国際情勢が不安定さを増すなか、台湾の頼清徳総統はなお自己満足的に「ユートピア」に生きているかのように見える。米大統領ドナルド・トランプ氏と「双方が得をするゲーム」が可能だと幻想を抱き、さらに「どの産業も犠牲にしない」と言い切ったのだ。その路線をなぞるように、対米交渉の責任者である鄭麗君副行政院長も国会で同じ言葉を繰り返した。しかし与党内からも冷ややかな反応があり、民進党の林岱樺立法委員は「それなら特別条例を通す必要はないし、なぜ規模が5900億台湾元(約2兆8300億円)にまで膨らんだのか」と切り返した。
経済部の内部情報──台湾が差し出した「交渉カード」
《風傳媒》の独自報道によれば、経済部内部資料で台湾が対米関税交渉で提示した条件が明らかになった。それは市場全面開放の保証と、4年間で2500億ドル(約36兆7500億円)に及ぶ台湾企業の対米投資だ。さらに4年間で1300億ドル(約19兆1100億円)、10年間で3000億ドル(約44兆1000億円)の米国製品輸入を約束しているという。小麦・トウモロコシ・大豆を含む農産物から果物、自動車、医薬品、機械まで関税撤廃を受け入れる内容であり、米国製品が一気に台湾市場に流入する可能性が高い。
しかし政府は「秘密保持協定」を理由に交渉内容の公表を拒み、影響を受ける業界は対応のしようがない。経済部も明確な説明を避け、頼総統は「未確認の報道は控えるべきだ。後の交渉に支障をきたす」と不快感を示すばかりで、現実への対応は見られない。
「犠牲ゼロ」宣言の空虚さ
鄭麗君氏はフランスで哲学を学んだ知識人として知られるが、その発言は現実経済からかけ離れているとの批判が多い。立法院での答弁も「歯切れの悪い繰り返し」と揶揄され、産業界が最も知りたい「関税は重ねて課されるのか」「台湾はどれだけの代償を払うのか」といった核心には触れない。

彼女は「どの産業も衝撃を受けることはない」と断言したが、それは頼総統が繰り返してきた「国家利益を守る、産業空間を維持する、どの産業も犠牲にしない」という三原則を踏襲しただけにすぎない。実質的な戦略や具体的方策は示されず、国内業界の不安を抑えるためのスローガンにとどまっている。むしろ「どの産業も犠牲にしない」との言葉は、現実離れした宣言として失笑を買う結果になっている。 (関連記事: 台湾、関税20%からさらなる引き下げは可能か 行政院副院長・鄭麗君氏が帰国し見解 | 関連記事をもっと読む )
頼清徳総統は、選挙前の古い思考法に囚われ、世界を「民主」と「専制」に二分する図式を持ち出した。しかし彼が見落としているのは、トランプ大統領が掲げるMAGA(Make America Great Again)の野心だ。MAGA運動は従来の国際経済秩序を突き崩し、トランプ氏が求めるのは「双方が勝つ」関係ではなく、アメリカの一人勝ちである。彼にとって「双赢」とは、アメリカが二度勝ち、勝ち続けることに等しい。そんな中で、頼氏が中国との関係を自ら断ち切り、なお「互恵と双赢」をトランプ氏に期待するのは、あまりに非現実的だ。