2025年6月3日、韓国の第21代大統領選挙が実施され、「共に民主党」の李在明氏が得票率49.42%で「国民の力党」の金文洙氏を破り当選した。3年ぶりの政権交代となる。投票率は28年ぶりの高水準を記録し、李在明氏は3度目の挑戦で1,728万票を獲得。これは歴代大統領選で最多となった。
米中の覇権争い、北朝鮮の軍事的脅威、そして国内の分断という課題の中で、李氏がどのように新たな外交のかじ取りをするかに注目が集まっている。韓聯社と米シンクタンク「大西洋協会」は、李氏の今後の外交スタンスについて詳しく分析している。
アメリカ、李氏当選を歓迎 「揺るぎない同盟」維持を強調
アメリカは、インド太平洋戦略において韓国を最重要同盟国の一つと位置づけており、トランプ政権は李在明氏の当選に対して迅速に祝意を示した。米韓日3カ国の安全保障と経済連携をより深める姿勢も強調された。
米国務長官兼国家安全保障顧問のマルコ・ルビオ氏は、「相互防衛条約、価値観、そして経済的な結びつきに基づいた揺るぎない同盟」だと評価。一方で、ホワイトハウス関係者は韓聯社の書面インタビューで、「韓国が自由で公正な選挙を行ったことは評価するが、中国が民主主義国家への干渉を強めている現状には懸念がある」とコメント。中国の影響力拡大に対して警戒感を示した。

2025年6月4日、韓国の李在明大統領が政党リーダーとの会談で発言した。(AP通信)
かねてからトランプ政権は、韓国などの同盟国が「安全保障はアメリカ、経済は中国」という“安米経中”の方針を取ることに懸念を示していた。国防長官のピート・ヘグセス氏は5月31日、シンガポールのシャングリラ対話で「中国と経済協力を進める一方で、アメリカとも軍事的な連携を求める国が増えている」と発言。こうした動きが中国に利用される可能性を指摘した。
一部の見方では、アメリカは李政権に対して、同盟関係を明確に打ち出すことで中国との距離を取るよう、間接的な圧力をかけているとされる。
外交面で李氏が直面する最大の試練は、アメリカの保護主義的な貿易政策と、北朝鮮やロシアとの軍事協力の強化とされる。しかし専門家たちは、どの候補が当選しても、これらの問題に大きな進展を見せるのは難しいと分析。李氏自身も、就任演説でアメリカとの通商問題には直接言及しなかった。
外交路線:米中朝の間で現実的なバランスを模索
李氏は就任演説で、韓米同盟を基盤に「強力な抑止力」で北朝鮮の挑発に対応する方針を示した。ただ一方で、北朝鮮との対話も再開し、朝鮮半島の平和構築に取り組む姿勢を見せた。彼の外交スタイルは、現実主義に基づいた柔軟な調整を志向しているとみられている。
成均館大学で政治学を教える曹成敏氏(大西洋協会インド太平洋シニアフェロー)は、李在明氏の外交方針は、保守派の尹錫悦氏とは対照的で、むしろ同じ「共に民主党」の文在寅元大統領に近いと指摘。北朝鮮との対話重視、中国との安定した関係維持を軸にしているという。

