米・イスラエル連合軍による核施設への攻撃で甚大な被害を受けた後、イラン社会には沈滞した空気が漂っている。外敵からの圧力が強まる中、イランの神権体制はこの危機を「民族団結」の機会に転じようと動き出した。民間で親しまれてきた文化資源を総動員し、愛国歌や伝統神話を宗教儀式や公共の場に取り込み、国民感情を再結集させようとしている。7月、テヘランで取材した『ニューヨーク・タイムズ』は、こうした文化動員が宗教と民族意識を融合させた「新たな民族主義」を生み出していると報じた。国難を前に、多くのイラン人が国家と文化へのつながりを再確認し、共に抗う選択をしているという。
戦争がもたらした「民族団結」の機運
イスラエルとの12日間に及ぶ戦闘で、イランは防衛線を破られ、核施設にも被害を受けたうえ、多くの民間人が犠牲となり、社会全体が深い失意に沈んだ。しかしイランの神権政府は後退せず、むしろこの危機を民族感情を再結集させる転機と捉えている。
『ニューヨーク・タイムズ』7月22日の報道によれば、空襲による怒りや不安が高まるなか、イラン当局は愛国的な物語を強化し、文化と信仰を結びつけて新たな「民族団結」の空気を生み出そうとしている。経済・政治で苦境に立つ統治基盤を安定させる狙いも透けて見える。

当局は、これまで世俗的民族主義者の領域にあった文化資産――古代神話や愛国歌など――を宗教儀式や公共空間に取り入れ始めた。シーア派ムスリムの重要な哀悼の日であるアシュラの儀式では、最高指導者アリ・ハメネイ師が宗教歌手に対し、かつて禁じられていた愛国歌「おお、イラン」を歌うよう直接指示した。歌声が響くと、集まった人々は一斉に声を合わせ、会場の熱気は最高潮に達した。
「我が魂と精神はすべてあなたのもの、我が祖国よ」
「あなたのために震えない心は、呪われるべし」
Arash the Archer (Kamangir), pre-Islamic national hero.
— شرقزده sharghzadeh (@sharghzadeh)July 6, 2025
Again, unthinkable just a month ago.https://t.co/ROmmpeUS6hpic.twitter.com/r6bEKh8Ws4
古都シラーズには、イスラエルのネタニヤフ首相が古代ペルシャ王シャープール1世の前でひざまずく姿を描いた巨大な看板が掲げられている。これはペルセポリスの浮き彫りを模した構図で、敵がついに屈服することを象徴している。テヘランの中心・ヴァナク広場では、伝説の弓の名手「アラシュ(Arash the Archer)」が宣伝の主役となり、かつて国境を定めた英雄の弓には今、矢ではなくイスラム共和国のミサイルが掛けられている。

こうした文化動員は、単なる宗教儀式や宣伝にとどまらず、政府の政治的言語そのものの転換を示している。テヘラン大学のモフセン・ボルハニ法学教授は「シーア派宗教アイデンティティとイラン民族主義が結合したものだ。外国からの攻撃への集団的対応が、この変化を後押しした」と分析する。
実際、イラン当局が戦時に民族主義を訴えた例は過去にもある。歴史学者らは、1980年代のイラン・イラク戦争末期にも似た動員が行われたと指摘しつつ、「今回の規模と深さは当時を凌ぐ」と口をそろえる。