2023年の国際世論調査で、インドは少数派ながら「台湾に否定的な印象」を持つ国として浮かび上がった。43%もの回答者が台湾に「ネガティブな見方」を示し、この数字は各国と比べても異例だ。「インド人はなぜ台湾を嫌うのか?」という疑問が改めて突きつけられている。
インドのジャワハルラール・ネルー大学(JNU)国際研究学院の研究員であり、『太平洋の危機:軍事バランスと台湾をめぐる戦い』(Peril of the Pacific: Military Balance and Battle for Taiwan)の著者でもあるゴーラフ・セン氏は、背景に「台湾と中国を取り違える認識」があると指摘する。インドの若い世代にとって、台湾はかつて漠然とした存在、あるいは中国と混同されがちな政治的シンボルだったが、いまや機会に満ちた現実的なパートナーへと変わりつつあるという。
セン氏は23日付の『ディプロマット(The Diplomat)』への寄稿で、インド社会が「中国への警戒心」から「台湾との交流論」へと世代的にシフトしていると論じた。これは地政学にとどまらず、経済・教育・個人レベルの経験にも直結する変化だ。
中国の影がもたらす認識の混乱
インド人の台湾観を理解するには、まず「中国」という隣国が持つ圧倒的な存在感を知る必要がある。インドの有力シンクタンク「オブザーバー・リサーチ・ファウンデーション(ORF)」が公表した《外交政策調査2024》によると、中国はインドの若者にとって最大の外交上の懸念国となっている。こうした対中不信が広がったことで、かつてはタブー視されがちだった台湾の議論が、民主主義やサプライチェーン、安全保障といった具体的な言葉とともに語られるようになった。
しかしセン氏は、この変化はまだ十分に広がってはいないと指摘する。米国の調査機関ピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)が2023年に発表した20カ国以上を対象にした世論調査では、多くの国で「台湾への好意的な印象」が「否定的な印象」を大きく上回った一方、インドでは異なる傾向が見られた。台湾に好感を抱いたのは37%にとどまり、否定的な見方をした人は43%に達したのである。
さらに注目すべきは、回答者の35%が「台湾」と「中国」の双方に否定的な見方を示した点だ。これは、多くのインド人が中華民国(台湾)と中華人民共和国を明確に区別できず、対中不信をそのまま台湾に投影している可能性を強く示唆している。特に35歳以下の世代では、台湾は「中国フィルター」を通じて見られるケースが依然として多いのが実情だ。
(関連記事:
インド・モディ首相、農民保護と国内生産を強調 米国関税に対抗姿勢
|
関連記事をもっと読む
)
地政学から「ポケットの経済」へ
街頭調査から一歩踏み込んで政策分析や若手エリート層の視点に目を向けると、違った景色が見えてくる。インドのシンクタンク「オブザーバー・リサーチ・ファウンデーション(ORF)」の最近の報告書は、台印関係をもはやイデオロギー対立の文脈に閉じ込めず、貿易、半導体、サプライチェーンといった実務的な協力に焦点を当てている。
この論点は「高収入の仕事」と「先端技術」に強い関心を抱くインドの若者世代に直撃した。台湾のイメージはそうした期待と結びつき、急速に好意的に受け止められつつある。
セン氏によれば、これを裏付けるデータもある。駐インド台北経済文化センター(TECC)の推計では、2023年の台印貿易額は82億ドルに達し、主に電子・機械分野が中心だ。インドの理工系人材の専門性と熱意に直結する領域であり、インターンや起業、グローバルサプライチェーンへの参入の可能性を広げている。
象徴的な事例が、台湾の鴻海(Foxconn)による巨額投資だ。同社は15億ドル規模の追加投資を決定し、南部タミル・ナードゥ州やカルナータカ州でiPhone生産の現地化を進めている。単なる投資額ではなく、数万人規模のインド人技術者や労働者が日々台湾企業と接触し、台湾を現実の存在として体験しているのである。若いエンジニアにとって「台湾」は遠い島ではなく、自分のキャリアに直結する進路の一つとして認識され始めている。
教育・雇用を通じた交流 差別をめぐる現実も
教育と雇用は、インドの若者が台湾を理解するうえで最も重要な回路だ。インド台北協会の統計では、現在およそ3,000人のインド人学生が台湾で学んでおり、台湾側は毎年100件以上の奨学金を提供している。授与式の様子はインドの大学SNSでもよく取り上げられ、台湾留学は学位取得だけでなく、市民社会の体験や最先端研究室への参加、集中的な中国語学習の機会にもなっている。
雇用の側面はさらに直接的で、時に摩擦も伴う。2024年2月、台北とニューデリーは労務協力協定を締結し、台湾がインド人労働者を受け入れる道が開かれた。当初「10万人受け入れ」との噂が広がり台湾国内で反発を招いたが、労働部が「初年度は上限1,000人」と説明し沈静化した。
ただ、この過程で一部政治家が「肌の色」に言及するなど不適切発言を行い、2023年末には政府が謝罪に追い込まれた。現場を注視していたインド人学生や若い専門職志望者にとっては、台湾社会に差別が存在する現実と同時に、それを是正する仕組みが動く様子を学ぶことになった。「完璧な国」ではなく、問題を認めて修正できる民主社会だという印象は、かえって説得力を増した。
新世代の現実主義:抑止は支持するが軍事介入は望まない
安全保障というデリケートな分野に関して、インドの若者はきわめて現実主義的な視点を示している。台湾への見方はウクライナに対する認識と似ているが、より多くの前提条件を伴う。すなわち、国際社会の支援を受けつつ台湾が自前の防衛力を強化することには好意的だが、インド自身が台湾海峡の軍事衝突に直接介入することには積極的ではない。
彼らは「国益優先」の立場から、戦略SNSや大学キャンパスの討論を通じ、台湾の若者がどの程度兵役に前向きか、防衛士気は維持されているか、社会全体で有事への備えがどこまで進んでいるかを注視している。
同時に、学術界レベルでの交流も静かに拡大している。米シンクタンクのカーネギー国際平和基金会が今年刊行した論文集には、台北滞在中のインド人若手研究者による複数の論文が収められた。こうした背景には、奨学金制度や研究会、華語教育プログラムといった継続的な仕組みがあり、次世代の台印ネットワークを着実に育てる土壌となっている。
機会こそ最大の架け橋
セン氏は「『インド人は台湾を嫌っている』という問い自体が誤った前提だ」と指摘する。大多数の若者にとって台湾は、多元主義を尊重する社会であり、技術力を備えた国として高く評価されている。ただし、その好感が直ちに「戦略的全面支持」に結び付くわけではない。彼らは感情よりも現実を優先し、常にインドの国家利益と自らの将来の発展機会を軸に判断している。
インドの若者が望むのは、政治集会で旗を振ることではなく、台湾の工場や研究所に入り、将来性のある実習や就職の機会を得ることだ。台湾側が奨学金の継続的提供、インド工科大学などとの共同研究、安定的な就労ビザ、さらには台湾企業によるインド産業地帯への投資拡大といった「開かれた交流ルート」を確保すれば、単なる好奇心は確固たる支持へと変わっていく。