中国が潜水艦部隊の増強を加速させる中、第一列島線は将来的に水中戦の主戦場へと移行するとの見方が強まっている。海上自衛隊で三つ星海将として退役し、前潜水艦隊司令官を務めた矢野一樹氏は、2025年7月7日に行われたオンライン講演で、中国のA2/AD(アンチアクセス・エリア拒否)戦略がアジア太平洋の安全保障構造を根本から変えつつあると警告。台湾、日本、米国は潜水艦の配備と作戦体制の見直しを迫られていると語った。
矢野氏はこの日、「対中抑止戦略における潜水艦の役割」と題して淡江大学で講演を行い、中国の戦略について詳しく解説した。
A2/ADの核心は南シナ海の「核潜水艦バスチオン化」
矢野氏は、中国のA2/AD戦略の核心が南シナ海を「バスチョン(聖域)」化し、戦略核潜水艦を展開することで核報復能力を確保しつつ、第一列島線の内外からの進入を遮断することにあると説明した。さらに、その延長として、第一列島線と第二列島線の間で敵の戦力を撃破し、中国本土および戦略物資輸送の安全を確保する意図があるとした。
この戦略の運用は、大量の短・中距離弾道ミサイルや巡航ミサイルによる飽和攻撃に依存しており、短期間で既成事実を作り出すことを狙っていると分析。これに対応するかたちで、米国は2019年に《中距離核戦力(INF)条約》から脱退し、地域内で中距離ミサイル部隊の再整備を進めている。台湾や日本を含む第一・第二列島線全体の防衛強化がその目的だと指摘した。
こうした戦略環境の変化により、大規模な水上艦隊の第一列島線接近は困難となっており、矢野氏は「今後は潜水艦が沿岸域での作戦の主役になる。これは米中両国にとって避けられない選択だ」と述べた。

中国の新型原潜が与える戦略的衝撃
中国が配備を進める新型潜水艦の性能にも注目が集まっている。093B型攻撃型原子力潜水艦は、ポンプジェット推進や静音技術を搭載し、かつての米ロサンゼルス級潜水艦に匹敵する音響性能を備え、第3世代原潜に達したと評価されている。
さらに矢野氏は、現在建造中とされる096型戦略原子力潜水艦について、排水量が2万トンに達し、射程1万2,000キロのジュラン3型潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を搭載可能で、南シナ海から米本土を直接射程に収める能力を持つと警告。また、095型攻撃型原潜には多数の垂直発射システム(VLS)が装備され、対艦・対地攻撃の両面に対応可能であることから、「中国は潜水艦戦力を二重の戦略兵器に変えようとしている」との見解を示した。

米国主導の「水中優位」にも限界 日豪台の連携が鍵に
米国は潜水艦技術と水中作戦の面で依然として優位に立っているが、矢野一樹氏は、米軍の潜水艦数が減少しつつあり、中国・ロシアという二つの正面に同時に対応する必要があると指摘する。2035年までに戦略核潜水艦は10隻を下回り、中国と同水準になり、攻撃型潜水艦も30隻未満に減少するとの見通しもある。
矢野氏は、日本とオーストラリアが米国の最も緊密な同盟国として、潜水艦の量と質の向上が求められると述べた。また「日豪の潜水艦、AUKUS艦隊、台湾海軍を合わせれば中国に対抗可能」とし、将来的には日本が東シナ海、オーストラリアが南シナ海、台湾が本島周辺を担う分担体制が望ましいとした。
さらに、潜水艦はもはや攻撃用の兵器にとどまらず、「戦略的抑止の中核」であり、AIP型の通常潜水艦では中国の核潜水艦に対抗しきれないと強調。日本も攻撃型原潜の開発と配備に踏み切り、米英豪と作戦テンポをそろえることで、中国を南北から包囲する水中抑止力を形成すべきだと提言した。
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