「TSMC(台積電)の工場建設は補助金のためではない。私たちが求めるのは公平であることだけだ。補助金がなくても、私たちは恐れない。」
—— TSMC会長 魏哲家(2025 年 3 月)
補助金から株式へ?米国の「囲い込み戦略」
トランプ政権チームは、《CHIPS法》の補助金と引き換えに、米インテルの株式10%を取得する構想を打ち出し、市場に衝撃を与えた。直ちに注目は台湾の「護国神山」TSMCへと移り、米商務長官は「先端半導体の99%を台湾に依存すべきではない」と強調。本土に安定した生産拠点を築く必要性を訴えた。
報道によれば、米政府は同じ手法でTSMCやサムスンといったアジアの大手企業にも出資し、中国から遠く、米国に近い場所に第2の先端製造拠点を構築する案を検討している。
補助金と株式の「交換レート」
数字を見れば、その狙いは鮮明だ。インテルの場合、時価総額約1,108億ドル(約16兆4,000億円)に対し、補助金約109億ドル(約1兆6,000億円)はちょうど株式の10%に相当。これで米政府は経営への影響力を大幅に高められる。
TSMCに関しては、すでに66億ドル(約9,800億円)の補助金が承認され、うち15億ドル(約2,200億円)が支給済みで残り51億ドル(約7,500億円)が未執行。サムスンには約47.5億ドル(約7,000億円)、マイクロンには約62億ドル(約9,200億円)が割り当てられている。米国は「資本投入」と「株式保有」を通じて、アジア半導体大手に対する影響力とサプライチェーンの安全保障を確保しようとしている。
TSMCが揺るがない「二つの強み」
だが、補助金依存が目立つ企業とは異なり、TSMCが拠り所とするのは「技術力の先行」と「世界的な顧客基盤」の二本柱だ。魏哲家会長が3月に述べた「補助金がなくても恐れない」という言葉には、この自信が表れている。
アップル、NVIDIA(エヌビディア)、AMD、クアルコムなど、世界のトップ企業はTSMCの先端プロセスに深く依存しており、この結びつきは容易に代替できない。米国がインテルに資本を注入しても、TSMCが築いた製造プロセスの深さと顧客生態系の広さを短期的に再現することは困難だ。
国家権力と企業自立 せめぎ合いの行方
「補助金を株式に換える」という発想は、突き詰めれば国家安全保障と産業戦略が交差する地点にある。アメリカ側は、資本投入とガバナンスへの影響力を通じて、サプライチェーンのリスクを低減したいと考えている。だが、企業の視点から見れば、TSMCの経営の根幹にあるのは「公平競争」の原則であり、いかなる株主も——たとえ米国政府や外国資本であっても——単なる多数株主の一部に過ぎず、会社の経営方針そのものを左右することはできない。
さらにグローバル戦略の観点から見れば、TSMCが米国・日本・欧州で工場建設を進める決断の第一優先事項は、顧客の需要とサプライチェーンの強靭性であり、補助金の額が単独で決定要因になることはない。こうした姿勢により、政治的な雑音が高まっても、TSMCは戦略の一貫性と意思決定の柔軟性を維持し続けている。
市場はどう読む?短期的な揺らぎと長期的な安定
確かに、「補助金と株式交換」のニュースは投資家心理を揺さぶり、TSMC株は短期的に大きく値を下げた局面もあった。だが、多くの専門家は「むしろこの出来事は、TSMCが世界の半導体サプライチェーンにおいて不可欠な存在であることを再確認させただけだ」と指摘している。もし米国が本気で「介入」するのだとすれば、それは裏返せばTSMCの先端製造における支配的な地位を否定できないという事実の証明でもある。
補助金で動くのは資本、動かせないのは「神山」
トランプ政権の「補助金で株を得る」シナリオは、今後も市場のノイズとして取り沙汰されるだろう。だが、半導体のパワーバランスを本当に決めるのは、補助金の規模ではなく、製造プロセスの実力、生産能力の柔軟性、そして顧客からの揺るぎない信頼である。
補助金で資本は動かせても、技術と信頼までは奪えない。TSMCという「神山」は、そこにこそ揺るぎない強さを持っている。
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