2025年7月16日、内政部警政署と法務部調査局で大規模な人事異動が予定されていた。警政署長の張栄興氏と調査局長の陳白立氏はすでに人事名簿を準備していたが、7月26日に迫る大規模リコール投票の行方次第で立法院の構図が変われば、民進党の政権運営や2026年の統一地方選挙にまで影響しかねない。警察と調査局は買収摘発や選挙秩序の維持を担う要の組織であり、今は動かず静観すべきだとの判断から、内政部と法務部は急きょ異動を見送った。すでに固まっていた人事が、リコールの結果次第で変わるのか注目されている。
治安当局のある高官によれば、警察は国民の守護者であり、調査官は地方での情報収集を担う現場最前線の組織だ。地方選挙の生態を左右する重要な鍵を握っており、これまでも高層人事は一寸の狂いも許さない慎重な配置が続いてきた。2026年の統一地方選では国民党が地盤死守を、民進党が奪回を、民衆党が拡大を狙い、激戦は避けられない。まだ1年以上あるとはいえ、警察・調査局高層は早めに地方に人員を配置し、現地の状況をつかむ必要がある。
警政署長の張栄興氏は、高層人事異動の計画を進めている。(写真/柯承惠撮影)
調査局のトップ層入り 陳白立30期組が指導班子の主力に 今回の警察・調査局の大規模人事異動では、調査局第一副局長の孫承一氏が2025年7月16日に定年を迎えることから、局内の高層人事が連動し、政治・情報機関の両面で注目を集めている。調査局は局長、3人の副局長、1人の主任秘書で権力中枢を形成する。前身は国民党時代の情報機関・中統で、組織は厳密かつ秘匿性が高く、内部の最上層の人物は実名では呼ばず、伝統的に「局の先生役」「重鎮」といった呼び方で敬称を使ってきた。現在もこの慣習が残り、局長などをそのように呼ぶことで、地位と権限の大きさを示している。
局内ではこれまで、国内安全調査処長の陳宇源氏、国家安全維護処長の葉麗卿氏、台北市調査処長の徐国楨氏の3人が最有力とされてきた。いずれも局長の陳白立氏と同じ調査班30期の同期生である。調査官によれば、陳白立氏の就任により、調査局は「30期世代」が指導層を担う時代に入った。30期以前の職員は、局長と共に働いて実績を認められた者以外は処長級ポストに就くことが難しく、いわば「昇進の機会を逃した」という状態だ。
事情通によれば、陳白立氏が、年功序列が色濃い調査局でこれほど思い切った抜擢を行ったのは、1年余り前に賴清徳総統が彼を抜擢した経緯と同じだという。かつては副局長の孫承一氏や呉富梅氏を賴総統が面談する予定だったが、二人が1~2年以内に定年を迎えることが分かり、長期的な実行力に不安があると判断された。そのため、より若い局員を推薦するよう求められ、定年まで5年以上あった陳白立氏が面談を受け、一発で抜擢された。陳白立氏は就任後も、賴総統の方針に沿って、人事の若返りをさらに進めている。
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調査局長の陳白立氏(右)の就任後、人事の若返りが加速している。(写真/蔡親傑撮影)
調査局長が私的な宴席を禁止 昇進候補は外出を控える 調査局内でトップ層に入ることは、調査官たちにとって最大の栄誉であり、誰もが憧れる到達点だ。陳白立局長の側近リストに名を連ね、次の指導層に抜擢されようと、各方面からの働きかけも絶えないが、陳局長の背後には総統という強固な後ろ盾があり、簡単には影響を及ぼせない状況になっている。
