立法院の議席配分をめぐる「大規模リコール」が台湾政治を大きく揺さぶった末、8月23日にようやく幕を閉じた。結果は、与党民進党が「大成功」を収めるどころか、野党・国民党に31対0で完敗するというものだった。国民党の朱立倫主席は政府に改革を迫り、超党派による調査委員会を設立して、再生可能エネルギーを含む大型公共事業の汚職を徹底的に調べるよう求めた。 これに対し、頼清徳総統は総統府での記者会見で「政治は対話と協力が可能だが、司法の独立を尊重しなければならない。証拠があれば、個人や党派を問わず処理すべきだ」と表明。 そのわずか34時間後、捜査当局の手は、蔡英文前総統に近い若手エリート集団「小英ボーイズ(小英男孩)」の一人とされる台湾智慧電能の総経理・鄭亦麟氏を狙い撃ちに及んだ。
8月25日早朝、台北地検は調査局台南市調査処などを指揮し、22か所に一斉捜索を実施。台北市信義路3段などを家宅捜索し、鄭亦麟氏をはじめ、泓德エネルギー(6873)の周仕昌総経理、会計士の鄭涵氏、東煒建設創業者の陳健盛氏と陳冠滔氏親子、台電( 台湾電力)の元副総経理・蕭勝任氏ら9人を被告として召喚。また、台電副総経理の許国隆氏ら5人も証人として取り調べを受けた。標的となったのは、経済部傘下の「再生可能エネルギー推進センター」(通称・緑推センター)の元副執行長である鄭亦麟氏だった。民進党内部からは「頼清徳総統が蔡英文前総統の側近グループである“小英ボーイズ”を切り捨て、再生可能エネルギー汚職に本格的にメスを入れた」との見方も出ている。
鄭氏は34歳、長身のスポーツマンタイプ。台大経済学部卒業後、民進党系シンクタンク「新境界文教基金会」で副研究員を務め、林全元行政院長に重用された。蔡英文氏の総統選キャンペーンでは「Luke」というペンネームで原子力推進派の黄士修氏と論戦を繰り広げ、専門知識と弁舌で頭角を現した。その後、行政院エネルギー減碳弁公室を経て、英国ロンドン大学(UCL)でエネルギー政策の修士号を取得。帰国後は経済部の緑推センター副執行長となり、龔明鑫次長(当時)が執行長を務め、沈榮津氏や王美花氏といった歴代経済部長からも厚く信頼されていた。
国民党の朱立倫主席は再生可能エネルギーを含む重大な汚職の徹底解明を求め、頼清徳総統(写真)は「司法の独立を尊重し、証拠があれば処理する」と応じた。その34時間後、捜査の矛先は「小英ボーイズ」の鄭亦麟氏へと向かった。(写真/顏麟宇撮影)
「Luke」の名を追え 盗聴で浮上した手掛かり 鄭氏の異例の出世街道は世論の注目を集め、台湾民衆党の黄国昌立法委員も「2024年に立件できた案件をなぜ1年以上も放置したのか」と疑問を呈した。実際、検察・調査当局は「小英ボーイズ」の鄭氏を1年以上前からマークしていたとされる。ある関係者によれば、その発端は2022年の統一地方選(九合一選挙)直前に台南で発覚した「88発銃撃事件」をきっかけに表面化した一連の光電(太陽光発電)汚職だった。当時、台南市経済発展局長や台鹽董事長らが関与した事件のほか、4〜5件の光電案件が調査対象となっていた。
2022年末、検調は裁判所から複数の盗聴令状を取り、業者の動向を監視。その中で「このLuke、本当に的確だ、よくここまで動かせるな」という会話を傍受した。これが鄭亦麟氏の摘発につながる第一歩だった。
当初、調査局は「Luke」が誰なのか掴めず、業界内で囁かれる匿名の人物としか認識していなかった。やがて局上層部が情報網を総動員し、特別諮問の「線民ネットワーク」まで動員。徹底調査の末、ようやく正体を突き止めた。それは単なる業界人ではなく、経済部直轄の緑推センター副執行長という要職にある鄭亦麟氏本人だったのである。
