台湾の民主政治の歴史のなかで初めて夏季に実施された大規模リコール投票が、灼熱の中で迎えた4日目に幕を閉じた。今回リコールの標的となった国民党の立法委員24人のうち、半数以上は就任から3年未満で、2024年初頭に地方議会や首長職から一気に中央政界に進出した「新任立法委員」だった。台北市南松山・信義選挙区では、この数年で最も物議を醸した国民党の徐巧芯氏が、ネットを通じて街頭にまで拡散した憎悪の渦をくぐり抜け、最終的にリコール危機を突破した。これは彼女にとって政治人生のなかで鮮烈な試練となった。
「私たちは勇士を孤立させてはいけない。松山信義には徐巧芯氏が必要だ。すべての反・与党勢力には徐巧芯氏が必要だ。蔣萬安市長も、そして中華民国も、彼女を必要としている!」 7月13日午前、徐氏が市議として初めて立った台北市議会の地下で「反リコール後援会」結成が発表された際、声援が途切れることはなかった。台北市長の蔣萬安氏が放ったひと言は、徐氏を思わず涙ぐませた。投票前の1週間、蔣氏は少なくとも4度にわたり徐氏の応援に立ち、国民党で最高位の現職公職である立法院長・韓国瑜氏も街頭を駆け巡って支援。陣営が極度の緊張に包まれていたことを物語った。
リコール投票前、台北市長の蔣万安市長(右)は何度も徐巧芯氏を応援に駆けつけた。(写真/柯承惠撮影)
優勢区のはずが揺らぐ 国民党が危機感を露わに 徐氏は2024年、台北市松信選挙区で1万3614票差をつけ、民進党の許淑華氏を破った。前回2020年選挙では国民党の費鴻泰氏が6025票差で同じ相手を下したが、今回はその倍以上の差だった。それでも党の選挙対策陣は今回のリコール戦を、2024年に雲林県海線選挙区で約3000票差で辛勝した民進党の蘇治芬氏、そして同じくリコールの渦中にある国民党の丁学忠氏と並ぶ「危険度」だと評価していた。
松信選挙区は国民党が伝統的に優勢を誇るが、すでに「鉄票の倉庫」とは言えない。2008年には国民党候補が65%を得票したが、近年は45~55%にとどまる。一方、民進党は票を伸ばし、2008年には32%程度だったが、2024年には許氏が45%近い票を獲得した。
党内では「徐巧芯氏は立委選で許淑華氏(写真)を大差で下したが、松信選区はもはやかつての「鉄票区」ではない」との声がある。(写真/蔡親傑撮影)
徐巧芯氏と費鴻泰氏の確執 「撕芯裂費」と呼ばれた深い溝 国民党の牙城が揺らぐなか、徐氏が党内調整を終えたかどうかには賛否がある。2023年、2022年の市議選でトップ当選を果たした徐氏は、その勢いで立法委員の予備選に挑戦。当時、連続当選を目指したベテランの費鴻泰氏と激しい対立を繰り広げ、握手会では互いを批判し合い、選挙終盤にはバス動員の違反疑惑も報じられた。この確執は現地で「撕芯裂費」──両者の名前をもじり、対立や亀裂を意味する言葉──と呼ばれ、深い溝を残した。
リコール戦前、徐氏は「費氏とは連絡を取り続けているし、会えば話も弾む」と語り、費氏もテレビで「反リコール」を表明し、徐氏を何度も支持する発言をしていた。国民党台北市党部の黄呂錦茹氏も「彼(費氏)は必要な時は必ず出てくる」と語っていた。しかし、7月13日の支援団体発足の場に費氏の姿はなく、その後も共に街頭に立つことはなかった。投票の5日前まで、2人が同じ場に立つ機会はついに訪れなかった。
国民党台北市党部の黄呂錦茹氏(写真)が拘留され、反リコール陣営の動員に影響が出た。(写真/顏麟宇撮影)
緑陣営の反発による強烈な敵意とは対照的に、党内では支持基盤の分裂を懸念 費鴻泰氏は2024年1月に立法委員を退き、同年10月には中嘉グループの副董事長に就任し、子会社「全球数位」の董事長も兼務して以来、公の場に姿を見せることが少なくなった。地元の代議士によれば、現在は企業経営に力を注ぎ、地元での活動は減っているという。かつて「芯費の戦い」と呼ばれた時期には、徐巧芯氏を「投票者をバスで動員した」と批判し、「こんなことで立法委員になれるのか」と強い言葉を投げかけた人物が、7月13日の後援会設立大会の場に現れ、「徐巧芯は良き友人だ」「過去のことはもう水に流した」と語った場面もあった。
それでも党内には複雑な思いが残る。国民党の基盤は松信選区で民進党を上回るものの、徐氏が予備選で指名を争った際、基層支持が厚い費氏との激しい対立が尾を引き、費氏支持者の一部がいまだに徐氏に対してわだかまりを抱いている。そこへ、徐氏に対する民進党側からの強い敵意が重なり、緑陣営の支持者が結集すれば票が伸びる一方、党内の支持が割れれば、リコールを退けるのは難しくなる──そんな懸念が党内にくすぶっていた。
立法委員選挙後も、費鴻泰氏(写真)の一部の支持者は、いまだに徐巧芯氏への不満を抱えている。(写真/蔡親傑撮影)
強気の言動と「空戦の女王」と呼ばれるイメージの二面性 今回のリコールの発端は、徐氏への極めて強い嫌悪感にあった。議員就任前の違法駐車問題や警察への圧力、就任後に浮上した夫の詐欺疑惑や賭博疑惑、さらに外務省の機密漏洩告発など、一連の疑惑が負のイメージを積み重ねていた。立法院では対立する議員に中指を立てたり、暴言や蹴りを見せるなど強気の行動が目立ち、「空戦の女王」として支持を集める一方で、そのイメージが敵対陣営の憎悪を深める結果にもなった。
一方で、自ら「松信ハニーバジャー」と称し、初めての質疑で当時の行政院長・陳建仁氏を三度怒らせ、陳氏が「民主の殿堂をネットのショーにするな」と批判する場面もあったが、後に外務省のスパイ事件で写真の誤用を訂正する際には、カメラに向かって六度も頭を下げ、意外な一面を見せた。
国民党の徐巧芯氏(写真)は「空戦の女王」として支持と批判が二極化している。(写真/柯承惠撮影)
伝統的な政治スタイルを超え、蔣萬安市府を守る存在へ さらに、自身を日本のアニメキャラクター「クロミ」に例え、「さそり座で、死のノートを持っている」と語るその個性も注目を集めている。民進党の高嘉瑜氏とは、かつては「クロミとマイメロディ」のような関係だと言われたが、やがて対立に転じた。それでも、高氏がディープフェイクの標的となった際、徐氏は国家安全局長への質疑で彼女を擁護し、民進党議員からも評価された。
身長153センチと小柄な徐氏は、議場でリコーダーを吹いたり、女子高生の衣装で「愛してる」と歌い踊ったり、舞台劇に出演するなど、伝統的な政治家像を大きく外れた活動を見せてきた。黄国昌氏から「新世代政治家の模範」と評され、ネット戦の象徴としても注目される。今回のリコールでは、松信選区に蔣萬安市府を守る力があるのか──有権者は投票でその問いに「ノー」と答え、彼女を再び前線に立たせる結果を出した。