2025年6月4日、韓国の新大統領に就任した李在明氏とファーストレディの金恵景(キム・ヘギョン)氏が大統領就任式に出席した。(AP通信)
ただし、現在の優先事項は外交よりも経済再建に置かれているともされる。曹氏は「就任初期にワシントン、平壌、北京を頻繁に訪問するような外交は展開しないかもしれない」と分析する。核問題に関しても、李氏は文在寅氏が掲げた「南北和解」よりも現実的なアプローチを取り、平壌との「条件付き対話」や段階的な非核化を提案している。
また、国際情勢次第で外交戦略を調整する柔軟性も持ち合わせている。たとえば、トランプ氏と金正恩氏の間で再び首脳会談が行われる場合、李在明氏は第三回「トランプ・金会談」を支持する可能性もあり、在韓米軍の兵力見直しにも必ずしも反対しないとの見方も出ている。
台湾問題:戦略的な曖昧さで均衡を取れるか
李氏は、台湾問題に関しては日米のような積極姿勢を取っていない。選挙期間中、中国と台湾の関係は「内政問題」と位置づけ、「ありがとう」と言っておけば済む話だと語ったこともある。中国を必要以上に刺激する必要はないとも明言していた。
「台湾問題がどう動こうが、我々には関係ない」と述べ、尹錫悦政権の対中姿勢を「過度に刺激的」と批判したこともある。『タイム』誌のインタビューでは、中国が台湾に軍事侵攻した場合に韓国が支援するべきかを問われ、「エイリアンが地球に攻めてきたら考える」と答えた。
こうしたスタンスに対して、曹成敏氏は「アメリカの圧力が鍵になるかもしれない」と分析する。米国が韓国に台湾支持を強く求める事態になれば、李氏は戦略的曖昧さを維持しつつ、水面下でワシントンと協議を行う可能性がある。駐韓米軍の配置やインド太平洋での軍事的役割についても、明確な賛否を示さないまま調整を避ける戦略を取るかもしれない。
また、韓国が「一つの中国」政策を再確認することで、北京との関係バランスを維持しようとする姿勢もうかがえる。
日韓関係:60周年を前に李在明氏の本音はどこに?
尹錫悦前大統領は、日本との関係改善を強く推進し、「こんなに親日な韓国大統領はもう現れない」と言われたこともある。彼のもとで日米韓の三国協力は進み、2023年11月には「日米韓調整事務局」も設置。中国をにらんだ安全保障協力を強化し、「インド太平洋戦略」も韓国で初めて策定された。
一方、李氏は過去に「中国と北朝鮮寄りで、米日を遠ざけている」との批判を受けたが、最近では「韓米同盟が外交の基盤であり、ソウル-ワシントン-東京の三者協力を強化する」と繰り返し発信している。発言には慎重さが増し、米日両国への懸念を招くような発言は控えている印象だ。
カーネギー国際平和基金の安基特・パンディ氏は「国家を率いる立場になった今、李氏は安全保障や米韓同盟において中道的な姿勢を取るはずだ」とみている。日本に対しても、李在明氏は「引き続き密接に協力する重要なパートナー」と語り、歴史・領土問題では原則を守りつつ、社会・文化・経済では未来志向の協力を進める考えを示している。
彼に近い人物も、「国際情勢を踏まえれば、日本との協力は時代の要請。関係を一方的に壊すような行動は、李氏の実利外交にはそぐわない」と語っている。
『エコノミスト』誌は、2025年6月22日に迎える日韓国交正常化60周年を、李氏の対日スタンスがより鮮明になるタイミングだと報じた。植民地時代の賠償問題とともに締結された条約を背景に、今後の外交が注目される。また、8月の光復節、9月の終戦80周年といった歴史的節目が続くうえ、秋には韓国がAPECサミットを主催予定で、米中日露の間で李在明氏がどれだけバランス外交を実現できるか、試されることになる。

出口調査速報後、李在明氏陣営の支持者が非常に興奮していた。(AP通信)
日本の石破茂首相は、李氏の当選を受けて祝意を表し、「早い段階での首脳会談」を希望していると明かした。さらに、公式・商業レベルの両面で日韓関係をより一層進展させたいとの期待も示した。総じて、李氏の外交姿勢は実用性と経済重視を軸にしており、理想主義や民族主義に傾いた文在寅氏の路線とは一線を画す。国内外の複雑な課題が山積する中で、最優先とされるのは現実的な成果を重視しつつ、各方面の利害をバランスよく調整していくことだ。
内政最大の挑戦:政治的分断の克服
韓聯社は、李氏の政権がまず直面する最大の課題として、国内に根深く残る政治的分断の解消を挙げている。李氏自身も選挙期間中、「結束を最優先にする」と訴え、「すべての国民を代表する大統領になる」と繰り返し語っていた。
近年の韓国社会では、保守と進歩の対立が深刻さを増しており、今回の大統領選でも両候補の得票率の差は一桁台にとどまり、国民の分断を如実に映し出した形となった。2024年の総選挙では、李氏が属する「共に民主党」が大勝し、与野党の対立は一層先鋭化。主要法案である「糧食管理法」や「看護法」などが与党主導で可決された一方、尹錫悦前大統領はそれらに相次いで拒否権を発動し、政治の停滞を招いた。

2025年5月28日、ソウルで李在明候補の選挙活動を前に、韓国警察の特殊部隊員と警察犬が準備にあたった。(AP通信)
昨年12月には、当時の大統領だった尹氏が突如、緊急戒厳令を発表。これが憲政危機に発展したものの、世論と国会の強い反発を受け、最終的には失敗に終わった。尹氏はその後、弾劾により罷免され、この一連の出来事が韓国社会の混乱と分断をさらに深める結果となった。弾劾を支持する側と反対する側の間では激しい感情の対立が続いており、その溝を埋めるのは容易ではない。
政治評論家の朴相炳氏(音訳)は、李在明政権が与党として過半数を握っているとはいえ、憲法改正に必要な3分の2には届かないという現実があると指摘。これは改革推進にとってチャンスである一方、下手をすれば強引さへの批判や社会のさらなる分裂を招くリスクもあるという。
朴氏は、政権が野党との対話を重視し、超党派的な人材の登用も柔軟に行うべきだと提言。李氏自身も権力を自制し、濫用を防ぐ姿勢を示しながら、民主的な価値の尊重を実践していくことが求められていると述べた。