トランプ大統領がホワイトハウスに返り咲いて半年。彼の対中政策はいまだ輪郭が見えず、世界の外交筋やアジアの同盟国の間で不安が広がっている。1期目では中国に対する強硬路線を鮮明に打ち出したが、2期目となった今は、強気な発言と実利を優先する取引路線の間で揺れ動き、ワシントン内部からも矛盾するシグナルが飛び交う。国防総省の強硬な布陣、国務長官の現実路線、そしてトランプ氏本人の読めない「ディール」――この「トランプ・ミステリー」は、世界の地政学に大きな影を落としている。
米中関係は世界で最も重要かつ複雑な二国間関係とされる。2025年1月、トランプ氏が大統領に復帰して以降、アジアの新興大国・中国への対応は注目の的だった。しかし半年経っても、明確な戦略を示す兆しはない。
1期目のトランプ政権は、2017年の「国家安全保障戦略」、2018年の「インド太平洋戦略」、2020年の「対中戦略指針」などを相次いで発表し、中国を「米国の地位を脅かす戦略的競争相手」と位置付けた。だが、トランプ2期目の現政権にはそうした基調文書がまだなく、8月末に予定されている「国防戦略報告」でようやく方向性が見えるのではないか、と期待されている。
スイスの有力紙「新チューリッヒ新聞」は「いまのワシントンは対中強硬派と“トランプ流ディール”の間を行き来している」と指摘。トランプ氏は関税問題や内政課題に重点を置き、かつて戦略の最優先だったアジアへの関心は薄れつつある。実際、復帰から半年間、彼が公の場で中国を語ることは少なく、中東やウクライナ、さらにはグリーンランドやパナマの話題が目立った。
「トランプには中国戦略がない」と断言するのは、米シンクタンク「ドイツ・マーシャル基金」のボニー・グレイザー氏だ。「そもそもどの国に対しても明確な戦略を持っているようには見えない」とも述べている。
国防総省で進む「対中連携」 しかしトランプ本人の意向は?
こうした混乱した状況は、トランプ政権1期目と鮮やかに対照をなしている。トランプ1.0では少なくとも3つの戦略文書を発表し、路線を明確に示していた。2017年12月の「国家安全保障戦略」、2018年の「インド太平洋戦略枠組み」、2020年5月の「対中戦略方針」で、いずれも中国を「米国のインド太平洋地域での地位を脅かす戦略的な競争相手」と位置づけ、過去の関与路線を改め「原則的現実主義」を打ち出していた。
一方、トランプ2.0ではいまだ明確な対中戦略が示されておらず、外部の関心は8月末に発表予定の「国防戦略報告」に集まっている。そこから、トランプ政権が中国をどう見ているのか、ようやく手掛かりが得られるだろう。
この報告を取りまとめているのは、ペンタゴンで第3位の実力者、戦略担当の国防次官エルブリッジ・コルビー氏だ。コルビー氏は2017年の「国家安全保障戦略」で中国を最大の挑戦相手に位置づけたキーパーソンのひとりで、2021年の著書『拒否の戦略』では、米国の核心目標は「中国をアジアの覇権国にしないこと」だと明確に説いている。
そのために必要なのは、インド太平洋地域で「反覇権連合」を築くことだと考えており、日本、オーストラリア、韓国、フィリピンといった同盟国と結束し、中国に対する確かな軍事的抑止を形作るべきだと主張している。
就任後、コルビー氏はその理念を実践に移している。オーストラリアへの原子力潜水艦提供をめぐる「AUKUS」の効果を内部で検証する一方、日本やオーストラリアに対して水面下で強い圧力をかけ、台湾有事の際には米軍に直接軍事支援を行うと明確に約束するよう求めているという。英『フィナンシャル・タイムズ』によれば、この強硬な要請が明るみに出たのは、ちょうどオーストラリアのアルバニージー首相が中国を訪問している時期で、意図は明白だとみられている。
「部屋に大人はいない」 トランプを制する者はいるのか
とはいえ、コルビー氏のタカ派的な発想や同盟重視の戦略が、そのままトランプ氏自身の考えを反映しているかどうかは疑問だ。
アジア協会政策研究所の中国分析センター、フィリップ・ル・コル氏は「誰もトランプを代弁できない」と指摘する。トランプ1期目には、国防長官マティス氏や国家安全保障担当補佐官マクマスター氏といった軍歴のある幹部が「部屋の大人」として衝動を抑えていたが、「今やトランプ氏は、自分こそが米国の外交・安全保障政策を完全に決められると信じていて、誰も口を挟めない」と述べている。
