台湾・地方選挙において国民党は2018年から勢いを取り戻し、県市長ポストを6から15へと大幅に伸ばした。当時の党主席・吳敦義氏の選挙戦略が功を奏したとされる。台中市の盧秀燕氏、彰化県の王惠美氏、雲林県の張麗善氏、嘉義市の黄敏惠氏、宜蘭県の林姿妙氏、花蓮県の徐榛蔚氏、台東県の饒慶鈴氏の7人の女性首長が一斉に誕生し、地元では「七仙女(7人の有力女性首長)」と呼ばれた。また、新北市では侯友宜氏が朱立倫氏の後継として安定した行政運営を維持し、広い注目を集めた。そして象徴的存在となったのは、いわゆる“韓流”で国民党大勝の立役者となった高雄市長の韓國瑜氏である。 一方で報道の露出が最も少なかったのは新竹県長の楊文科氏だが、国民党にとって客家系住民が多い新竹県を守り切った功労者でもある。
2018年の国民党による新竹県長候補の指名プロセスは、まさに紆余曲折の連続だった。 当初、立委の林為洲氏、副県長の楊文科氏、県議会副議長の陳見賢氏、湖口郷長の林志華氏、竹東鎮長の徐兆璋氏の計5人が意欲を示していた。しかし、企業関係者の意見、地元政界の確執、世論調査など複数の要素を中央党部が総合判断し、途中で指名ルールを急きょ変更。最終的に楊文科氏を正式候補に決定した。楊氏はその後、韓國瑜氏の人気の波を追い風に選挙を制し、新竹県長に就任した。 それから8年、楊氏の任期満了が迫る今年、国民党の新竹県長選びは再び混乱の兆しを見せている。これは、新任党主席・鄭麗文氏にとって、候補者調整という初めての大きな試練となる。
新竹県長の楊文科氏は今期で任期満了を迎える予定で、中国国民党による次期候補の指名をめぐり、再び混乱が生じるとの見方も出ている。(写真/新竹県政府提供)
客家の要衝・新竹県長 国民党は三つ巴の構図に 現在、国民党の新竹県長選びは三つ巴の様相を呈している。立法委員(国会議員)の林思銘氏と徐欣瑩氏の2人が意欲を示し、3人目の候補として浮上しているのは、現職の新竹県副県長で、国民党新竹県党部の主委を務める陳見賢氏だ。陳氏は、県議会の正副議長や竹北市民代表会主席など、地元の主要ポストを歴任してきた人物である。
三者のうち、地元関係者がまず名前を挙げるのは林思銘氏だ。ハイテク産業の集積地である新竹県の住民の趣向に合う学歴・経歴を持つとされる。東呉大学の法律学系を卒業後、明典法律事務所の主宰弁護士を務め、その専門性は広く知られている。政界入り後は地方議員として活動し、5期連続当選ののち、2020年に立法委員へ転身。2024年の選挙でも再選を果たし、国民党団書記長など党内の要職も務めてきた。
ただ、2025年に民進党が推し進めた大規模リコールでは、国民党の勢いが揺らぐ局面があった。林氏が2024年に当選した背景には、民進党系の票割れがあったからで、当時の候補者だった時代力量の王婉諭氏と民進党の曾聖凱氏の票を合算すれば、林氏の得票率(44.8%)を上回っていた。このため民進党陣営はリコール成立に大きな期待を寄せていた。
二段階の署名手続きが補完され、ようやく基準を満たしたものの、林氏は選挙区での活動を慎重に続け、強く支援してきた陳見賢氏に感謝を示し、「2026年の県長選は陳氏を支援する」と約束したとされる。こうした経緯から、林氏自身はリコールを乗り越えたとはいえ、県長選への態度は依然として不透明で、三者の中ではやや弱い立場にあるとみられている。
台湾・新竹県長の後継レースでは三つ巴の構図が鮮明になりつつあり、新竹県選出の立法委員である林思銘氏、徐欣瑩氏に加え、現任副県長の陳見賢氏も本格的に動き始めている。(写真/盧逸峰撮影)