局内では、徐国楨氏、陳宇源氏 、葉麗卿氏 の3人が注目を集めているが、特に徐国楨が次期副局長に昇進する可能性が高いとみられている。実際、現在提出されている人事リストの筆頭にも彼の名がある。徐氏 はこれまで秘書室主任や彰化県調査站主任を歴任し、内勤での実務と地方での統治経験を兼ね備えてきた。2025年1月には、陳局長の意向で彰化から「天下第一処」と称される台北市調査処へ、二階級特進で異動となり、その信頼の厚さがうかがえる。
台北市調査処は業績、規模ともに局内随一で、各種の接待も多いとされる。しかし徐氏 は最近、外部での接待に顔を出すことを控えている。かつて台北市調査処長を務めた副局長の孫承一氏 の送別会が盛大に開かれた際も、慣例としては出席すべき立場だったが、陳局長が1年前に「私的な宴席には参加しない」という方針を打ち出していたため、徐氏 はあえて出席せず静観した。
では、徐氏 がさらに昇進した場合、その後任として誰が「天下第一処」のトップに就くのか。情報筋によれば、現在桃園市調査処長を務める許銘侑の評価が最も高く、人事リストにもすでにその名が記されているという。許銘侑氏 は陳局長の就任後、わずか半年で保防処副処長から保防処長へ、さらに半年後には桃園市調査処長へと異例のスピード昇進を果たしており、その勢いはかつての孫承一副局長を彷彿とさせる。
孫承一氏(左)は台北市調査処副処長、保防処処長、台北市調査処処長などを歴任。2025年7月に定年退職が予定されており、今回の新たな人事異動の焦点となっている。(写真/師範大学公式サイト提供)
調査局長と秘密拠点で共に歩んだ経歴 国安事件のベテランが復活 第27期生の許氏は、かつて「明日の星」と呼ばれた調査官の一人だ。陳白立局長と同じく国家安全調査を専門とし、スパイ事件を担当してきた。二人は調査局のスパイ対策拠点である新店・青渓順園で長く共に勤務し、現場経験を積んだ仲でもある。許銘侑はその後、基隆市調査站主任を経て国家安全維護処副処長に昇進し、順調なキャリアを歩んでいたが、基隆での工事検収を巡る疑惑が浮上し、検察が捜査した結果、汚職は立証されなかったものの、担当者の便宜供与が問題視され起訴猶予となった。
この件で許氏は連帯責任を問われ、国安の最前線である維護処から、より地味な守備部門の保防処副処長へと異動し、2年以上も待機を強いられた。その後、上層部からの支援も得られないまま時間が過ぎたが、2024年5月に陳白立が局長に就任すると状況は一変する。許銘侑は保防処長、桃園市調査処長へと次々と昇進し、いまや台北市調査処長への就任が内定している。
陳白立調査局長は、桃園市調査処処長の許銘侑氏(右)を台北市調査処処長に据える意向である。(写真/桃園市議長邱奕勝氏のFacebookより)
将軍スパイ羅賢哲を逮捕 許銘侑氏は「調査局の伝説」へ 厳しい訓練を経た調査官は、身分秘匿が絶対原則であり、拠点や捜査現場を問わず、メディアに顔を出すことは決してない。特にスパイ摘発を担う国家安全維護工作站のメンバーは、詩人・李白の『侠客行』にある「事了拂衣去、深蔵身与名」の一節を地で行くような存在だ。
その中で、国安站の古参として知られる許氏は、まさに「調査局の伝説」と呼ばれるにふさわしい人物である。2011年に発覚した台湾軍将官・羅賢哲氏のスパイ事件を担当した調査官だったからだ。
羅賢哲氏は、2003年にタイ駐在武官として赴任していた際、中国情報員によるハニートラップにかかり、性的な場面の写真を撮影されて脅迫を受けた。その後、中国に寝返り、最先端かつ最高機密とされた「博勝案」「陸区案(陸軍戦術区域通信戦場画像図資管理システム)」「安捷専案」など、陸軍の光ファイバー通信網の配置図を含む大量の機密資料を提供していた。軍や情報機関は長らくその事実を察知できなかった。
