最新号の英誌『エコノミスト』のカバーストーリーは、トランプ大統領が掲げる「オール・アメリカン・シリコン」構想、すなわち米国主導で完結する半導体産業だ。しかし、この「アメリカ製造の夢」を阻む最大の存在は、台湾に研究開発と主力生産拠点を構えるTSMCである。TSMCが強大であるほど、トランプ大統領の構想実現は遠のくと分析している。
もっとも、TSMCでさえ地政学リスクや電力不足といった成長の壁に直面している。『エコノミスト』は、今後も成長を維持するためには「海外展開」を加速させるほかないと指摘する。
TSMCは世界の半導体供給の要であり、ファウンドリー分野で世界シェアの3分の2を占め、先端プロセスに限れば90%を超える。AI開発に不可欠な半導体に至っては、NVIDIA(エヌビディア)やAMDといった米大手が全面的に依存しており、Googleの親会社Alphabet、Amazon、Apple、Microsoftも自社設計の半導体を最終的にはTSMCに委託しているのが実情だ。
AIブームが牽引する成長と課題
AIブームが牽引する先端半導体需要により、TSMCの売上は2014年の240億ドル(約3兆5,300億円)から2024年には880億ドル(約12兆9,400億円)へと急成長を遂げた。現在、同社の時価総額は1兆ドル(約147兆円)に達し、世界で11番目に価値のある企業となっている。特に2022年11月のChatGPT登場以降、株価は2倍以上に跳ね上がった。しかし、規模が大きくなればなるほど支配力も増し、それに比例して直面する課題も一層深刻化している。
『エコノミスト』によれば、TSMCは長年、先端半導体の大半を台湾国内の工場で生産してきた。これまで海外拠点は主に低性能チップの生産に限られていたが、近年になって初めて一部の最先端プロセスを国外に移す動きを始めた。過去5年間で同社が打ち出したグローバル拡張計画の規模は総額1,900億ドル(約28兆円)に上る。そのうち1,650億ドル(約24兆3,000億円)は米アリゾナ州に投じられ、現地に6つの先端工場を建設する計画だ。ただし、米国内でTSMCの精緻な製造プロセスを完全に再現することは容易ではなく、同時に地政学リスクから中核事業をどう守るかも大きな課題となっている。
TSMCの黄仁昭(ウェンデル・ファン)CFOは『エコノミスト』のインタビューで、「当社は本来、目立たない方が望ましい」と語り、近年の厳しい注目や監視に「まだ慣れていない」と率直に明かした。『エコノミスト』は、顧客を前面に立て、自らは黒子に徹するという創業以来の企業文化が、同社の過度な露出への違和感につながっていると分析する。それでも、内外の環境要因に押される形で、TSMCは避けられない海外拡張に踏み出している。
そして記事は、このグローバル展開の詳細に入る前に、TSMC創業の歩みを振り返っている。
TSMCの発展史
1987年、張忠謀(モリス・チャン)氏がTSMCを創業した当時、インテル、AMD、テキサス・インスツルメンツといった企業は、自社で半導体を設計し、生産まで手掛ける垂直統合モデルを採用していた。しかし張氏は、TSMCを「製造専門」に特化させる決断を下し、この選択が後に垂直統合型企業を超える強みを生むことになった。数十年にわたり研ぎ澄まされた製造技術により、TSMCは他社を圧倒し、多数の顧客からの受託を通じて規模の経済を築き、コスト削減も実現した。
この決断は、半導体産業全体を大きく変革させた。投資銀行エバーコアによると、2000年代初頭には20社以上が先端ロジック半導体を製造していたが、2012年にはTSMC、インテル、韓国のサムスンの3社のみとなり、しかも成功を収めたのはTSMCだけだった。サムスンは先端製造で苦戦し、かつて業界の象徴だったインテルは製造力で大きく後れを取り、代工事業の再建を模索しているが成果は出ていない。
TSMCのような「ファウンドリ(半導体受託製造)」の存在は、設計に専念する「ファブレス」企業の発展を促し、産業構造を一変させた。NVIDIAの黄仁勳CEOは「もしTSMCがなければ、NVIDIAは存在できなかった」と語っている。これまでにもTSMCのモデルを模倣しようとする企業は現れたが、生き残った例はなく、ましてや先端製造分野で競争できた企業は存在しない。
