8月23日に台湾で実施された全国の国民投票で、民衆党が提案した第三原発(核三)の再稼働の是非が問われた。結果は賛成票が反対票を上回ったものの、成立に必要な500万票には届かず、在野勢力が推進した延長案は不成立となった。総統の賴清德氏は投票後の記者会見で、原発の再稼働については2025年5月に改正された「核管法」に基づき、政府として「二つの必須条件」があると説明した。第一に、原子力安全委員会が安全審査の指針を定めること。第二に、台湾電力がその指針に沿って自主的な安全点検を行うことだと述べた。
さらに、原子力安全委員会には各界の意見を幅広く取り入れて規則を早急に整備するよう求め、台湾電力に対しても規則が公布され次第、旧原発設備の自主点検を開始し、進捗やリスクを社会に定期的に公表するよう指示した。基準を満たした場合には、委員会による正式審議に付される見通しだという。そのうえで「政府は原子力の安全確保、廃棄物の処理策、社会的合意の三原則を堅持する」と強調した。特に「今後、より安全な技術で廃棄物が減り、社会の受容度が高まれば、先進的な原子力の導入も排除しない」と述べた点が注目を集めた。
賴清德総統は第三原発再稼働の国民投票を受け、「将来、安全性が高まり、廃棄物が減り、社会の受容度が高まれば、先進的な原子力を排除しない」と述べた。(写真/顏麟宇撮影)
「反原発の旗印」と政治的信頼 今回の8月23日の国民投票は形式上は全民投票であったが、実態は高度に政治化された駆け引きでもあった。国民党と民衆党は第三原発の延長を、民進党のエネルギー政策に対抗するための梃子と位置づけ、「非核家園」政策の正当性を揺さぶろうとした。一方、民進党にとっては、党の価値観と政策の継続を守る防波堤とみなされ、単なるエネルギー政策を超えた対立構図となった。そこには、与野党による民意の読み解き、価値観、さらには選挙戦略を含む全面的な駆け引きが表れている。
民進党のある幹部は「国民投票が成立しなかったことで、政府は現行のエネルギー路線に民意の支持があると主張できる」と述べつつも、その「勝利」は決して楽観できるものではないと指摘した。行政院は再生可能エネルギーの建設をこれまで以上の速度で進めざるを得ず、とりわけ南部の電力網や洋上風力発電の整備が急務になると強調。原発の支えを失えば、大型台風や天然ガス輸入の停滞といった事態で電力供給に深刻なリスクが生じかねない。再生可能エネルギーの推進は、地域住民の反発や土地取得の難しさといった課題も抱えており、今後はより強力な政策的誘因や明確な工程表を示して社会不安を和らげる必要があると語った。
同関係者によれば、原発が段階的に退場することで天然ガスの比重は一層高まる。天然ガス発電は「移行期のエネルギー」と位置づけられているが、価格は国際市場の変動に大きく左右されるため、第3・第4受入基地の建設加速や備蓄日数の拡大が不可欠となる。ただし、この選択にも政治的リスクは伴う。燃料費が高止まりするなかで原発の緩衝がなくなれば、台湾電力の赤字は拡大し、電気料金の値上げ圧力が強まる。行政院は当面、補助金で電気料金の急騰を抑える可能性が高いが、長期的には「値上げ」を避けられない見通しだ。こうした構図は、国民党や民衆党が今後も攻撃材料とする公算が大きい。
再生可能エネルギーの拡充と電力網の強靱化は、台湾の喫緊の課題だ。写真は台風で飛散した嘉義の調整池に設置された太陽光パネル。(写真/呂紹煒撮影)
エネルギー転換が遅れれば 台湾の競争力に打撃 政府にとって今後の焦点は、電力網の安全性と強靱性をどう確保するかに移る。極端気象の影響が強まるなか、基幹電源としての原発を欠いた台湾が、大規模停電を回避できるかが政策評価の試金石となる。行政院はスマートグリッドや地域ごとの蓄電設備、予備容量の確保などに一層の投資を強いられ、さらに民間投資の門戸を広げる可能性もある。これらの政策効果は、今後の立法院審議や選挙戦のなかで厳しく問われることになりそうだ。
国際的な制約も大きい。台湾は2050年のカーボンニュートラルを公約しており、欧州連合の炭素国境調整メカニズム(CBAM)も全面導入が迫る。国民投票の不成立により、原子力は脱炭素の選択肢から外れた格好となり、政府は再生可能エネルギーや新技術――炭素回収やグリーン水素研究など――により強く依存せざるを得ない。転換の遅れは、国際サプライチェーンでの台湾の競争力を削ぎ、輸出企業に高額な炭素関税負担を強いる可能性がある。
