世界一の富豪であるイーロン・マスク氏は、かつてトランプ政権で“スーパーチーフ・オペレーティング・オフィサー”という肩書で政権運営に深く関わっていた。だが政府の効率化部門を退いたわずか数日後、自ら新党を立ち上げると宣言し、トランプ氏の弾劾を呼びかける立場へと急転換。今や“反トランプの急先鋒”とも言える存在になっている。
トランプ氏は一筋縄ではいかない人物だが、マスク氏には比較的寛容な姿勢を見せていた。しかし、マスク氏が政権を次々と公然批判し始めたことで、ついに5日、「我慢の限界だ」と怒りを露わにする。
米メディア『Vox』によれば、先週までふたりはホワイトハウスのオーバルオフィスで穏やかにお別れ会をしていたが、それから数日のうちに関係は一変。SNSやメディアでの非難合戦に発展し、単なる私怨では済まされない政治的衝撃を生んでいる。
対立が明確になったのは5日午後。トランプ氏がマスク氏の企業に対する連邦契約の停止を示唆すると、マスク氏は「新党結成」を掲げるだけでなく、トランプ氏が性的スキャンダルとされる“エプスタイン・ファイル”を隠蔽していると主張した。
火種となったのは「ビッグで美しい法案」。これは減税や医療補助削減といった支出削減に加え、国境警備などトランプ氏の重点政策に予算を集中させる内容で、同氏は「アメリカを再び偉大にする」と豪語。しかしマスク氏はこれが財政赤字を悪化させると反発している。
3日、マスク氏はX(旧Twitter)に「この法案は吐き気を催すほど政治的利権で満たされている」「賛成票を投じた者は恥を知れ」と投稿。4日には「上院・下院議員に電話を!アメリカを破産させるな!」と訴えた。
一方トランプ氏は、「イーロンには非常に失望している。かつては良い関係だったが、今後もそうだとは限らない」と述べた。それに対しマスク氏は、「私がいなければ彼は昨年の選挙で敗北していた。恩知らずだ」と応酬した。
表向き、マスク氏はこの反対姿勢を「公益と原則」によるものとしているが、『Vox』は「本音は別のところにある」と指摘。その背景には、「ビッグで美しい法案」がテスラにとって重要な再生エネルギー関連の補助金やEV優遇措置を撤廃していることがある。
実際、トランプ氏は「私は誰も欲しがらないEVを強制的に買わせる命令を撤回した(彼はそれを知っていた!)それ以来、彼は狂った」と発言している。
とはいえ、ふたりの関係がこじれた原因はこれだけではない。政府効率化チームへの失望、NASA長官に推したジャレッド・アイザックマン氏の指名撤回、そしてマスク氏が約束していた1億ドル(約156億円)の政治献金の未履行など、複数の要因が重なっていた。
特に3月に入り、トランプ氏が内閣メンバーの不満を受けてマスク氏の権限に制限をかけるようになると、両者の間に決定的な亀裂が走った。それまでマスク氏はホワイトハウス内で人員解雇や契約キャンセルなど自由に振る舞っていたが、それが通用しなくなった。