TSMCが半導体製造で君臨する理由
TSMCの強さを理解するには、その工場の内部を知る必要がある。ムーアの法則は「半導体の性能は約2年ごとに倍増する」とされるが、その要はトランジスタの微細化だ。1971年のプロセッサーには1平方ミリあたり200個程度のトランジスタしかなかったが、2024年にNVIDIAが発表したB200チップには約1億3,000万個が詰め込まれている。こうした超微細な加工を可能にするのは、200億ドル(約2兆9,400億円)規模の工場で、月産2万5,000枚のウエハーを処理できる生産力だ。
TSMCは台湾国内に4つの「メガファブ(超大型工場)」を有し、それぞれの生産能力は通常工場の4倍以上。とりわけ台南の第18工場は敷地95万平方メートル、クリーンルームだけで総面積の6分の1を占め、清浄度は手術室をも凌ぐ水準だ。競合他社が追随できない規模と精密さを誇り、歩留まり(良品率)の高さでも群を抜いている。
人材の質も際立っている。半導体設計ツール大手シノプシスのサシーン・ガジCEOは「TSMCの製造規律は驚異的だ」と語る。TSMCの文化は「まず製造業、次にテクノロジー企業」という自己規定に基づき、製造が順調でも常に効率改善を求められる。工場で導入された改善策は即座に他工場へ展開され、失敗の原因究明は徹底的に行われる。
こうした徹底ぶりは財務にも表れている。2024年の純利益率は40%と、競合ファウンドリの3倍以上に達する。ただしその維持には巨額の投資が伴い、調査会社トレンドフォースによれば、2025年の設備投資額は380億~420億ドル(約5兆5,900億~6兆1,700億円)に上る見通しだ。対して、サムスンのファウンドリ部門投資は35億ドル(約5,100億円)、インテルは80億~110億ドル(約1兆1,800億~1兆6,200億円)とされる。
TSMCはこうした投資を先端分野に集中している。2025年には売上の52%が最先端プロセスによる半導体から得られると見込まれ、2027年には70%に達すると予想されている。TSMCの存在感は長らく業界外では過小評価されてきたが、2019年にトランプ政権が「アメリカの台湾依存」を問題視し、続くコロナ禍で半導体不足が世界を直撃すると状況は一変した。電子機器から自動車まで生産が止まり、TSMCは単なる製造会社ではなく、世界経済を支える「戦略インフラ」として認識されるようになった。
なぜ台湾はTSMCを抱えきれないのか?
2022年、当時のアメリカ大統領バイデン氏は《CHIPS法》に署名し、補助金で米国の半導体産業を振興しようとした。TSMCはそれ以前の2020年にアリゾナ州への120億ドル(約1兆7,640億円)の投資を発表していたが、2022年末にはその額を3倍に引き上げた。AIブーム到来後、米政界は一層積極的にTSMCの工場誘致を進めた。トランプ大統領は当初《CHIPS法》を「税金の無駄」と揶揄したものの、関税をちらつかせてTSMCに米国での生産拡大を迫り、TSMCはさらにアリゾナに1,000億ドル(約14兆7,000億円)を追加投資すると約束した。魏哲家CEOも「金額が小さければ、トランプは目もくれないだろう」と語っている。
米国政府からはインテルとの協業案も出されたが、CFO黄仁昭は「ガソリンをディーゼルエンジンに注ぐようなもの」と一蹴。TSMCの製造プロセスはインテル工場と互換性がなく、支援は不可能だと明言した。
『エコノミスト』は、補助や圧力でTSMCに海外増産を促す動きは、同社の戦略とも符合すると指摘する。なぜなら、TSMCは台湾にとってあまりに巨大になりすぎたからだ。S&Pによると、2023年のTSMCの電力消費は台湾全体の8%を占め、2030年には4分の1に達する可能性があるという。
電力だけではない。工研院の蘇孟超氏は、労働人口の減少でエンジニア争奪戦が激化すると警告する。台湾は移民が少なく、出生率も0.9と世界最低水準である。土地も制約要因だ。高雄の新工場は79ヘクタールに及び、旧製油所跡地に土壌改良を施して建設された。今後適地を確保するのはさらに難しくなる。
台湾モデルは移植可能か?
