台湾・新北市板橋区の縣民大道と台65線沿いでは、東西でまったく異なる空気が広がっている。第7選挙区に含まれる61里では、最近のリコール投票をめぐって一段と熱気を帯びた。注目の的となった国民党の立法委員・葉元之氏は、約3年で3度目となる投票を経て、ついにリコールを回避。政界の予想を覆す結果となった。
2024年1月、葉氏は立法委員選挙をかろうじて制したが、その後すぐにリコール運動の渦中へ。今回は対立候補のスキャンダルに助けられることもなく、過去の言動が次々と問題視され、苦しい戦いを強いられた。
リコール投票直前の7月19日午後、国民党は板橋第一運動場前で「新北愛国者行動」を開催し、リコールを仕掛けられた新北市の6人の立法委員を後押しする「反リコール」集会を実施。前総統の馬英九氏、台中市長の盧秀燕氏、台北市長の蔣萬安市氏らが登壇し、大雨の中でも「参加者は2万人超」とアピールした。しかし舞台上で韓国瑜立法院長が演説を始めた際、そこに葉氏の姿はなく、しばらくして舞台裏から服を整えながらゆっくり現れ、韓氏の背後に立った。
7月19日のリコール投票直前の週末、国会院長・韓国瑜氏(中央)が救援に駆けつけたが、葉元之氏(左から二人目)はまたしても遅刻した。(写真/陳品佑撮影)
選挙情勢が不利なのに態度は消極的――党内からも嘆きの声 こうした遅刻は初めてではない。新北市長・侯友宜氏が6人の党籍立法委員を招き、反リコールの打ち合わせを行った際、ほかの委員は全員時間通りに集まったのに、葉氏だけが遅れて現れたという。6月初旬に侯氏が板橋の新設地下駐車場を視察した際も、葉氏は現場にはいたものの、途中でヘルメットを外して早退したとされ、侯氏が「どうしてこうなるんだ」と思わず漏らしたという証言もある。 市政府は、立法委員が市政をアピールしやすいように視察予定や資料を事前に用意し、支援体制を整えているが、葉氏は他の委員と比べても出席が少ない。党本部も物資提供や人員派遣で「反リコール」活動を後押ししていたが、葉氏側からの動きは乏しかった。こうした態度に、党内からも「状況は厳しいのに消極的すぎる」と不満の声が上がっている。
新北市長の侯友宜氏(写真)はかつて新北の立法委員を招集してリコール対策会議を開いたが、葉元之氏は遅刻した。(写真/柯承惠撮影)
「板橋は本来の地盤ではない」勝利の裏に相手候補の自滅 葉氏はもともと新北市議時代、サービス拠点を板橋西区に置いていたが、立法委員当選後に東区に事務所を設置。2024年の勝利の大きな要因は、対抗馬だった羅氏のスキャンダルだった。選挙直前、羅氏とされる人物の性的な私的映像や、蔡英文前総統との会話録音とされる音声が相次いで流出。羅氏は境外勢力の介入だと否定したが、「ビデオゲート 」「録音ゲート 」と呼ばれる騒動の中で支持を失い、最終的に敗北を認めた。
今回のリコール回避により葉氏は議席を守ったが、党内外からの評価は厳しく、頭上の雲はまだ晴れていない。
葉元之氏が2024年に立法委員に当選した背景には、民進党の板橋選出・羅致政氏(右)が大選挙前に不適切な動画を曝露され、選挙情勢に大きな打撃を受けたことがある。(写真/柯承惠撮影)
過去は羅致政氏のスキャンダルで勝利 今回は葉元之氏の負の側面が浮き彫り しかし、リコール投票は通常の選挙とは異なり、対立候補のスキャンダルが存在しない分、葉元之氏自身のこれまでのさまざまな問題が「反感」として次々に表面化した。国民党の立法院古参スタッフは「最近の一連の問題は葉元之氏の不運というだけではなく、根本的には彼自身の性格やこれまでの経歴に起因している」と率直に語る。
メディア出身の葉氏は、新北市議から立法委員となった今に至るまで、事務所に固定の主任を置かず、時には主任不在のまま自身が取り仕切ってきた。フラットな管理体制は、自らのスタイルやペースをコントロールしやすい一方で、チーム内で摩擦が生じやすく、誰もが不満を抱えやすい環境を生むという。
葉氏の事務所をめぐる問題はそれだけにとどまらない。地元の警察関係者によれば、葉氏と地元警察署との関係が「特異」と言われてきた背景には、事務所主任が毎年のように、時には年に2度も交代するため、警察が定期訪問をする際に「誰に連絡をすればいいのか分からない」事態がたびたび起きていたことがある。こうした事情もあり、葉氏が選挙区の住民からの陳情を警察に確認する際の進め方は、羅致政氏や民進党の板橋西区選出の張宏陸氏とはまったく異なるものになっていた。
リコール投票は通常の選挙とは異なり、競争相手の論争がない分、葉元之氏の過去のさまざまな論争が「反感」として次々に表面化した。(写真/陳明仁撮影)
警察への圧力疑惑や職場いじめ問題 相次ぐ論争 3月初旬、葉氏は警察署長への圧力、警官への威圧的な態度、立法院の公用車運転手への暴言など、一連の疑惑で批判を浴びた。立法委員就任前には、選挙活動中の車が違法駐車で警官に注意された際に口論となり、それ以来、現場の警察の間では「葉氏対応マニュアル」が出回るようになったとされる。
警察への圧力疑惑が報じられた後、葉氏は国民党中央の指示で、親緑系メディアの政治番組への出演を控え、地元での活動を強化し、イメージ回復に努めるようになった。しかし、リコール投票を前にして、葉氏がかつて「不当解雇した」とされる元助手の問題が再び表面化。元助手の遺族が資料をマスコミに渡したことで、「悪質な上司による職場いじめ疑惑」として大きく報じられた。葉氏は問題が表面化する直前まで本人として対応せず、国民党内の人脈を使って解決を試みた結果、逆に遺族の怒りを買う形になった。
葉元之氏は「不当解雇された助手」をめぐる論争に巻き込まれた。写真は2025年3月前、助手の葬儀で設置された立て看板の内容が議論となった場面。(写真/王定宇氏のフェイスブックより)
人間関係が最大の課題 国民党が救いの手を差し伸べても… これらの一連の疑惑は、世論を刺激し批判を呼び起こしたが、葉氏の最大の課題は「人間関係」だ。新北市政府、国民党新北市支部、さらには新北市での影響力が大きい台北市政府の上層部までもが、「必要があればいつでも連絡をくれ、全力で支援する」と申し出ていたが、葉氏からの連絡は一向になく、関係者からは「神様でも救えない客がいる」「天が下した災いは避けられても、自分が招いた災いは避けられない」との嘆きが聞こえてくる。
つまり、リコール投票は葉氏が言うように「憎しみの動員」であったかもしれないが、葉氏自身が抱える課題こそが最大の敵だった。国民党は全力で救いの手を差し伸べ、葉氏の選挙区で大規模な支援集会まで開いたが、当の本人はそこでも遅刻して姿を現した。もはや論点となる対立候補のスキャンダルもない中、葉氏が立法委員としてふさわしいのか、またこの1年間の議会での働きは有権者に信頼を与えるものだったのか。
その答えをめぐり世論は割れたが、結果として、葉氏は低調な姿勢と国民党の総力戦によって、国民党・民進党双方が一度は共有した「葉元之は終わった」という見方を覆すことに成功した。ただし、彼の政治人生はこれからも、薄氷を踏むような綱渡りが続くことになりそうだ。