この不確実さは、国務長官マルコ・ルビオ氏にも見て取れる。元フロリダ州上院議員のルビオ氏は、かつて議会で最も知られた「対中強硬派」として、新疆や香港問題で北京を厳しく批判し、台湾を強く支持したため、2020年には中国政府の制裁リストに名を連ねた。しかし、その「大タカ派」が今年7月初旬、クアラルンプールで王毅外相と会談した際、双方は会談を「建設的」「実務的」と総括したものの、詳細は伏せられたままだ。
北京にとっては、かつての急先鋒であり今は米国外交の顔となった人物が、どこまでスタンスを変えているのかを探ることが最大の関心事だと見られている。
混迷する外交決定 台湾は「取引材料」になるのか
実際の外交現場では、トランプ政権内の権力集中が逆効果を生んでいるとの指摘もある。たとえば、ルビオ国務長官(兼国家安全保障担当補佐官)は、ワシントンでイスラエルのネタニヤフ首相を迎えるため、7月初旬に予定されていた日本・韓国歴訪を急きょ取りやめたという。さらに理解しがたいのは、ルビオ氏がクアラルンプールでASEAN外相会議に出席しているまさにその時、米国務省が本国にいた東南アジア担当チームを一斉に解雇していたことだ。中国の影響力に対抗するため、地域に精通した人材が求められるこの時期に、米国が自ら戦力を削いだ形だ。
ドイツ・マーシャル基金のボニー・グレイサー氏は、「トランプ政権は米国の“ソフトパワー”の柱を系統的に弱体化させている」と警鐘を鳴らす。長年、権威主義体制に対抗する役割を担ってきた「ボイス・オブ・アメリカ」や、世界各地で開発支援を行う「USAID(米国国際開発庁)」までもが標的になっているといい、「これらすべてを総合すると、整合性ある対中政策などではなく“混乱”しか見えてこない」と断じた。
こうした不透明さのなか、最も大きな懸念が再び頭をもたげる。――トランプ氏は、中国と「大きな取引」を結ぶために台湾を犠牲にするのではないか、という不安だ。
バイデン前大統領は「戦略的曖昧さ」を事実上破り、「中国が台湾に侵攻すれば米軍は防衛に動く」と何度も明言した。だがトランプ氏は再登場後、台湾についてほとんど語っていない。2016年の当選直後、蔡英文総統からの祝電を受けて電話で応じ、中国側を刺激したあの積極的な姿勢とはまるで違う。いまやトランプ氏は、台湾問題に政治資本を投じるのはリスクが大きいと考えているようで、バイデン氏が掲げた「民主主義の価値」という言葉も、彼には響かない。
もっとも、米国が台湾を見捨てる兆しがあるわけではない。先週、台湾で行われた中国攻撃を想定した大規模な民間防衛訓練に、米国在台協会(AIT)のトップが台湾当局と並んで参加した。この異例の光景は台湾メディアに大きく報じられ、明確なシグナルと受け止められた。
グレイサー氏は「北京は、トランプとの交渉で“米国が平和統一に異を唱えない”という表明を取り付け、国内向けの宣伝勝利を狙う可能性がある」と推測する。もちろん台湾側は受け入れないだろうが、過去には同様の提案をバイデン政権に試みたといい、「バイデンは乗らなかった。しかしトランプについては“絶対ない”とは言い切れない」と話した。
「トランプ・習近平会談」は実現するのか
トランプ氏の真意を探る上で、中国の習近平国家主席との直接会談が行われれば、大きなヒントになるとの見方もある。こうした世界が注目する首脳会談は、トランプ氏にとって格好の「舞台」でもある。今年10月、韓国で開かれるAPEC首脳会議がその機会ではないか、とささやかれている。
しかし「トランプ流」と「中国流」は水と油だ。トランプ氏は即興的で「トップ同士の直談判」を好むが、中国側は綿密な準備と段階を踏んだ手順を重んじ、サプライズを嫌う。アジア・ソサエティのフィリップ・ルコール氏は「ウクライナのゼレンスキー大統領への態度を見て、中国側は自国のトップも同じように軽んじられるのではと懸念している」と話す。
一方、トランプ政権1期目で国家安全保障会議に所属していたリサ・カーティス氏(現・新アメリカ安全保障センター研究員)は「その心配は行き過ぎだ」と見る。「ウクライナと中国は同列ではない。トランプ氏はゼレンスキー氏を格下と見て好き勝手したが、習主席の力はよくわかっているし、相応の敬意を払うはずだ」と分析している。