7月20日に行われた参議院選挙で、自民党と公明党による連立政権が歴史的な敗北を喫した。自民党が参院で過半数を割ったのは、1955年以来初めてのことだ。
今回の選挙では、一部の小政党が在日外国人への厳格な管理や「日本人優先」を掲げるなど、排外的な主張を前面に出しており、日本が右傾化や排外主義へと向かうのではないかという懸念が広がっている。
石破茂首相は昨年の就任以降、中国との関係改善を模索し、中国側も一部地域の水産物輸入解禁といった前向きなシグナルを発してきた。しかし効果は限定的で、日本国内の対中感情は依然として厳しい。そうした中、北海道大学の城山英巳教授が著した『日中外交密録:駐華大使垂秀夫の奮闘』が大きな注目を集めている。

ベテラン外交官・垂秀夫氏の視点
1961年大阪生まれの垂秀夫氏は、京都大学法学部を卒業後、外務省に入省。南京大学やカリフォルニア大学サンディエゴ校で学び、約40年の外交キャリアのほとんどを大中華圏で過ごしてきた。2020年から2023年まで駐中国大使を務め、これまでに台湾や香港にも駐在経験がある。
中国語を自在に操る垂氏は、外務省内でも屈指の「中国通」として知られ、2006年には日中関係を「戦略的互恵関係」と位置づける提言を行い、両国政府の公式定義となった実績も持つ。
一方で、大使時代は中国の反体制派とも交流し、時に中国政府を批判する発言を行うなど、厳しい姿勢を貫いてきたことで知られる。
ところが先週7月19日夜、東京大学で行われた新書発表会で垂氏は、従来の「強硬派」というイメージとは異なる、より穏健で戦略的な対中観を示し、会場を驚かせた。

「中国を敵視しない戦略」を提言
垂氏は、トランプ1.0政権時代にポンペオ元米国務長官が「中国共産党と中国人民を分けて考えるべきだ」と発言したことを「非常に見識がある」と評価。日本が14億の中国人すべてを敵と見なすのは戦略的に賢明ではないと指摘した。
さらに、周恩来元首相が「憎むべきは一部の軍国主義者であり、日本人民の大多数は友好的だ」と語ったエピソードを紹介。「なぜ我々日本人は同じように考えられないのか」と問いかけた。
加えて、毛沢東元主席の「統一戦線」理論を引き合いに出し、「敵への打撃はできるだけ狭くするべきだ」と述べ、国会議員とのやり取りでもその考えを強調してきたと明かした。
垂氏は、日本が今後の対中戦略を考える上で、毛沢東や周恩来の示した考え方から学ぶべきだと訴えた。参院選での歴史的敗北を受け、今まさに東京が世界の中で周縁化しつつあるとする彼の警告は、次のリーダーたちへの重い示唆となっている。

中国外交の本質は「対米関係」
垂氏は、自身が中国当局や共産党幹部、学者らと直接接触してきた経験から、「中国外交の中心は現在も対米関係であり、実質的に米中関係がすべてを決めている」と語った。 (関連記事: 石破首相「トランプ交渉を継続」表明も退陣圧力 WSJ「自民党70年最大の危機」 | 関連記事をもっと読む )
それが、中国政府がロシアを批判しない理由の一つでもあるという。「米国と対立するうえで、ロシアが必要だからだ」。垂氏はさらに、王毅外相の発言を引き、「もしロシアが倒れれば、中国は米国と一対一で向き合わなければならなくなる」という趣旨の話を紹介した。