台湾総統の賴清德氏が召集人を務める総統府「全社会防衛レジリエンス委員会」は、2025年9月に発足から1周年を迎える。過去1年間、賴政権は5つの核心任務を掲げ、社会防衛のレジリエンス強化を推進してきた。2025年3月からは11回にわたり都市・町単位のレジリエンス演習を実施し、従来の民安演習や萬安演習を統合するとともに、7月には国軍の漢光演習とも同時に行い、「国家団結月」と位置付けた。しかし、相次ぐ台風や豪雨で中南部のレジリエンスが試される中、監察院審計部は7月末、約1500ページ・2冊構成の中央政府2024年度決算審査報告を公表し、賴政権が進める社会防衛レジリエンス施策には重大な欠陥があると明確に指摘した。
2025年は第二次世界大戦終結80周年に当たり、台湾の戦略的位置づけも大きく変化してきた。当時「不沈空母」と呼ばれた台湾は、今や世界半導体供給網の要衝として「シリコン・アイランド」と称される存在となっている。賴政権発足後は、半導体と人工知能(AI)を産業の二本柱とする国政ビジョンを掲げ、台湾をアジアの「AIシリコン・アイランド」に育成すると宣言した。卓榮泰行政院長の内閣も自らを「行動創新AI内閣」と称している。経済力と国家安全保障は不可分であるとの認識から、賴氏は「シリコン・シールド2.0」戦略を打ち出した。だが、中国によるグレーゾーンでの威嚇や人民解放軍の脅威が頻発する中、政府が備えを進めているにもかかわらず、そのシリコン・シールドには既に潜在的な亀裂が生じていることを見落としている。
頼清徳総統(中)は過去1年間に全台湾で地域韌性演習を実施し、漢光演習とも同時に行った。(写真/柯承惠撮影)
重要インフラ防護 審計部が一連の問題を指摘 社会防衛レジリエンスの強化に向け、前総統の蔡英文氏は2022年9月、国家安全会議に関連作業の取りまとめを指示した。その2年後、賴清德氏の任期下で総統府「全社会防衛レジリエンス委員会」が正式に発足し、民間人力の訓練・活用、戦略物資の備蓄と供給、エネルギーと重要インフラの維持、社会福祉・医療や避難施設の整備、さらには情報通信・交通・金融ネットワークの安全確保を主軸に据えた。この中でも、特に重要とされたのが「重要インフラの防護」である。委員会の事務局長を兼任する劉世芳内政部長は、政府が全国で約310カ所の重要インフラを特定済みであり、民間人力を動員して防護能力を高める方針を示した。その防護体制は「核心固守」「中層阻止」「外層警戒」の三層構造であると説明している。
それから約1年、台湾本島および離島を含む11の地方政府は、2025年春から夏にかけて11回の「都市レジリエンス演習」を実施した。行政院国土安全弁公室も同年4月から7月にかけ、11カ所の重要インフラを対象に防護演習を行った。委員会内の委員によれば、演習は回数を重ねるごとに熟練度が増し、9月に予定される第5回会議では、2025年度の演習を検証するとともに、2026年度の演習計画を議論する見通しだという。だが、賴政権が成果を誇示する一方で、監察院審計部が7月29日に発表した報告書は、重要施策の一つである「国家重要インフラ防護」の実施状況を点検し、インフラ名簿の不備や各部会による責任回避など、数々の問題点を厳しく指摘した。
重要インフラの防護強化は、社会防衛レジリエンスの重点項目の一つである。(写真/中華民国陸軍Facebook提供)
ハイテク園区の明暗 NVIDIA・AMDが進出も保安警備が配置されていない
台湾のハイテク産業拠点は大きく3類型に分かれている。国家科学及技術委員会が主管する「科学園区」、経済部が主管する「ソフトウェア園区」、そして2021年の法改正で「加工輸出区」から転換した「科技産業園区」である。しかし監察院審計部の調査によれば、国科会が管轄する全国17カ所の科学園区のうち過半数が国家重要インフラに指定されている一方で、経済部産業園区管理局の所管する3カ所のソフトウェア園区、13カ所の科技産業園区、67カ所の産業園区は、いずれもそのリストに含まれていない。
