台湾で行われた大規模リコール運動が連敗に終わり、民進党内部では「敗因探し」と「責任の押し付け合い」が続いている。まるで敗北は自分たちのせいではないと言わんばかりで、リコール主導派が使っていた自虐的な言葉「我々は負けたのではない、まだ勝っていないだけ」を体現するかのような状況だ。しかし、与党・民進党の総統である頼清徳氏は本当に安泰なのだろうか。8月23日の記者会見で見せた彼の表情は、その不安を物語っていた。 むしろ奇妙なのは、惨敗したはずの民進党よりも、野党・国民党の方が動揺を強めている点である。特に注目を浴びているのが、台中市長で「お母さん市長」と呼ばれる盧秀燕氏の一言だ。「最も苦しい時には母親は家に留まる」という発言が、国民党内の後継体制に大きな波紋を広げた。
「盧秀燕待望論」、かつての侯友宜の既視感 盧秀燕氏は、2028年総統選における国民党の最有力候補と目されている。党主席・朱立倫氏が続投を断念したことで、次期党首の本命とも見なされてきた。しかし盧氏は「党主席選には出ない」と表明。党内を驚かせただけでなく、党主席選の登記期限が迫るなか、有力議員たちが右往左往する事態となった。秘書長の黄健庭氏は最近のラジオ番組で「朱氏はいまも盧氏の出馬を説得している」と語ったが、これは国民党で繰り返されてきた「お決まりの茶番劇」とも言える。外部に「出馬か?」との期待を流すのは周囲ばかりで、本人が立候補を示唆したことは一度もなく、舞台に足を踏み入れる気配すら見せていないのだ。
この「盧秀燕待望論」は、多くの人に既視感を呼び起こす。かつて侯友宜氏(新北市長)が一気に党の救世主に押し上げられた時と同じ構図だからだ。韓国瑜氏(前高雄市長)がリコールで失脚した後、国民党は看板政治家を失い、求心力を欠いていた。ところが2022年末の統一地方選で、侯氏が新北市長選に圧勝。しかも得票差は2018年の対蘇貞昌戦よりもさらに広がり、党内で「次期総統候補」の最有力と目される存在に一気に浮上した。
しかしその前段階には、国民党の「漢子・燕子・禿子」連携という図式があった。「漢子」は侯友宜氏(男気の「漢」から)、 「燕子」は盧秀燕氏、「禿子」は韓国瑜氏を指す。だが侯氏は市長当選後市長当選後に「市政専念」を理由に政党対決の舞台から退き、まるで「何事にも巻き込まれない立場」を自ら選んだかのようだった。 特に象徴的だったのが2021年の「四大公投(4大国民投票)」である。当時、民進党が核四原発再稼働などを争点に「政党対決」の構図をつくり出したが、その原発が立地する新北市の市長である侯氏は沈黙を貫いた。投票直前には「平穏な日々を願う」と題した投稿をフェイスブックに書き込み、支持層の失望を招いたのである。
かつて国民党を支えた「漢子・禿子・燕子」連携も、当選後には「無傷で済む立場」を選ぶなど、政治的責任から距離を取る姿勢が目立った。(写真/国民党高雄市党部提供)
国民党の政治スターは「自分優先」 盧秀燕氏が党主席選への出馬を見送った判断は、かつての侯友宜氏の「困境」と重なる。第一に、彼女はよく分かっている。二度のリコールの失敗は、国民党が有権者の信頼を取り戻した結果ではなく、賴清德政権に対する不満票に過ぎない。国民党の傷は癒えるどころか、次期リーダーの足かせになっている。盧氏が本気で目指しているのは2028年総統選であり、残り2年余りのこの時期に「火中の栗」である党主席職を引き受ければ、自ら大きな障害を背負いかねないと考えているのだ。
第二に、韓国瑜氏が高雄市長をリコールされた一件以来、国民党の政治スターには常に「韓国瑜の影」がつきまとっている。選挙で飛躍するどころか、民進党による徹底的な人格攻撃を恐れ、地方首長の座すら守れないのではと怯えているのだ。第三に、盧氏の慎重な選択こそ国民党らしいと言える。馬英九氏以降、党の次世代スターたちは皆、自らを守ることを優先し、リスクを伴う舞台には足を踏み入れたがらなかった。「煙の立つ厨房には入らない」という態度が、結局「個」を大事にし過ぎる国民党の体質を映している。
台湾の民主政治における女性リーダーを振り返ると、蔡英文氏は盧秀燕氏にとって一つの鏡像となる。国民党出身で李登輝氏に抜擢された異色の民進党政治家として、蔡氏は民進党が壊滅的敗北を喫した時期に党主席を引き受け、立て直しに挑んだ。やがて台湾初の女性総統となり、馬英九氏と正面から論戦を交わし、「台湾は中国から世界へ向かうのか、それとも世界から中国へ向かうのか」という命題をめぐって国民に訴え続けた。
蔡氏の8年間の政権評価は賛否が分かれるが、少なくとも彼女が党内で支持を集め、退任後も一定の影響力を保っているのは、逆境を切り開いた実力の証左である。もちろん、これは民進党と国民党の政治文化の違いだとも言える。しかし逆に言えば、国民党が10年近く野党に甘んじながら改革できず、上から下まで手をこまねいてきた現実を露呈しているのだ。
2010年4月25日、当時民進党主席だった蔡英文氏(右)と、当時総統の馬英九氏(左)がECFA(経済協力枠組協定)をめぐって公開討論を行った。(写真/テレビ討論番組の映像より)
「侯友宜困境」の再来か 国民党は常に「若者の支持を得られない」と嘆くが、では次世代を担う人材はどこにいるのか。地方では有力者が群雄割拠しているものの、地盤を離れれば誰も国家の方向性を明確に示せない。とりわけ本来は国民党の強みであったはずの対中政策も、批判を恐れて距離を置くばかりで、党の「中心思想」はますます見えなくなっている。
さらに、トランプ政権下で米国の圧力が強まるなか、頼清徳政権は国防費をGDPの3%、さらには5%にまで引き上げようとしたが、民意の支持を得られずリコール敗北の要因となった。そんな中、米国在台協会(AIT)が国民党議員との会合写真を公開しただけで、国民党はすぐに「国防予算をGDP比3.5%に」と表明した。これでは自らの支持層を裏切り、米国に媚びる姿勢を露呈したと批判されても仕方がない。
現在、国民党の党主席選は候補者が乱立しているが、有権者が最も期待を寄せる盧秀燕氏本人は依然として態度を明確にしていない。確かに彼女は台中市で強固な基盤を築いているが、改革不能な国民党の枠組みの中では、盧氏が「国民党の蔡英文」になることは難しい。もし「侯友宜困境」を再び繰り返すのであれば、それは決して意外な結末ではないだろう。