台湾での大規模リコールが「全敗」に終わり、民進党で長年「院内総務(総召)」を務めてきた柯建銘氏が築いてきた権力の牙城は、一夜にして党内からの退陣圧力にさらされる状況へと変わった。柯氏本人を除き、党団幹部は相次いで辞任し、頼清徳総統(党主席)が「党団改組は社会の期待に沿うものだ」と述べたことで、民進党が幹部の前倒し改選に向けて連署を進めていることが事実上確認された。
「何が間違いなのか」という問い自体が大きな誤り
柯氏は党内からの退陣圧力に対し「沈黙は言葉以上に雄弁」と言わんばかりに、曹植の『七歩詩』(「本は同根に生ず、相煎じて何ぞ急なる」)を引用して反論。フェイスブックに「大規模リコールは国会過半数を目指してあらゆる可能性を尽くした。何が間違いなのか?リコール運動も間違いなのか?もっと風害や関税に注目すべきだ」と投稿した。わずか65字にまとめられた拒否の意思表示は、党主席=総統の意向への正面からの挑戦だった。柯氏は「誰が連署書に署名し、誰が署名しなかったか」を注視しているが、頼清徳氏もまた「誰が自らの意向に逆らったのか」を見ている。すでに柯氏が去ろうと留まろうと、残るのは苦々しい姿だ。
しかし「国会過半数を取るためにあらゆる可能性を尽くした、何が悪い」とする柯氏の問いこそ、彼の最大の誤りを示している。
政党の存在意義は選挙に勝ち政権を担うことだが、それを「勝利こそ最高の道徳、権力こそ唯一の真理」と誤解してはならない。たとえば定期選挙は「国会過半数」を得る正当な手段だが、買収や無制限の誹謗中傷は決して許されない。ところが民進党は権力維持のために司法を使った攻撃や人格破壊すら辞さず、すでに政治的モラルの一線を越えていた。柯氏も長年「中共同路人」というレッテルを乱用し、在野政党だけでなく党内の異論者にまで浴びせかけてきた。
柯氏に対する同情論は党内外にある。国民党や民衆党からも「戦犯は柯氏ひとりなのか」との声が出ている。しかし、彼が「リコール発動の旗手」であったことは否定できない。国会過半数を掲げ、極端な言葉と排他的な戦術で民進党を「独裁政党」のような姿に押しやったのは事実だ。
政府補助に依存──リコール劇の茶番
例えば、彼は野党の国会改革や財劃法(財政収支分配法)、憲法訴訟法といった法案に反対し、国民党や民衆党の議員を「売国的な中共の手先」とレッテル貼りした。さらには刑法100条を持ち出し、リコール成立後には野党議員を逮捕できるかのように言い放った。警察や消防の労働組合設立法案にも反対し、「社会不安の源」「中国軍出兵の口実になる」とまで断じた。労働者に年5日の祝日を戻す法案にも「憲政破壊」と決めつけ、リコール成功後に撤回すると公言。極めつけは7月26日の投票直前、SNSで「同意票を投じない者は台湾人ではない」と書き込んだことだ。こうした言動は、民進党による「完全支配」への懸念を国民の間で一層深める結果となった。
次に、柯氏は「リコール運動も間違っていたのか」と反論したが、間違いであるのは明白だ。無差別に野党議員を「親中・売国」と断じてリコールを仕掛けるのは、もはや正常な民主主義の手段ではない。理由も悪意ある人格攻撃にすぎず、社会の分断を深めただけだった。リコールに熱狂した雰囲気は1年以上続き、今も完全には冷めていない。さらに問題なのは、多くの作家や演劇関係者がこの茶番に加担し、公然と「政府補助を受けるため」と認めたことだ。結果的に「合法的にたかる」姿をさらし、知識人や文化人までもが「品位を失った」ことを象徴した。
第三に、柯氏は辞任を拒むだけでなく、「もっと風災や関税問題に注意すべきだ」とまで言及した。裏を返せば、大統領の災害視察での不適切な言動や、行政院の関税交渉の失敗がリコール敗北の原因だと示唆したことになる。これこそ、彼の最大の誤りだ。
民進党の「永遠の総召」と呼ばれ、党内の先駆者でもある彼は、本来なら大統領や行政院長の負担を分担すべき立場だった。ところが戦略は外れ、戦術も誤り、「大成宮」などという荒唐無稽なスローガンを真に受けさせてしまった。大統領や行政院長は自らの判断ミスを認めたくないため、最終的に柯氏が「政治責任」を取らされる形となった。
頼清徳総統が求めているのは総召辞任であり、比例代表枠の立法委員を辞めろとは言っていない。つまり柯氏には、後継者を育てて引き継ぐ機会がまだ残されているのだ。党の重鎮として花道を歩むこともできたはずだが、もし意地を張り続けるのなら、旧友である王金平元院長に「最後はどうやって静かに一議員へと戻ったのか」を聞いてみるべきだろう。
郭国文「真の失敗は頼清徳」
もちろん、民進党の支持率が急落した責任を柯氏ひとりに押し付けることはできない。立法委員の郭国文氏は「問題は路線だ」と指摘する。財劃法を例に、民進党が「野党全面対抗」を掲げて自党議員の提案を封じ、行政院にも対案提出を許さなかったと批判。普発現金(全国民への一律給付金)についても、多くの立法委員が「行政院が予算を出すべき」と主張したが、柯氏は「府院党で合意済み」と一蹴した。郭氏は「聖旨を勝手に伝え、他者の意見を無視した」と断じた。
林淑芬氏も「議論がなければ民主主義はない」とし、憲法法庭の人事同意権をめぐる党団会議で討論がなく、柯氏が一方的に命令し「造反すれば除名」と脅したことを批判した。党団は本来、行政の暴走を食い止める「ブレーキ」であり、防火壁であるはずが、討論を封じた結果、現場感覚のない閣僚が党団の後ろに隠れて守られる構造になってしまった。
郭氏や林氏の発言は氷山の一角にすぎない。多くの民進党議員は、自らの職責が「護衛」や「野党との対立」ではなく、行政権を監督し制御することだと理解していないのではないか。
行政院長の卓榮泰氏は続投したが、立法院が可決した軍警消防の給与や退職金引き上げを予算に反映せず、「行政院はすでに暫時処分を申し立てている」と説明した。内閣改造があっても強硬姿勢は変わらず、柯氏が総召を続けるか否かに意味はあるのか。
結局のところ、柯氏が「何が間違いなのか」と開き直る一方で、卓氏も過去1年の失敗を直視していない。少数与党という国会情勢に対応できないままの「小改造」では、同じ場面が来年も再来年も繰り返されるだろう。卓氏は再び辞任に追い込まれ、総召も遅かれ早かれ交代する。その間、台湾は民進党の迷走にあと1年、2年、いや3年も付き合わされるのかもしれない。