分析》習近平氏の「影の交渉人」 公安部長がフェンタニルで米中関税休戦を演出

2025-05-26 19:05
中国公安部長の王小洪。(中国CCTVの映像からのスクリーンショット)
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米中関税戦争の90日間休戦が成立したが、外部の注目は中国経済貿易担当の何立峰氏に集中している。しかし実際には、中国公安部長の王小洪氏がフェンタニル問題を交渉の切り札として活用し、より重要な影響力を発揮した。公安畑出身の王氏が経済貿易交渉の場に参加したことは、習近平国家主席の外交戦略の変化を物語っている。最も信頼する人物に最も不確実な相手への対処を委ねる手法といえよう。今後90日間は、王氏、そして習氏にとって情勢を安定化できるかどうかの真の試練となる。

5月10日から11日にかけ、米中代表団がスイス・ジュネーブで高官レベルの経済貿易会談を実施し、90日間の暫定的関税休戦協定を発表した。米国は中国製品への関税を145%から30%へと大幅に引き下げ、中国も米国製品への報復関税を125%から10%に削減する。この表面的には技術的な関税交渉の背後には、地政学と麻薬取締りの圧力が交錯する複雑な駆け引きが隠されている。

米国と中国2025年5月にスイスで貿易交渉を行う。米国財務長官ベセント(左一)、米国通商代表グリア(左二)、中国副首相何立峰(右一)、中国国際貿易交渉代表李成鋼(右二)が交渉テーブルに着く。(美聯社)
2025年5月、スイスで行われた米中貿易交渉。交渉テーブルに着く米国のベセント財務長官(左端)、グリア通商代表(左から2人目)、中国の何立峰副首相(右端)、李成鋼国際貿易交渉代表(右から2人目)。一方、重要な役割を果たした王小洪氏の姿は見当たらず、その控えめな立ち回りが印象的だった(AP通信)

米側代表には財務長官のスコット・ベセント氏と通商代表のジャミソン・グリア氏が含まれ、中国側の表向きの主役は何立峰氏だった。しかし協議の方向性に真に影響を与えたのは、中国の麻薬対策高官として出席した公安部長の王小洪氏である。同氏がフェンタニル問題解決への協力意向を表明したことで、中国側交渉の突破口が開かれた。

米中関税戦、貿易戦、コンテナ、埠頭。写真は中国上海の外高橋埠頭。(美聯社)
一時休戦状態にある米中関税戦争。中国・上海の外高橋埠頭で荷役作業が続く(AP通信)

福建公安から国家安全の重臣へ カギは「習近平氏の人材」であること

王小洪氏は公安システム出身だが、彼を畑違いの経済貿易交渉に参加させた理由は職務ではなく「習近平氏の人材」であることにある。習氏とは40年近い個人的関係を持ち、両者とも福建派閥の官僚として、王氏は福州と厦門で公安高官を務め、密輸や麻薬犯罪の取り締まりを専門とし、習氏と密接に協働してきた。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙の報道によると、王小洪氏は福建省で長期間地方公安高官を務め、沿海地域の密輸や麻薬取引網に精通しており、「福州システム」としての背景から極めて高い信頼を得ているとされる。同氏は「習近平氏が数少ない真に信頼する古き友人の一人」と評され、習氏が巨大な公安システムに不信感を抱いた後、自ら昇進させた重要人物である。

習近平氏の第2期以降、中国公安システム内で副部長3人、孟宏偉氏、孫力軍氏、傅政華氏が相次いで腐敗により失脚したが、王小洪氏はこうした粛清の嵐の中で頭角を現し、公安部長、国務委員、中央書記局メンバーに昇進し、国家安全の中核的権力を掌握した。

なぜ公安部長が関税を交渉できるのか フェンタニルが核心の交渉カードに

​王小洪氏は中国国家禁毒委員会の主任も兼務している。この委員会は公安部が主導し、外交部、国務院などの部門を統合した中国の麻薬対策政策の中枢である。日経アジアが指摘するように、この職務により同氏はフェンタニル問題を外交問題化し、経済貿易交渉における「政治的交換」の役割を担うことが可能となった。