米ウェストポイントで行われた卒業式で、トランプ氏は「アメリカ・ファースト」のスローガンのもと、戦略的な関与縮小の姿勢をあらためて打ち出した。シンプルなようで含みのあるこの主張は、中国による軍事演習や経済封鎖の噂が高まる中、台湾海峡におけるアメリカの安保戦略を密かに再構築する動きにもつながっている。ホワイトハウス前国家安全保障会議のライト氏は、現状の米中台関係が不安定な地政学の断層を抱えていると警鐘を鳴らす。台湾海峡は国際法上の明確な地位がないうえに、政治体制の対立という本質的な矛盾を抱えており、構造的な脆弱性がつきまとう。
中国は「反分裂国家法」の改正準備やADIZ(防空識別圏)の拡張、福建艦隊の近代化を通じて、「台湾封鎖」を現実的な軍事オプションとして位置づけつつある。中でも、人民解放軍が海峡中線を越える演習を常態化させていることで、台湾が1996年のミサイル危機以来築いてきた心理的な防衛線が徐々に崩されつつある。
アメリカの「現状維持」戦略は、トランプ流の現実主義と矛盾をきたしはじめている。バンス副大統領が「不明確な軍事任務」を縮小対象に含めたことで、台湾海峡の曖昧戦略は抑止ではなくリスクとして捉えられるようになってきた。国防総省の2024年シナリオでは、台湾有事への軍事介入がアメリカの覇権そのものを揺るがしかねないとされ、戦略的な曖昧さと介入回避の狭間で、政策は揺れ続けている。
トランプ政権の対台政策は一貫して「取引」の色合いが強い。2018年に「台湾旅行法」に署名して強硬姿勢を見せた一方で、2024年の米中貿易協定では「平和的統一」に言及するなど、姿勢を軟化させている。この変化は、台湾への武器売却の構成にも現れており、F-16Vのような攻撃型装備から、パトリオットミサイルや沿岸防衛用ハープーンミサイルといった防御型装備へのシフトが進んでいる。台湾の軍事的な位置づけは「沈まぬ空母」から「緩衝地帯」へと変わりつつある。
その結果、台湾の交渉力は二重に低下している。世界保健総会(WHA)へのオブザーバー参加すら叶わず、国際的な存在感は徐々に後退。TSMCによるアリゾナ工場の2025年Q3量産前倒しなど、半導体をめぐる「シリコン盾」戦略も、米日欧が自前の生産基盤を整える中で効果を失いつつある。
一方で中国は、軍事と経済の両面からじわじわと圧力を強めている。人民解放軍東部戦区による台湾周辺での演習は2024年だけで40回を数え、「海関貿易特別管理条例」の改正によって、法的に選択的経済封鎖を実行できるようにもなった。こうした「非戦争型」軍事行動のエスカレートは、米軍のインド太平洋部隊がグアムやオーストラリアへと再配置される動きともリンクしている。
東アジアの安全保障枠組みも軋みを見せはじめた。日本は2024年の防衛白書で初めて「台湾有事」を集団的自衛権の行使対象と明記したが、日米安保の適用解釈には依然として法的な曖昧さが残る。オーストラリアの潜水艦隊の核動力化や、フィリピン軍基地の近代化も進んでいるが、「第一列島線」の防衛網に生まれた力の空白を完全に埋めるには至っていない。
2025年、歴史の転換点を迎えつつある今、台湾問題の本質は、もはや単なるイデオロギー対立ではなく、覇権維持にかかるコスト計算へと変わりつつある。戦略学者のライト氏らが「現状維持の赤線」が崩れ始めていることを懸念するなか、本当の意味で台湾海峡の安定を揺るがしているのは、北京の軍事的圧力強化ではなく、ワシントンが「アメリカ第一」の論理で核心利益を再定義しようとしている点だ。この冷徹な合理性は、台湾を冷戦後最大の戦略的孤島へと追いやりつつあり、地政学的な焦点であると同時に、大国間の取引の捨て駒になりかねない存在にしている。
5月11日、スイスで行われた米中第一ラウンドの関税交渉は、4月2日以降に課された関税を撤回し、元の税率に戻すという形で表面的な合意を見せた。しかし実際には、アメリカは明確な譲歩を中国から引き出すことができず、期待した成果には届かなかった。第2ラウンドの交渉の日程はまだ未定だが、より激しい駆け引きになる可能性が高い。
