台湾最大野党・中国国民党は、6月に極めて困難かつ緊迫した局面を迎えている。民進党主導の大規模な罷免運動により、すでに31人の国民党立法委員に対する第二段階の罷免署名が完了し、提出された。一方、国民党中央が進めていた「精密罷免」と称する民進党立委への対抗措置はほぼ壊滅状態であり、原住民出身の陳瑩氏と伍麗華氏に対する第二段階の署名は5月31日の期限までに提出されなかった。
また、台北市選出の民進党立法委員・呉思瑤氏と呉沛憶氏の署名期限は6月7日とされているが、目標達成の見通しは厳しく、他の民進党議員に対する罷免案も進展が滞っている。第二段階の署名成立は絶望的と見られ、7月・8月に予定される第三段階の罷免投票では、「30対0」という屈辱的な結果に終わる可能性が高まっている。
朱立倫主席の「禅譲」発言に党内から疑念の声
このような苦境にある中、すでに党内で批判の的となっている国民党主席・朱立倫氏は、6月中に高まるであろう「退陣圧力」を和らげるため、聯合報のインタビューを通じて「非常にバトンを渡したい」との意向を表明した。同時に、2025年の党主席選挙の日程については変更せず、7月に公告、9月に投票を行う方針も強調した。
この発言は、一見すると台中市長・盧秀燕氏への禅譲の道を開いたように見えるが、日が経つにつれ、党内では「朱氏の発言は単なる計算された一手ではないか」との見方が広がっている。むしろこの発言は盧氏を「表明しにくい立場」に追い込んだだけであり、罷免戦を戦う国民党の候補者たちにとっても不利に働く恐れがある一方、朱立倫氏の地位を固めることだけに資するものだとの指摘もある。
国民党によるリコール攻勢は失敗に近づいており、朱立倫氏が名指しで標的とした民進党の原住民立法委員に対するリコールは不成立に終わった。台北市選出の民進党立法委員、呉思瑤氏と呉沛憶氏へのリコールも極めて困難な情勢となっている。(資料写真、柯承惠撮影)朱立倫「本当に退く気はあるのか」党内からの疑念高まる
盧秀燕氏の擁立を支持する国民党のある議員は、「朱氏の発言は、選挙日程を変更せずにあえて“譲る姿勢”を演出する、巧妙な保身策にすぎない」と批判する。朱氏は表向きには「禅譲したい」と語っているものの、「次期党首選には出馬しない」と明言したわけではない。すなわち、盧秀燕氏や台北市長・蔣萬安氏といった有力候補が立たない限り、朱氏は「禅譲する理由がない」として出馬を継続する可能性が高い。
さらに、党主席選の時期が7〜8月の罷免戦と重なることで、盧氏や蔣氏といった交代候補が立候補の意志を示す余地も極めて限られる。仮に朱氏が党務を率いて罷免に対応している中で、誰かが「党首交代」を表明すれば、党の士気を損ね、内部の結束や世論への印象にも悪影響を及ぼしかねない。しかも台北・台中といった国民党の拠点は罷免戦の最前線でもあり、両市長が自選挙区の議席を死守する重責を負う中、党主席選に関わる余力などあるはずもない。
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延期なければ「禅譲」も空論に?
かつて党務に関わった元高官は、「朱氏と党中央が選挙日程を変更しない限り、禅譲発言は意味を持たない」と断言する。もし党首選と罷免投票が重なることになれば、7月の公告後、党内から有力候補が名乗り出ることはなく、禅譲の“相手”がいない状態となり、朱氏は自然と続投に向かう。結果的に「党主席選は袋小路に陥り、対応を誤れば党に壊滅的な結果をもたらしかねない」と警鐘を鳴らす。
また、党内の「反朱派」や、罷免対象となっている立法委員、支持基盤である地方の党員の多くは、「党に新風を吹き込むためには党主席を交代させるべき」との意見で一致しており、朱氏と党中央が現実を直視しなければ、「内部分裂の嵐」は避けられず、罷免戦での逆転勝利も望めなくなると見られている。
多くの国民党関係者は、朱立倫氏(写真)が党主席選の延期を拒んでいる姿勢を、自身の再選に向けた足がかりと見なしている。(資料写真、顏麟宇撮影)反朱派「大物候補を擁立へ」と警告
党内では、党主席選の延期を求める声が日に日に強まっており、また、「罷免成立が5議席を超えた場合、朱氏は責任を取って辞任すべき」との意見も出ている。反朱派の関係者は、「選挙日程を維持すれば朱氏の続投を守れる」と考える党中央に対し、「それは完全な誤算だ」と警告する。
たとえ盧秀燕氏が罷免戦の結果が出るまで態度を明らかにできなかったとしても、反朱派は「大物候補」を立てて朱氏に対抗する構えを見せており、党内の混乱は避けられそうにない。さらに、それが「ライトブルー」や中道層の有権者の失望につながり、罷免戦における国民党の苦境を一層悪化させる事態も懸念される。そうなれば、朱立倫氏が責任回避を図る余地はもはやない。
「朱は無視、反罷免は盧・蔣・韓で」 現職議員の冷淡な声も
第三段階の罷免投票進出が確実視されているある国民党立法委員は、「正直、どうでもいい。党中央は何の役にも立たないし、生き残るには自力で戦うしかない」と語る。特に朱立倫氏の政治的存在感は極めて薄く、国民党支持者からも反感を持たれているとし、「どうせ今は党主席を替えられないのだから、いっそ無視して、反罷免の集会や応援演説は盧秀燕、蔣萬安、立法院長の韓国瑜に頼るべきだ」と述べた。
