米国の国防大学の中国軍事専門家は、7日付のニューヨーク・タイムズ紙の寄稿記事で、習近平国家主席による軍高官の粛清が進む中、台湾侵攻の準備計画に疑問が生じ、習氏が軍指導部に戦争を任せられるか疑念が高まっていると指摘した。
記事は、中国軍事専門家のフィリップ・C・ソーンダース氏(Phillip C. Saunders)とジョエル・ウースナウ(Joel Wuthnow)氏が共同執筆し、習氏が2027年までに必要に応じて台湾攻撃を行えるよう軍に準備を命じたとされる一方で、これが数年以内に米国を巻き込む破滅的な軍事衝突を引き起こしかねないと警告している。
記事によれば、過去2年間で中国では2人の国防相と多数の軍高官が解任され、特に中国の核兵器を管理するロケット軍幹部も含まれる。解任された中には、習氏に直接報告し、台湾侵攻計画に深く関与したとされる軍のナンバー2、何衛東氏もいた。
記事は、軍内部の人事混乱が軍の指導力や信頼性への深刻な疑問を呼び、習氏の戦争意思を削ぐ可能性があると指摘。これにより台湾や米国には防衛強化の猶予が生まれる可能性があるとした。
中国の軍事力は過去とは一変し、世界最大規模の軍隊となり、空軍、海軍、ミサイル能力では米国に迫る勢いを見せる。中国軍はすでに数年間、台湾侵攻や包囲の演習を行っており、今年4月の演習でも数万人の兵士を台湾海峡越しに輸送する課題克服に取り組んでいる。
ただし、ハード面と後方支援だけでは勝利は保証されない。軍事効果は現場指揮官の決断力に大きく依存し、中国は1979年以降戦争を経験しておらず、現役の軍幹部には実戦経験がないと記事は指摘。この点は習氏自身も懸念しているという。
より深刻なのは、習近平氏および中国共産党の軍掌握力に不安があることだ。人民解放軍は共産党の軍隊で、軍幹部は党中央軍事委員会主席の習氏に直接忠誠を誓うことになっている。しかし実態は、軍の重要性から党中央が高度な自主性を認め、実質的な自己監督体制となっており、毛沢東の「銃口から政権が生まれる」という名言がその重要性を象徴している。
軍事費の急増に伴い、汚職の機会も増加。最近の高官解任は汚職関連とされるが、習氏自身の側近も相次ぎ解任されており、問題の根深さを浮き彫りにしている。
汚職は軍の準備態勢を著しく弱体化させ、ワイロで昇進した幹部が粗悪な装備を調達するケースも。米国防総省の昨年の報告書は、ロケット軍の汚職がミサイル発射施設の修理が必要なほど深刻だと指摘している。
さらに、習氏は軍事顧問からの戦力評価を完全には信頼できなくなっている可能性がある。東部戦区の元司令官で台湾作戦を主導し、2022年に軍事委員会副主席となった何衛東氏の解任は、台湾戦略全体への疑念を強めた。
ただし、記事は、だからといって台湾や米国が安心できる状況ではないと警告。中国が台湾の独立志向を察知すれば、軍の準備が不十分でも出兵命令を出す可能性があるとした。
現状、習氏は戦争を望んでいない可能性が高いと記事は分析。プーチン露大統領のウクライナ侵攻が示したように、軍事力だけでは小国の強固な防衛を打ち破れず、仮に勝っても中国経済は減速と米国の高関税に直面する中で大打撃を受ける可能性があり、軍事的失敗は習政権の安定を脅かす可能性があるとした。
ソーンダース氏とウースナウ氏は、台湾がこの機を利用して対艦巡航ミサイル、機雷、無人機といった侵略阻止用兵器の支出を大幅に増やすべきだと提言。米国は地域内に長距離ミサイルなどを配備し、中国の侵攻を抑止する一方で、中国軍幹部の経験不足といった弱点を突く作戦を構築すべきだと主張した。
記事の結びは、最大のリスクは中国の挑発的言動が誤算や戦争を引き起こすことであり、中国は脅しを止めないが、台湾と米国の指導者は過剰反応を避け、当面は習氏がスキャンダルにまみれた軍を戦場に送り込む気はないと理解すべきだと結論づけた。 (関連記事: 米中関係、貿易戦争から協議へ 中国側「すぐ成果期待せず」カギは首脳会談 | 関連記事をもっと読む )
編集:梅木奈実
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