林思銘氏は陳見賢氏への「約束」が重圧に 徐欣瑩氏は勢いを増し存在感 現在、次期新竹県長として地元で最も期待値が高いのは徐欣瑩氏だ。その学歴・経歴の華やかさは林思銘氏と並ぶどころか、時にそれを上回ると評価されている。新竹出身の徐氏は、高校進学時に名門の中山女子高校(台湾の難関公立校)に合格し、バスケットボール部の一員として台北市の高校リーグ(HBL)で優勝を経験した。大学院は国立交通大学(現・国立陽明交通大学)の土木工学専攻で、内政部が主導した国家衛星測位プロジェクトに参加し、全国の重力データベース構築や座標変換プログラム開発に携わった。さらに米国航空宇宙局(NASA)の全額奨学金を得て渡米し博士号を取得、台湾の衛星測量分野で初の女性博士となった。
政治の世界でも頭角を現した。2005年、新竹県議会選挙で無所属ながら第2位の高得票で初当選し、2009年にはトップ当選。のちに宗教家の妙天(台湾の新宗教系リーダー)と共に「民国党」を立ち上げ党主席に就任したが、宗教色の強い政治モデルを嫌う層もおり、この点は一定のマイナスとして語られてきた。とはいえ、国民党関係者は「妙天氏とは切っても切れない関係ではあるが、すでに過去の話で大きな影響にはならない」とみている。
関係者によれば、2016年に徐氏は親民党主席の宋楚瑜氏と共に正副総統候補として出馬し敗れたものの、この選挙で県全域に知名度が広がった。2018年の新竹県長選では民国党の候補として9万1190票を獲得し、楊文科氏との差は5%に満たなかった。当時、国民党が「韓流」(韓国瑜氏の人気現象)に大きく乗って追い風を受けていなければ、逆転していた可能性もある。2022年、徐欣瑩氏は国民党の「同舟計画」(復党受け入れプログラム)で党に復帰し、その地力の強さから現職の立法委員・林為洲氏でさえ競争を避け、徐氏が立法委員選に出馬、最終的に得票率55%で当選した。当選後は派手なメディア露出は控えめだが、地元では「静かに地固めをし、2026年の県長選を虎視眈々と狙っている」との見方が強い。
中国国民党の立法委員・徐欣瑩氏はメディア露出は多くないが、地元での支持基盤づくりに力を入れ続けている。(写真/顏麟宇撮影)
陳見賢氏は地場組織戦を本格化 党本部に「直接公認」を迫る構え 新竹県長レースで存在感を増しているもう一人の有力者が陳見賢氏だ。地元組織に根を張る典型的な「陸軍型」(地上戦に強い)政治家で、近年はフェイスブックの公式ページを立ち上げ、ネット戦にも乗り出している。陳氏の自己紹介欄には、新竹県議会議長・副議長、竹北市民代表会主席、新竹県体育会理事長、退役軍人協会理事長、陳氏宗親会理事長、義勇消防隊総隊長、民防大隊大隊長など、地方組織での役職がずらりと並ぶ。その肩書きの多さは、そのまま地元ネットワークの強さを物語る。
地元関係者は、「外部の人は竹北市や新竹科学園区のハイテク人口にばかり目が行きがちだが、その他の多くの地域では、基盤の強い『地元密着型』の政治家の方が評価されやすい」と指摘する。陳氏は正副議長の経験から議員ルートで組織を動かしやすく、陸軍戦では圧倒的に強い。ただし、その強みが必ずしも全国規模の世論調査に反映されない点は、彼の弱点でもある。
さらに、客家人口が多い新竹県において、陳氏が客家系ではない点も不利に働くという。こうした背景から、陳氏は自らの弱点を補うため、2018年に楊文科氏を公認候補に押し上げた際と同じような「地元総動員戦術」を再び展開し始めたとされる。現在、陳氏は議会ネットワークを通じて県議全員の署名を取り付け、さらに各郷・鎮・市長の連署も集めつつあり、「党本部は予備選を実施せず、地元の支持を得ている自分を直接公認すべきだ」と求める動きを強めている。
これは、事実上、2018年にも見られた「党本部への圧力」と同じ構図であり、2026年の新竹県長指名を巡って、再び同じドラマが繰り返される可能性があるとみられている。