党主席選挙の延期についても、「朱がどう判断するか次第」とし、「もし彼が党の全体利益を顧みず、私利私欲で居座ろうとするなら、公職者や支持者たちはそれを見抜いて騙されることはない」と強調した。
ある国民党の立法委員は、「朱立倫氏を無視し、反リコールには台北市長の蔣萬安氏(写真)など有力者を招くことが重要だ」と率直に語った。(資料写真、顏麟宇撮影)朱陣営「交代の意思に私心なし」も…盧陣営「善意感じず」
朱立倫氏に近い人物は、「朱氏は“連任にこだわらない”と明言しており、新しい党主席が決まるまで全力で罷免戦を戦い抜く構えだ。適任者が現れれば速やかにバトンを渡す」と説明し、「今は全党が一致団結して、罷免の危機を乗り越えることが第一。朱氏には私心はない」と主張した。
「盧秀燕氏や蔣萬安氏のどちらかが立候補を表明すれば、朱氏と党中央は円滑に党務を引き継ぐ用意がある」とも述べた。
「守るか攻めるか」盧秀燕の進退、2028年総統選にも影響
党内関係者は、現在罷免対象となっている8議席のうち、台中市第六選挙区の羅廷瑋議員は地盤が弱く、選挙戦は厳しいと指摘する。「もし盧氏がこの議席を守れなければ、2028年の総統選への流れに深刻な影響を与える」と懸念されている。
一方で、「朱を下ろす」という目的のために党内からは盧氏への党主席選出馬を求める声が高まっており、彼女の煮え切らない態度に不満を抱く者も少なくない。「朱氏が“禅譲の意思”を表明した今、盧氏が決断を先送りすることは、国民党内部の信頼を揺るがしかねない」とする声もある。
国民党内では盧秀燕氏(写真)に対する党主席選出馬の圧力が高まっており、彼女がなかなか決断を下さないことへの不満が広がっている。(資料写真、台中市政府)主動出撃の構え 6月末までに朱と直接会談か
盧氏側は、これ以上受け身でいるより、いっそ主動的に動いた方が得策との判断に傾いているという。6月末までに朱氏と直接会い、現状の膠着を打開する方策を協議する方向で動いている。
ある国民党関係者によれば、「朱氏にとっても、盧氏と良好な関係を維持したまま、彼女の決意を受け止める準備が必要だ」と語り、また盧氏側も「事前に誠意を持って打ち明けることで、朱氏が潔く受け入れることを望んでいる」という。
リコール投票と党主席選が時期的に重なれば、盧秀燕氏(写真)は二つの火種に油を注ぐような状況に追い込まれることになる。(資料写真、顏麟宇撮影)両者の「和解案」も 朱続投+盧温存のシナリオも浮上
国民党の内部事情に詳しい関係者は、「盧秀燕氏と朱立倫氏の“協力路線”の実現可能性は極めて低く、党内の受け入れ度も極めて低い」と強調する。ただし、「完全に否定できない理由」も存在するとし、盧氏は「党主席職が“火中の栗”であることをよく理解している」という。
すなわち、台中市政を全うしながら、党中央の運営も担い、さらに民進党からの全面的な政治攻撃に対処する“三正面作戦”は、盧氏にとって極めて負荷が大きく、「総統への道」が途中で絶たれるリスクも高い。そのため、「信頼できる政治的同盟者に党主席を任せる」という選択肢は、彼女にとって決して排除していたわけではない。
しかし、朱氏とその陣営が民進党の大規模罷免への対応で無能ぶりを晒したことにより、「朱と組んで総統選を目指す」という構想は、党内の多くの人にとって「狐に薬を託す」ようなものであり、「敗戦続きで、絶対に避けるべき道」だと見なされている。
「朱立倫には経験がある」 党内では人事刷新への期待も
ある国民党の重鎮は、「朱立倫氏の政治的エネルギーは乏しいかもしれないが、その個人としての資質、経験、行政歴は依然として党主席としては適任である」と述べる。その上で、「期待された成果が得られていない原因は、朱氏が党に復帰して以降、人事面で忠誠心を重視しすぎたことにある」と分析する。
現在の党秘書長や組織発展委員会主委(=組発会主委)は、過去の党主席が起用していた人材と比べて能力面で大きく劣っているという。
仮に盧秀燕氏が朱氏との協力を選んだとしても、2028年総統選を「朱系の人材」だけに頼って勝利できると考えているわけではない。もし朱氏が意外にも党主席に留任するような展開になった場合でも、党の中枢人事は盧氏と朱氏との協議を経て、大幅な刷新が行われるだろう。

国民党関係者によれば、朱立倫氏(右から4人目)と盧秀燕氏が非公式に合意し、大物政治家らと共に記者会見で団結を示すことが、反リコール運動の勢いを高める助けになるという。(資料写真、顏麟宇撮影)
「勝てる布陣」への人事再編、朱も現実を見る時
刷新の方向性としては、党務の幹部は「戦闘能力重視」の人選となり、最も重要なのは秘書長の人選である。政治的な格が十分に高く、党務・選挙に精通し、自ら判断して動ける人物が求められる。副主席人事についても再考が必要とされており、「世代交代」を象徴する蔣萬安氏を副主席に起用する案も浮上している。
盧秀燕氏は、こうした陣容を含めた「現実的かつ勝てる体制」を作るため、正しい決断を下すはずだと党内では見られており、朱立倫氏も最終的には現実を受け入れ、「2025年7月から9月にかけての歴史的な難局を、波乱なく乗り越える」ために役割を果たすと期待されている。
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