舞台裏》海底インフラ戦争と台湾の新たな対英カード──江雅綺氏起用に見る台湾の欧州戦略

2025-05-26 19:21
外交部の海外人事異動では、林昶佐氏のフィンランド代表就任に加え、江雅綺氏の駐英任命が論争を呼んでいる。(AP通信)
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外交部では、海外駐在地の人事異動が相次いでいる。最新の異動は5月21日に行われ、行政院が駐インド代表の葛葆萱氏を外交部の常務次長に昇任させることを承認。これにより、現職の常務次長である陳立国氏は、駐チェコ代表に転任することになった。また、現在チェコに駐在している柯良叡氏は台湾に戻り、研究デザイン会の主任に就任する予定だ。

その一方で、総統府は5月19日、3件の人事を発表。注目を集めたのは、民進党前立法委員の林昶佐氏が駐フィンランド代表に任命され、台湾海洋大学法政学院教授の江雅綺氏が駐英公使に就任するという内容だった。この2人の起用には、外交の専門性や実務経験の不足を指摘する声が上がっており、とりわけ江氏の博士号にまつわる過去の論争が再び取り沙汰されている。

海外駐在は多くの外交官にとって憧れのポストだ。そのため、頼清徳総統が総統命令によって林氏や江氏を特任したことについては、「基層の士気を下げる」「事務官の昇進機会が圧迫される」といった懸念も出ている。こうした声に対し、外交部長の林佳龍氏は「駐在人事はすべて法に基づいて行われている」と説明。「異動を希望する人がいれば知らせてほしい、夢を叶える手助けをする」とも語った。現在、台湾の特任大使は計18人、政務公使は8人であり、『駐外外交領事人員任用条例』の規定に沿っているという。

林氏と江氏の任命は、林佳龍氏と頼清徳氏が緊密に連絡を取り合いながら決定したものだ。批判を受けながらも政権が彼らをヨーロッパに送り出すことにこだわる背景には、どんな戦略的意図があるのだろうか。

20250521-外交部長林佳龍21日出席媒體茶敘活動。(柯承惠攝)
頼清徳政権は林昶佐氏・江雅綺氏を大使級ポストに任命したが、これが現場の士気を損なうとの声も。写真は外相・林佳龍氏。「希望があれば誰でも相談してほしい、夢をかなえるお手伝いをする」と語った。(柯承惠撮影)

メタルの聖地フィンランドに「巨星」林昶佐氏を派遣

林昶佐氏の駐フィンランド代表への特任は、国内では議論を呼んでいるが、海外メディアはまた違った反応を見せている。『ニューヨーク・タイムズ』のワシントン特派員は彼を「適任」と評価。ニューヨーク・ブルックリンのメタル専門誌『Metal Injection』も、「スカンジナビアの大使を務めるならメタルバンドのメンバーであるべき」と好意的に紹介した。

統計によれば、フィンランドは世界で最もメタルバンドの密度が高い国で、人口10万人あたり約80バンドが存在している。林氏が結成したバンド「閃靈(Chthonic)」は、フィンランドのレーベル「Spinefarm Records」と4枚のアルバムを共同リリースしており、ヘルシンキなど現地でのライブ実績もある。メタル界隈では一定の知名度を持つ人物だ。 (関連記事: 中国、「海底ケーブル切断装置」を開発 南華早報「通信網遮断で世界秩序に影響も」 関連記事をもっと読む

過去には国家台湾交響楽団の劉玄詠氏が駐オーストリア代表に任命されたが、今回の林氏の人事は、林佳龍氏が掲げる「総合外交」の実践でもある。なお、駐フィンランド代表処は外交システム上では「冷衙門(人気がなく重要性が低いとされるポスト)」とされており、フィンランドは台湾人駐在希望地としては人気が低い。実際、台湾とフィンランドの交流は活発とは言えず、貿易や観光も目立った数字は出ていない。交通部観光局の統計では、過去10年間にフィンランドを訪れた台湾人は1万946人にとどまり、北欧5カ国中で3番目。比較として、同時期にドイツを訪れた台湾人はその約60倍、フランスでは約45倍にのぼる。