台湾・国民党が主導するリコール運動が全国で司法の波紋を広げている。民進党の議員リコールは思うように進まず、逆に国民党側の地域立法委員31人がリコール投票に直面するという厳しい展開に。死亡署名の問題も重なり、各地で党職員が相次いで司法の取り調べを受ける事態となった。リコール戦が空回りするなか、党内では朱立倫氏の指導力への疑問の声も上がっている。
約百人の国民党職員が取り調べを受け、すでに1億円超の弁護費用が発生
3月末に台南市党部が捜索を受けて以降、捜査は全国に拡大。現在、取り調べを受けている専務職員は92人、そのうち13人がすでに拘束、11人が勾留中だ。病気療養中の中央党部の李姓専員をはじめ、台北・新北・基隆・台中・台南・屏東・宜蘭・嘉義など広範囲に及んでいる。
『風傳媒』の報道によると、すでに発生した弁護費用は2,000万台湾ドル(約1億円)を超えており、台南市だけで起訴に至った段階で400万台湾ドル(約1900万円)以上。まだ捜査中の地域も多く、今後三審まで進めば、費用は総額で数億円を超える見込みだ。

罷免は7月から8月に投票、核三再開の国民投票は8月23日に行われ、9月には国民党主席選が控えているため、時間が非常に接近している。台中市長盧秀燕(右二)の陣営では、多面的な作戦を避けるため主席選の日程を延長するべきと考えている。(資料写真、顏麟宇撮影)
こうした中、朱立倫氏は『聯合報』のインタビューで「バトンを渡す準備はできている」と語り、党主席選挙のスケジュール(7月告示、9月投開票、10月交代)に言及。ただ、台中市長の盧秀燕氏の陣営は、7〜8月のリコール投票や8月23日の核三再開に関する国民投票と日程が重なる可能性に警鐘を鳴らし、党主席選を延期すべきと提案している。
ただし、党内の混乱が死亡署名に関する訴訟対応の足を止めることはなさそうだ。朱氏自身も法的対応に備えて弁護士を準備しているとされる。

国民党の専務職員はすでに92人が取り調べを受けており、拘留されている台北市党部主委の黄呂錦茹(中)も含まれている。(資料写真、顏麟宇撮影)
複数の被告に対する弁護士費用が、数億円を超えるのは避けられない
なぜここまで費用が膨れ上がるのか。その理由は、同一事件でも被告同士が共謀関係にあると見なされないよう、92人それぞれに別々の弁護士をつける必要があるためだ。さらに、党中央が提供する弁護士に不信感を抱く家族も多く、別途で弁護士を依頼するケースも出てきている。
例えば、ある党職員の家族は「罪を認めるな」とのアドバイスを受けたが、外部の弁護士は「早く釈放されるために認罪すべき」と助言。家族は党中央提供の弁護士が党の都合を優先しているのではないかと懸念している。

国民党は現在、約2000万円を超える弁護士費用を費やし、将来的には1億円を超える見込みとなっている。写真は、藍営の署名サイト。(柯承惠撮影)
民進党と争いたくない国民党、弁護士探しで苦戦
「金さえあれば鬼も動かせる」とはよく言うが、今回の国民党による死亡署名に関する司法案件では、そう簡単にはいかないようだ。『風傳媒』によると、最初に捜索された台南市党部では準備が整っておらず、当初は本当に弁護士が見つからなかったという。台南の党職員が最終的に高雄まで足を運び、ようやく受任してくれる弁護士を確保した。中には案件の説明を聞いた上で、「当局と対立したくない」として断る弁護士もいた。
台南の件を受けて、各地の地方党部も今後の司法戦に備え、弁護士団の編成を始めた。最初に考えられたのは、法律相談を行っている議員に頼み、協力弁護士を紹介してもらうという方法だった。
2015年代以降、台湾では弁護士の資格取得者が20年前の約4倍にまで増えたが、訴訟件数はさほど増えておらず、弁護士業界も飽和状態に近い。一部の弁護士が詐欺グループに関与するなどの問題もあり、いまや「金のなる木」とは言い切れなくなっている。案件に飢える弁護士たちは、議員との連携を通じて、地元有権者に無料相談を提供し、そこから新たな依頼につなげようとする動きもある。ただ、今回の死亡署名案件については、こうした議員の協力弁護士の多くが、受任を拒否した。
『風傳媒』によれば、国民党中央が各県市で弁護士を探した際、約4〜5割は断られる状況が続いている。被告1人に対して1人の弁護士が必要になるため、弁護士の人数も相当数必要となる。最終的には、党内の紀律委員会や親しい弁護士ネットワークを通じて人材を探す流れになっている。
過去に国民党がよく依頼していた葉慶元氏や簡榮宗氏も、すでに活動を開始している。台中市党部では、捜索が入る前から逮捕を覚悟していたものの、弁護士探しには苦戦。最終的に、元法官で国民党から議員に当選した人物の助けを借り、なんとか弁護人を確保できたという。
もちろん、案件を受けた弁護士が料金を引き上げるケースもある。『風傳媒』によれば、捜査の尋問1回で10万台湾ドル(約45万円)を請求された例もあり、事情を知る者からは驚きの声が上がっている。

国民党は罷免訴訟の対応に苦戦して弁護士探しに困難を感じている中、朱立倫は三中案件を勝ち取った金牌弁護士の呉柏宏(写真参照)に助けを求めた。(資料写真、盧逸峰撮影)
中央党部にも捜索の噂、朱立倫氏は馬英九氏の「金牌弁護士」を招集
検察・捜査機関が台北市党部を捜索し、主委の黄呂錦茹氏を連行したことで、党中央部にも捜索が及ぶのではないかとの噂が広がっている。すでに党中央では、職員が連行される事態を見据えて、業務引継ぎ資料を作成し始めている。中には、末期がんの李姓党職員のように、報道がなければ化学療法が中断され、屏東まで取り調べに行くところだったが、メディアの報道を受けて台北での治療が継続され、最終的にはビデオ通話での事情聴取に切り替わったケースもある。
党中央部が本当に捜索された場合、10人以上の党職員が連行または取り調べを受ける可能性がある。朱立倫氏の派閥に属する副秘書長の江俊霆氏は、前幹部らと「次に連行されるのは自分かも」と冗談交じりに語っている。党としても士気維持のため、10人以上の弁護士をすでに配置。事情聴取が始まれば、即座に法的支援を提供できる体制を整えている。
朱立倫氏自身も、署名活動による司法リスクの拡大を抑えることに加え、北部検察庁で抗議活動に関連して《集会遊行法》違反の疑いで取り調べを受ける予定だ。その際に頼るのが、かつて前総統・馬英九氏の「三中案件」で無罪を勝ち取った敏腕弁護士、呉柏宏氏である。呉氏は過去にも、国民党の立法委員・徐巧芯氏が、政治評論家・温朗東氏に個人情報漏洩や名誉毀損で告訴された際、同行していたことでも知られる。
今回の死亡署名案件に関する司法手続きだけでも、約2,000万台湾ドル(約1億円)にのぼる費用が発生しており、三審まで争えば、膨大な時間とリソースを要する見込みだ。
今後、党主席に朱立倫氏が再任されれば、本人が募金を主導し、最終的な責任も負うことになる。だが、仮に党首交代となれば、新たな主席の予期せぬ支出となる可能性もある。