2010年8月、米連邦捜査局が羅氏の不審な資金の流れを察知し、台湾当局に通報したことで事態は急展開する。当時、調査局国家安全維護処の林雲鶴処長が米国へ飛び、米側と連携しつつ捜査資料を取得。7年以上潜伏していたスパイ網を摘発した。2012年4月、最高法院は羅氏に無期懲役を言い渡し、2013年末には中国側が捕虜交換を試みたが失敗。羅氏はいまも台北監獄に収監されている。
羅賢哲氏は、台湾初のスパイ事件で無期懲役を言い渡された国軍将校である。審理期間中、彼はFBIに陥れられたと訴えたことがある。写真は米国連邦捜査局(FBI)本部。(写真/AP通信)
国安事件の捜査力不足 陳白立氏が新たな戦力を投入 風傳媒の調査によると、両岸関係は馬英九政権下の緩和期から蔡英文政権、頼清徳政権の対立期へと変化し、国家安全事件の対応も「捜査しても起訴しない」時代から「積極的に起訴を目指す」方向へと転じている。
国安事件の捜査を担うのは調査局、憲兵、警察など複数の部門だが、検察が最も信頼する一次捜査機関は調査局とされ、軍内部の複雑な案件も最終的には調査局が解決にあたる。
しかし、ある検察関係者は「現場の捜査体制にはまだ補強が必要だ」と明かしている。だからこそ法務部や最高検察署は国安事件捜査の研修を重ね、「秘伝書」と呼ばれるガイドラインを編纂し続けているのだ。さもなければ、法廷で証拠不十分と判断され、無罪が続くことになる。
実際、調査の過程で思わぬ大事件に行き着くケースも多い。総統府スパイ事件がその一例で、調査局国安站が黄取栄氏、邱世元氏、何仁傑氏を聴取した際、当初は事態の深刻さを認識していなかった。何氏は「ただの通行人」と見られていたが、携帯解析で深く関わっていたことが発覚し、急遽逮捕。しかしすでに捜査の「黄金時間」を失い、最終的には黄取栄氏ら4人だけの起訴にとどまった。
陳白立氏は国安事件捜査の経験豊富な元国家安全維護処長であり、調査局の強みと弱点を熟知しているはずだ。ある調査官は「これまでの調査局は、汚職や麻薬、経済犯罪への捜査に人材が集中し、国安を希望する者は少なかった」と語る。陳氏は就任後、劣勢を挽回するために人事を再編し、台北市調査処の楊任之氏を国家安全維護処の捜査副処長代理に抜擢。かつて汚職事件を手がけた経験を活かし、国安事件捜査の底上げを狙っている。
国安会秘書長の呉釗燮氏(中央)の元部下である何仁傑氏(右後)は、スパイ事件に関与し、検察により身柄を拘束された。(写真/黄国昌氏のFacebookより)
国安事件捜査のベテランが台北市調査処を率いる 台湾民主の強靭性を試す 調査官によれば、台北市調査処は近年、国安事件で目立つ成果を挙げている。例えば2022年11月の統一地方選挙では、海外勢力から選挙資金を受け取った初の摘発事例を打ち立てた。
この台北市調査処を、国安事件のベテランである許銘侑氏が率いることになれば、退職までの残り時間を全力で捜査に注ぐだろう。
興味深い歴史もある。1991年5月、台北市調査処は刑法第100条「内乱罪」で独立系団体を捜査し、清華大学の大学院生を連行、4人を拘束して大きな波紋を呼んだ。当時、李登輝総統への言論弾圧批判が広がり、立法院は急遽、同条文から「陰謀犯」を削除する改正を行い、関係した学生らは免訴となった。
皮肉なことに、その刑法第100条に抗議したはずの民進党が、今や「大リコール成功」を掲げる中で、立法院党団総召の柯建銘氏は2025年6月のインタビューで「7月26日の投票後、リコールされた国民党議員に刑法第100条を適用する」と驚く発言をした。
かつて独台会事件を追及した台北市調査処に、国安事件の戦力として許銘侑氏を据えるという人事は、何を意味するのか。民主主義は後退し、異論を許さない再演となるのか。それとも真の裏切り者を摘発するのか――台北市調査処の今後の動きに注目が集まる。