電力網の安全性や強靱性、さらに国際的なカーボンニュートラル圧力は、今後のエネルギー政策の不可避の課題となる。写真は市民団体が反対票を呼びかける様子。(写真/劉偉宏撮影)
第三原発の国民投票は不成立 それでも続く法廷戦・技術戦 今回の第三原発延長をめぐる国民投票は成立しなかったが、仮に成立していたとしても民進党政権は容易に応じず、手続きや技術的要件で長期化させる姿勢を取ったとみられる。一方で、今回不成立であっても新たな課題が浮上する。立法院は2024年5月、「原子炉施設規制法」の改正を可決し、原子炉の運転許可期間を最長40年から60年に延長できるようにした。この改正は、国民党と民衆党が第三原発延長への布石としたもので、「2025年脱原発」を定めた電業法第95条を直接覆すものではないが、延長の法的余地を広げる結果となった。電業法を修正すれば規制法と接合され、第三原発は安全審査や補強工事を経て合法的に延長運転が可能となる。
仮に野党が法的障害を取り除いても、その先には行政手続きが立ちはだかる。現行の国際的な原子力安全規範に従えば、原発の延長運転には「全プラント検査」に相当する徹底した安全評価が必要となる。主管機関である原子力委員会は、台湾電力に対し、炉心圧力容器や配管、冷却システム、電気設備などの総合的検査を求め、40年超使用した主要部品については交換や補強計画の提出を義務づける。これらの検査や工事には通常数年を要し、巨額の費用も伴う。米国や日本の事例を踏まえると、延長コストは数千億円規模に達する可能性も指摘されている。
国民党と民衆党は第三原発延長に向けた共同修法を進めている。写真は民衆党の黄国昌氏(左二)、国民党中央の冯坤堤氏(右二)ら。(写真/劉偉宏撮影)
核廃棄物と原発の安全審査 与野党それぞれの思惑 延長運転の議論に伴い、核廃棄物の処理問題も再び浮上している。仮に国民党と民衆党が法改正で第三原発の延長を実現しても、既存の燃料プールはまもなく満杯となる。政府が乾式貯蔵計画や中期的な保管施設を明確に示さなければ、延長の正当性は大きく揺らぐ。これには環境影響評価の審査が必要であり、地元自治体や住民の反発も避けられない。過去の蘭嶼における核廃棄物抗争が示すように、必然的に高度な政治的対立を招くことになる。
延長審査と廃棄物計画が原子力委員会に承認された場合でも、台湾電力は国際原子力機関(IAEA)への報告を求められる。台湾はIAEAの正式加盟国ではないため、通常は第三者の国際検査機関を通じて実施されるが、いずれにしても相応の時間と資金を要する。
こうしたプロセスが動き出せば、行政院はエネルギー政策全体を再設計せざるを得ず、「2025年非核家園」の目標は事実上消滅する。新たに「原子力と再生可能エネルギーの並行運用」へと舵を切ることになり、経済部は今後10年間の電力構成、排出削減の道筋、投資規模を改めて算出する必要がある。大規模な政策転換となり、国内外からの批判や疑念も必至だ。野党は「同意票が反対票を上回った」との結果を根拠に、民意の名の下に延長実施を迫る構えだが、民進党政権は行政手続きや廃棄物問題を理由に技術的遅延戦術を取る可能性が高く、政治対立は再び激化するとみられる。
第三原発の国民投票は不成立となったが、台湾のエネルギー問題は依然として未解決のままだ。(写真/柯承惠撮影)
第三原発国民投票の後に残る課題 問われるのは実行可能なエネルギー戦略 第三原発の延長問題は社会的対立を強くはらんでいる。しかし、延長には法改正や審査、補強工事、国際認証といった段階が必要で、少なくとも3~5年を要する見通しだ。短期的に延長を実現することは不可能であり、その間に生じる政治的・社会的衝撃は、技術的課題を上回るほど大きい可能性がある。
第三原発は1980年代から稼働を続け、台湾南部の基幹電源を担ってきた。当初計画では2025年に退役する予定だったが、延長の是非が政治の焦点となり、今回の8月23日の国民投票はその第一ラウンドにすぎない。今後も電気料金、電力供給、環境対策、国際的な圧力をめぐって、国会や選挙戦で論争が続くとみられる。社会的な分断が他の議題と重なれば、新たな国内対立を引き起こす可能性も否定できない。
一方で、民進党政権にとって真の課題は、今後の3~5年間に社会が求める明確で信頼できるエネルギー戦略を示せるかどうかにある。第三原発の延長そのものよりも、脱原発後の安定供給と脱炭素を両立する具体的なロードマップが提示できるか否かが、政権の評価を左右する決定的な要素となるだろう。