TSMCは現在、日本とドイツに新工場を建設中だが、最大の投資先はアリゾナ州である。1棟は稼働を開始し、2棟が建設中、さらに3棟が計画されている。完成すればアリゾナだけで先端製造能力の3分の1を担う見通しだ。すでに現地で生産されたアップル向けチップの歩留まりは台湾並みに達しているが、コストは依然として重い。AMDのリサ・スーCEOは「台湾より2割高い」と試算しており、TSMCは顧客が「供給網の安定性」に対価を払うと期待している。
しかし最大の壁は企業文化の移植だ。ある半導体設計企業の幹部は、台湾のTSMCを「自ら心臓の鼓動を持つ機械」と形容し、海外拠点では同じ緊張感や献身性が欠けていると語る。1999年の台湾大地震の際、社員が即座に工場へ戻り被害を確認したことや、2010年代に「ナイチンゲール計画」で夜勤シフトを導入し、サムスンを追い抜いてアップルの受注を勝ち取った逸話は有名だ。
張忠謀創業者自身も「この労働文化を海外で再現するのは難しい」と考えてきた。同社はすでにアリゾナに1,000人規模のエンジニアを派遣し、台南の「母工場」で12~18カ月の研修を実施。台湾からも同数規模を現地に送り込んでいる。いずれこの往復人事は減少する見込みだが、高コストの労働環境を踏まえ、さらなる自動化推進が不可欠とされる。
TSMCを取り巻く制約はこれだけではない。台湾では「護国神山」と呼ばれる同社が安全保障上の抑止力を担ってきた。中国がTSMCの半導体に依存している限り、台湾侵攻はためらうだろうという見方だ。しかしこの戦略的価値は、同時に地政学的リスクを孕む。米シンクタンク「新アメリカ安全保障センター」のベッカ・ワッサー氏は、台湾は「綱渡り」の状況にあると指摘。国内の戦略的生産能力を維持しつつ、同盟国の「脱台湾依存」の要請にも応えなければならないからだ。
その難しさは年々増している。2019年、オランダ政府はASMLの最先端露光装置の対中輸出を禁止。2024年11月には米国が規制を強化し、TSMCが中国企業に先端製造を提供することを禁じた。専門家の中には「中国を先端技術から締め出すことは、むしろ軍事的緊張を高める」と警鐘を鳴らす者もいる。
リスクは極めて高い。2022年、当時の劉徳音会長は「中国が侵攻すれば、工場は外部との接続を絶たれ操業できなくなる」と警告。米国防総省のエルブリッジ・コルビー氏に至っては「侵攻時にはTSMC工場を破壊すべき」とまで主張した。いずれにしても結果は同じ、世界のサプライチェーンは大混乱に陥る。
TSMCは過度なシナリオを論じることに意味はないと考え、黄仁昭CFOも「市場はすでにリスクを織り込んでいる」と冷静だ。仮に戦争が起きれば、火の粉は台湾だけでなく周辺国にも及ぶという。
地政学以外の不安要素
ただし懸念は地政学だけではない。技術進歩が行き詰まる可能性もある。インテルは2015年に先端ノード開発で失敗し、TSMCが一気に抜き去った。だが競合は依然として健在だ。
サムスンは165億ドル(約2兆4,200億円)の契約を結び、テスラ向けに先端半導体を供給する計画を進めている。TSMCの成長を押し上げたAIブームもやがて冷却する可能性があり、さらに関税政策は需要を抑制しかねない。TSMC売上の約40%を占める消費者向け製品に打撃となるだろう。半導体産業は典型的な循環産業であり、好況期に過剰投資し、需要が鈍れば供給過剰に陥る。TSMCの現在の拡張規模は過去最大であり、それがリスクとなり得る。
最大の課題は「不可視のもの」かもしれない。黄仁昭CFOは「半導体の成功は資金の多寡ではない」と強調する。各国政府が巨額の補助金を投じても失敗する例は多い。TSMCが持つ強みは資金ではなく、しなやかな組織力、規律、絶えざる改善の執念にある。『エコノミスト』は結論づける。「成長を維持するには海外での成功が不可欠だ。問われているのは、この独自の企業文化を国外に根付かせられるかどうかだ」と。台湾で台風や地震、戦争の影をくぐり抜けてきたTSMCにとって、真の試練は「グローバル化」そのものかもしれない。