この交渉のなかで、台湾が米中の駆け引き材料として扱われるリスクが高まっている。台米間ではまだ関税交渉が正式に始まっていないものの、副行政院長の鄭麗君氏がワシントンを訪問した後、台湾ドルは32元から29元へと急騰(約3元の上昇)、輸出依存の強い台湾経済に大きな衝撃を与えた。特に製造業と保険業が影響を受けている。
報道によれば、大手保険会社は2,000億元(約9,800億円)以上の損失を抱え、台湾半導体大手TSMCも800億元(約3,920億円)を超える財務損失が出ている。中小の製造業はコスト圧力に直面し、解雇や休業、無給休暇といった対応を余儀なくされている。こうした状況下で、失業や倒産が広がる危険性も否定できない。賴清德氏はアメリカに対して関税引き下げや武器の大量購入、対米投資の拡大といった数々の譲歩を先に提示しており、「交渉の前に譲歩する」姿勢は、むしろ台湾側の立場を弱めている。
トランプ氏による対中関税戦争の初期、中国は対応が遅れたが、この8年間で交渉パターンを熟知し、再来する貿易戦争に備えて入念な準備を進めてきた。トランプ氏が政界に復帰し、中国に再び関税を課す可能性が高まる中、中国は従来より強硬な姿勢で臨む構えを見せている。「妥協せず、到底を共にする(ともに破滅しても譲らない)」という方針のもと、対抗関税やレアアース(希土類)の対米輸出制限といった措置を迅速に講じた。
アメリカは交渉で譲歩を引き出せず、レアアースの禁輸解除にも至らなかった。この交渉で得たものは少なく、アメリカ側の手札が限られる中、唯一残された「交渉カード」が「台湾」だと見られている。トランプ氏は「中国が市場開放に応じ、台湾問題を平和的に処理すれば、大きな譲歩を得られる可能性がある」と発言しており、台湾が米中の取引材料になる可能性が現実味を帯びている。
台湾は中国にとって、外交問題を超えた国家主権と民族感情、そして地政学的要衝という複合的な意味を持つ存在だ。第一列島線の要所に位置し、太平洋への中国海軍の通路を守る戦略的な拠点であることから、中国にとって極めて重要な地位を占めている。
一方でアメリカは、外交において常に「自国の利益」を最優先しており、必要とあらば台湾を「適切な価格」で手放す可能性も否定できない。台湾問題が米中交渉の「最後のカード」として切られる場面が現実化すれば、台湾にとっては極めて深刻なリスクとなる。
実際、過去のアメリカはイラク、アフガニスタン、リビアといった戦争に介入し続け、軍事力を誇示してきたものの、代償は大きかった。アフガニスタンからの撤退劇に象徴されるように、国際的な信頼や国力にも陰りが見え始めている。
一方の中国は、製造業の中心となり、空母や第6世代戦闘機「J-20」の開発など、軍事技術も急速に進化している。ハイエンドの半導体こそ課題は残るが、ハイテク分野でもアメリカを猛追している。アメリカはこうした現実のなかで、台湾を最後の切り札として利用しようとしている節がある。
このような状況下で、アメリカは今後も台湾に対して、武器の大量購入やアメリカ戦略への協力を求めてくるだろう。その結果、台湾の実質的な利益が著しく損なわれる恐れがある。トランプ氏と軍事顧問のファンス氏は、ウェストポイントの卒業式で「今後のアメリカ外交は現実主義に基づき、核心的利益に関わらない限り、海外での無制限な軍事関与はしない」と明言している。
つまり、アメリカにとって台湾は「核心的利益」ではないという現実を直視しなければならない。賴清德氏が感情的にアメリカに忠実であり続けても、戦争となればアメリカが軍を出す保証はなく、仮に出しても中国に勝てる保証はない。
「台湾独立」への幻想にすがるのではなく、むしろその考えを見直す必要がある。今の政府がアメリカとの連携を「台湾独立の保証」と思い込んでいる限り、台湾はますます危険な状況に追い込まれてしまう。
トランプ氏の「アメリカ・ファースト」「孤立主義」の下で、アメリカが台湾独立を支援してくれると期待するのは、現実的ではない。最も優先すべきは、両岸の戦争を回避し、罪のない台湾市民の命を守ることにほかならない