読み解く。トランプ1.0の全面的な対中対抗から、トランプ2.0では米中の「戦争回避」と勢力均衡(balance of power)を軸に据え、北京とG2体制で国際秩序を共同管理する方向へと転じた、という見方だ。こうした転換は、副大統領のJ・D・ ヴァンス 氏、国防長官のピート・ヘグセス氏、国防次官のエルブリッジ・コルビー氏ら、トランプ政権の核心圏が主導する新たな戦略路線を映し出している。
「兄貴分」は急旋回、台湾を限界まで使い切るのか コロンビア大学政治学教授のアンドリュー・J・ネイサン氏は、番組『下班国際線』で「トランプは米国のCIAや側近の分析よりも、習近平やプーチンを信じている」と率直に語った。こうした「強権指導者への傾斜」は、米国外交を自由と民主という価値軸から遠ざけ、短期的な取引を優先するあまり戦略的余地を自ら手放す結果を招いているという。中長期的な対中競争の布石は弱まり、欧州の同盟国にはこれまでにない不安が広がっている。ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン氏も、こうした動きは米国外交の価値基盤そのものを損なうと批判している。
かつて対中強硬の急先鋒で、中国から二度制裁を受けたルビオ国務長官は、自らの職務が「中国政府との協力の機会を探ること」だと認めた。(AP通信)
象徴的なのが、かつて対中強硬派の急先鋒で、中国から二度制裁を受けたルビオ国務長官の発言だ。ルビオ氏は最近、「中国はすでに、そして今後も豊かで強い国家であり、地政学上の重要な存在だ」と認めたうえで、自らの職責は「中国政府との協力の可能性を探ること」だと公言した。さらに、日米と米中のどちらかを選ぶ必要はなく、両軸は並行して進められるとも述べており、これは過去の立場からの急転換と受け止められている。
同時に、ラトニック商務長官は、トランプ政権の狙いは半導体サプライチェーンを米国に引き戻すことであり、台湾と米国の生産能力を「五分五分」にする考えを示した。その後には、TSMCに対し2000億ドル(約31兆円)超の対米投資を想定しているとも発言している。これは、台湾側が「交渉は最終段階に入っている」と説明してきた内容と食い違い、金額や関税条件はいまだ不透明なままだ。台湾政府が対米交渉の切り札として掲げる「サイエンスパーク(科学園区 )」や「半導体エコシステム」構想も、十分な影響評価が示されない限り、「台湾の空洞化」や「一方的な差し出し」との疑念を免れない。
台湾は自らを燃やし、米中の再編に貢献するのか 頼清徳政権の姿勢は、こうした国際環境の変化と逆行しているようにも映る。国民への十分な説明や立法院との調整を欠いたまま、約1.25兆台湾ドル(約6兆1250億円) 規模の防衛予算を米国依存で進め、安全保障の保証を得ようとしてきたが、予算はいまなお立法院で停滞している。この形の「備戦」は、実際にどれほどの抑止力を持ち得るのか。米国自身が「アメリカ・ファースト」へと舵を切るなか、台湾だけが軍拡競争に賭け続けることは、袋小路に自ら入り込む選択ではないのかという疑問が残る。
日台関係協会会長の蘇嘉全氏が、海峡交流基金会(海基会)会長に就任するとの見方が取り沙汰されている。(写真/盧逸峰撮影)
最近相次いだ国家安全関連の人事異動も、頼政権の外交思考を映し出している。元駐日代表の謝長廷氏が日台関係協会会長に就き、同協会会長だった蘇嘉全氏は海峡交流基金会(海基会)会長へ、そして対話路線を唱えてきた呉豊山氏は総統府資政へと配置換えされた。対中対話に前向きだった人物が前線を離れ、代わって政治色の強い人事が据えられたことで、両岸対話や交渉への準備が本当に進んでいるのか、疑問が残る。
人事配置を見ても、頼政権は「両岸関係」よりも「日台関係」を前面に押し出しているように映る。一方で、日本側から「台湾有事論」が打ち出され、中国との摩擦が強まっても、トランプ政権は異例とも言えるほど沈黙を保ち、2026年4月の訪中を見据えた「和平の演出」に関心を向けているとされる。
総じて言えば、トランプ政権が「米国の利益最優先」へと大きく舵を切るなか、台湾は大国間の力学の中で周縁へと追いやられつつある。頼清徳政権は、この現実を前にしてもなお「備戦一辺倒」を続けるのか。外交と軍事の均衡を見失い、軍事費を積み増すだけで済むと考えるなら、台湾は「トランプ版モンロー主義」の下で切り捨てられる側に回る可能性を、過小評価しているのかもしれない。
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