調査官は「ここからが本番だ。当然、徹底的に掘り下げる」と語った。権力と人脈を兼ね備えた若手エリートの失墜は、再生エネルギーをめぐる汚職の構図が表に出る契機となった。
鄭亦麟事件の発覚後、民衆党の黄国昌・院内総召が「捜査の先送り」を疑問視した。(写真/顏麟宇撮影)
「小英ボーイズ」案件、最高検察総長も直轄で監督 捜査関係者によると、この案件を担当した検察官は粘り強く捜査を進め、300日以上をかけてようやく突破口を見つけた。鄭亦麟氏が賄賂を受け取り、台電に圧力をかけて東煒建設の安康データセンターに送電容量を確保させた疑いが浮上したのだ。台南市調査処が証拠を積み上げ、裁判所から盗聴令状を取得。これで事件は正式に立件され、汚職事件として捜査が本格化した。当初は台南地検が主導する予定だったが、関係者が北部に多かったため台北地検が指揮を執ることになった。
蔡英文前総統に近い「小英ボーイズ」の一員が絡む重大事件であることから、最高検察署の邢泰釗・検察総長も直轄リストに加え、自ら進捗を監督する異例の対応を取った。捜査の基本は盗聴、資金追跡、尾行調査の三本柱だ。これを進める中で、鄭氏が東煒建設の創業者・陳健盛氏やその息子、泓德エネルギーの周仕昌総経理と頻繁に会食し、高級料理を共にしていたことが浮かび上がった。
最高検察署の邢泰釗・検察総長が直轄で進捗を監督する「小英ボーイズ」事件の捜査。(写真/柯承惠撮影)
2024年の立件見送り、証拠不十分で棚上げに 資金の流れを調べたところ、東煒建設が鄭氏の弟の海外口座に200万元(約960万円)を送金し、鄭氏本人にも毎月顧問料を支払っていたことが判明。月収十数万元の鄭氏だが、カードの利用額は毎月それを上回り、ときには数十万元に達していた。それでも返済に困る様子がなく、数百万元規模のキャッシュを扱っていたとみられる点に、捜査当局は強い疑念を抱いた。
2025年8月25日の家宅捜索では大量の現金は見つからず、鄭氏は「親からの支援だ」と説明したが、両親は全く知らないと供述し、説明は崩れた。台電の前副総経理・蕭勝任氏も「鄭氏から安康データセンターの送電を巡り圧力を受けた」と証言し、鄭氏の立場は一層苦しくなった。
最終的に、検察は汚職などの容疑で鄭氏、陳健盛氏と息子の陳冠滔氏らの勾留を請求し、8月27日未明に裁判所が認めた。周仕昌氏は100万元(約480万円)、会計士の鄭涵氏は80万元(約380万円)で保釈。鄭氏の両親もそれぞれ10万元(約48万円)の保釈金を納め、蕭勝任氏らは釈放された。勾留決定を聞いた鄭氏は法廷で涙を流したという。
一方で、民衆党の黄国昌立法委員は「本来なら2024年に立件できたはずだ。なぜ今になったのか」と指摘。ある関係者は「当時、東煒建設分の証拠は揃っていたが、泓德エネルギー関連の裏付けが不十分で見送られた」と明かしている。
鄭亦麟氏は、安康データセンターの電力供給をめぐり台湾電力に圧力をかけたとされる。(写真/柯承惠撮影)
匿名投稿が引き金、予定より早まった強制捜査 捜査当局は当初、2025年8月末に本格的な強制捜査を行う予定だった。だが8月19日、匿名のSNS投稿で「鄭氏が重大な収賄に関わっている」との告発が広まり、最高検察署の邢泰釗検察総長から現場の調査官に至るまで、検察・調査局トップが一斉に「情報漏洩」の疑いを浴びる事態となった。
「小英ボーイズ」を狙った捜査を続行すべきか、それともまず情報漏洩の真相を解明すべきか。議論の末、検察は「関係者に警戒される前に動く」と判断し、25日の強制捜査を前倒しで実施した。行動後、鄭氏が携帯電話を投げ捨てようとしたことから、事前に準備していた可能性も浮上。押収した端末の解析次第で「背後の黒幕」が明らかになるのか、それとも鄭氏単独で終わるのか――台湾政界は固唾をのんで見守っている。