国土安全弁公室が公布した「国家重要インフラ安全防護指導綱要」には、科学園区や工業区などが8大主要分野の一つとして明記されており、「あらゆる災害」を想定した防護を前提に、定期的なリスク・脅威・脆弱性の評価、安全防護計画の策定、平時・戦時・非常時の対応策を整備し、実際の運用成果も定期的に検証すべきとされている。内政部長の劉世芳氏も、国家重要インフラの安全確保のため、保安警察第二総隊が順次エリート警力を派遣し、防護に当たる方針を示していた。
ところが審計部の調査では、賴清德政権がAI大手企業を積極的に誘致し、AI半導体の世界的リーダーであるNVIDIAなどが台湾で拠点を拡大しているにもかかわらず、重要なソフトウェア園区は防護対象から外れていることが明らかになった。NVIDIAが「Taipei-1 AIスーパーコンピューター先進算力センター」を設置した高雄ソフトウェア園区、AMD台湾法人が入る南港ソフトウェア園区、さらに数百社が集積する台中ソフトウェア園区といった、台湾のAI発展を担う拠点が、保二総隊の警備対象名簿に含まれていないのである。
NVIDIAの黄仁勳CEOが高雄ソフトウェア園区に設立したスーパーコンピューター算力センターも、同園区自体は重要インフラに指定されていない。(写真/劉偉宏撮影)
TSMCは守るが日月光は対象外? 護国神山に潜むサプライチェーン断絶リスク さらに、政府が現在リストアップしている310カ所の重要インフラには、TSMC、力積電、聯発科、世界先進、グローバルウェーハズといった大手半導体企業が集積する新竹科学園区は含まれているものの、TSMCの下流に位置するパッケージング・テスト大手の日月光が拠点を置く楠梓科技産業園区は対象外である。また、台積電の上流にあたるシリコンウェーハ供給の台勝科、ウェットプロセス装置を提供する弘塑、設備・材料を供給する辛耘、化学品を扱う勝一や長興などの工場所在地も、いずれも重要インフラに指定されていない。
審計部は、重要インフラの選定基準について「直接的または間接的に重大な経済損失を招く恐れがある施設は対象とすべき」と明記されているにもかかわらず、国家科学及技術委員会と経済部の認定基準に食い違いがあり、防護上の抜け穴となっていると指摘する。言い換えれば、たとえTSMCのような半導体ウェーハ工場が自然災害やサイバー攻撃、軍事的脅威に耐えて操業を維持し、国家経済と国民の信頼を守ったとしても、下流の封止・検査工場である日月光や、上流のシリコンウェーハ供給元である台勝科などが防護対象から外れて被災すれば、サプライチェーンが途絶し、「護国神山」たるTSMCも原料を欠いて操業不能に陥り、その力を失う危険性があるということだ。
TSMCは重要インフラリストに含まれているが、日月光などの上下游企業は全てリスト漏れ。(写真/顔麟宇撮影)
鄭麗君が繰り返し警告も 国科会・経済部は耳を貸さず 興味深いのは、行政院の「国土安全政策会報」が毎年開かれている点である。民進党政権下の蔡英文時代から賴清德政権にかけて、召集人は歴代5人の行政院副院長が務め、これまでに9回の会合が開かれてきた。行政院が公開した会議資料によれば、毎年の議題には必ず重要インフラ防護が盛り込まれており、賴政権発足後の2024年8月12日に開かれた初会合では、副院長の鄭麗君氏が特に各部会に対し、各分野の重要施設やノードを積極的に重要インフラの範囲に組み入れるよう強調していた。
しかし、国科会は科学園区やバイオメディカル園区を重要インフラに指定した一方で、経済部はソフトウェア園区や産業園区を漏らしていた。審計部によれば、これは経済部の単なる怠慢ではなく、本来、科学園区や工業区といった主領域の調整機関である国科会が、指導綱要に基づき共通のリスク管理基準を策定しなかったことに原因がある。その結果、国科会と経済部の認定基準に差異が生じ、国家の重要インフラ防護に潜在的な抜け穴を生む要因となっている。
行政院副院長の鄭麗君氏は各部会に注意を促したものの、重要インフラのリストには依然として抜け穴が残っている。(写真/柯承惠撮影)
経済部・衛福部・交通部が痛烈批判 各部長はいずれも総統府レジリエンス委員会代表 しかし、だからといって経済部に他の落ち度がなかったわけではない。監察院審計部の調査によれば、行政院や国土安全弁公室を除けば、国家重要インフラ防護の推進において最も問題が多い部会の一つが経済部である。審計部は、電力・石油ガス・水供給の主管機関である経済部が、所轄インフラの相互依存リスク評価を提出せず、防護優先順位も具体的に定めていなかったと指摘した。さらに、規定に基づく候補リストを整理せず、各施設に自己判断で基準該当の有無を委ねており、結果として本来含めるべきインフラを漏らしたり、過小評価する懸念があるという。
一方、衛生福利部と交通部も同様に名指しされた。調査によれば、衛福部は重要インフラの「医療救援と病院」分野の主務機関であるにもかかわらず、2024年下半期になってようやく医療ケアや疾病対策の防護計画を提出したに過ぎず、2024年末時点でも省庁横断の調整チームを設置していなかった。そのため医療救援や病院防護に関する総合計画は未整備であり、医療資源の備蓄、演習体制、分野横断の協力体制の実現には至っていない。交通部も同様に、国際商港・工業港・漁港のリスト作成を終えておらず、気象分野の防護計画書や主領域全体の防護計画も策定できていない状況だった。
皮肉なのは、経済部長の郭智輝氏、衛福部長の邱泰源氏、交通部長の陳世凱氏はいずれも行政院国土安全政策会報の委員であると同時に、総統府「全社会防衛レジリエンス委員会」に名を連ねる政府代表6人の一人でもあるという点だ。本来なら国家インフラの維持・防護政策に精通しているべき立場であるにもかかわらず、審計部の点検結果は彼らにとって正面からの痛烈な批判となった。
経済部、衛福部、交通部は審計部の監査報告により指摘され、問題が露見した。画像は郭智輝経済部長 。(写真/柯承惠撮影)
台風に吹かれて社会防衛韌性が崩れ シリコンシールドに致命的な穴 監察院審計部が指摘した賴清德政権の「全社会防衛レジリエンス政策」の弱点に対し、行政院は「国土安全の情勢変化を踏まえ、国際的事例を参考にしつつ、国家政策の方向性と実務を結び付け、主管機関に対して重要インフラの洗い出しや階層化の手続きを徹底させる」と応じた。さらに、対象施設の範囲と項目を再評価し、防護体制の完全性を確保すると強調した。経済部と交通部は行政院の方針に従い改善を進めると表明し、衛福部も「2025年度の都市レジリエンス演習ですでに訓練を実施しているほか、疾病対策関連の重要インフラに対しても8月末までに防護点検とシナリオなしの兵棋演習を実施させる」と説明した。
とはいえ、賴政権が掲げる「国家団結月」や「AIシリコン・アイランド」といったスローガンが鳴り響く一方で、現実は厳しい。台風によって社会防衛レジリエンスは崩壊寸前となり、重要インフラの防護も審計部から「追試」を突き付けられた格好だ。賴氏が「経済は国力の基礎」と語る以上、インフラ防護の範囲には国家を支える主要産業を含めなければならない。さもなければ「シリコン・シールド」が最初の一撃には耐えられても、「護国神山」と称される半導体産業はサプライチェーンの断絶により立ち行かなくなる恐れがある。審計部の報告はその危機を率直に突き付けており、賴政権がより安全な「AIシリコン・アイランド」を築くための第一歩は、こうした致命的な欠陥を埋めることにほかならない。