アメリカのトランプ大統領が最も信頼していたとされるテック界の大物、マスク氏が、関係の終焉を象徴するような爆弾発言を連発している。
5日、マスク氏は「私がいなければ、トランプは昨年11月の選挙で勝てなかっただろう」とXで発言。かつてのパートナーへの強烈な皮肉だ。これに対してトランプ氏も黙っていなかった。「イーロンには非常に失望している。彼には本当に大きな助力をした」と語り、連邦政府がテスラと結んでいる数十億ドル規模の契約の見直しまで検討しているという。
「ニューヨーク・タイムズ」によると、両者の関係悪化が表面化したのは、マスク氏がトランプ政権が推進する予算法案を「嘔吐を催す悪行」と評したことが発端だった。過去にもマスク氏は、トランプ氏の関税設計の立案者ナバロ氏を「一袋のレンガより愚かだ」と投稿しており、政権内の人物との確執は明らかだった。
また「アクシオス」の報道では、マスク氏がホワイトハウスで当時の財務長官ベセント氏と激しい口論を交わし、その場にトランプ氏とイタリアのメローニ首相も居合わせていたという。
今回の対立は一段と激しく、マスク氏は「トランプは私がいなければ何もできない」とまで言い切った。一方、トランプ氏は「イーロンが不満を抱いているのは、我々がEV関連の多額の補助金を却下したからだ。彼らは政府に何十億ドルの支援を求めていたが、それは最初から彼も知っていたことだ」と反論している。

2025年1月19日、トランプ氏が米国第60代大統領就任式前の集会でスピーチを行い、マスク氏も同席した。(AP)
この二人の富豪は昨年、突如として手を組み、「新しいアメリカを作る」と誓い合った。トランプ氏が政治的権力を、マスク氏が経済力と影響力を持ち寄る構図だったが、その同盟はもろくも崩れ去った。
「ニューヨーク・タイムズ」は、今回の決裂がトランプ氏の再選戦略における最も重要なパワーバランスを変えたと分析。対立のきっかけとなった政策批判は、数日で「トランプの勝利は誰の功績か」「マスク氏がホワイトハウスの送別会で化粧をしなかった理由」「なぜNASA局長にマスク氏の盟友が就任できなかったのか」にまで話が広がっている。
応酬はSNS上でもエスカレートし、トランプ氏はマスク氏の企業との連邦契約を打ち切ると示唆。一方のマスク氏は「今こそ新たな政党を立ち上げる時だ」と投稿し、政府文書にはトランプ氏とエプスタイン氏の関係が記録されているとも主張。さらには「トランプ弾劾を支持する」とまで発言した。
この泥仕合に、息子との疎遠な関係で知られるインフルエンサーのセントクレア氏も参戦し、「もし別れるアドバイスが必要なら、いつでもどうぞ」と挑発。争いは政界だけでなく、ネット文化にも波及している。両者の確執が表面化して以降、テスラの株価は急落し、終値で14%も下落。さらにトランプ氏が推進していたミームコインの価値まで落ち込んだ。経済界と政界を巻き込むこのバトル、今後どこまで広がるのか注目されている。

26歳のインフルエンサー、セントクレア氏がマスク氏の子を産んだと主張している。(引用X)
マスク氏は、トランプ氏の大統領選活動中に2.75億万ドル(約430億円)を拠出して強力に支援した有力支援者のひとり。トランプ氏がホワイトハウスに戻ってからは、最高アドバイザーとして人事と契約の大幅削減を主導し、連邦官僚に衝撃を与えた。
マスク氏は2026年の中間選挙までにトランプ陣営に1億ドル(約157億円)を寄付すると約束していたが、その話も今では実現が難しくなってきた。トランプ氏は、選挙資金1億ドルの目減りだけでなく、SNSを中心とするインフルエンサー層からの支持を失いつつあり、かつての盟友だったテック業界の巨人とも対立する状況に直面している。
マスク氏は、不振が続くテスラを支えていた数十億ドル規模の政府契約から利益を得てきたが、これも今やトランプ氏の逆風にさらされている。「ニューヨーク・タイムズ」に匿名で語った側近によると、トランプ氏の政治アドバイザーたちは、マスク氏との長期的な対立を見越して準備を進めており、今後は両者の影響力が強い政財界にも選択を迫る局面が訪れそうだという。
ホワイトハウスのリビット報道官は、「これはイーロンによる残念なエピソード。《大きく美しい法案》に彼が満足していないのは、自分の望む政策が含まれていなかったからだ」と声明を発表。トランプ氏はこの歴史的な法案の成立に集中しており、「米国を再び偉大な国にする」ための努力を続けているとした。

2025年2月11日、マスク氏が息子のX Æ A-Xii(エックス・アッシュ・エー・トゥエルブ)君を抱き、トランプ氏とホワイトハウスのオーバルオフィス(大統領執務室)にいる様子。(AP)
一方、「ニューヨーク・タイムズ」は、マスク氏の側近たちが「トランプ氏よりも長期的に世界に影響を与えるのはイーロンだ」と確信していると報じた。ただ、周囲には緊張感も漂っており、今回のトランプ氏との対立が「テクノロジー右派」、つまりトランプ氏を支持してきたシリコンバレーのエコシステム全体に悪影響を与える可能性があると懸念されている。
マスク氏のパートナーたちは、この関係が長続きしないこと自体は想定内だったとしつつも、ここまで泥沼化した形で終わるとは予想していなかったようだ。
トランプ政権の初期、マスク氏は大統領の側近として重用され、週末にはマールアラーゴで休暇を共に過ごし、FOXニュースにも出演していた。彼は政府支出削減を主導するスキームを掲げていたが、政府効率庁で働く中で閣僚らと衝突を繰り返し、これが不満を呼び、トランプ氏との関係に亀裂を生んだ。

2025年5月1日、パリでのメーデーデモに参加する抗議者たちが、マスク氏とトランプ氏の「逆行」を批判する姿勢を示した。(AP)
マスク氏が目玉政策である法案を批判し、赤字が膨らむと主張したことに対して、トランプ氏はこれまで公然と対立を避けていた。しかし、マスク氏が「法案は馬鹿げていて、政治的な見返りだらけ」と発言したことで、対立は表面化した。マスク氏はこの法案がこれまでの支出削減努力を無にするとし、来年の中間選挙では法案に賛成した共和党議員を標的にする可能性を示唆している。
5日、ドイツのメルツ首相との会談中にマスク氏の批判について問われたトランプ氏は、「イーロンには非常に失望した」と初めてコメント。さらに、「ペンシルベニアで彼がどれだけ資金と時間を費やそうが、勝てたのは自分の力だ」と突き放した。
この発言に対し、マスク氏はXで即座に反撃。「自分の支援がなければトランプ氏は選挙に敗北し、下院は民主党が掌握、上院も共和党が過半数を取れなかっただろう」と主張した。
さらにトランプ氏は、「数十億ドルの予算削減をする最も簡単な方法は、イーロンの政府補助金と契約を打ち切ることだ。バイデンがなぜこれをやっていないのか不思議だ」と述べた。これに対してマスク氏は、SpaceX社がNASAとの契約で宇宙飛行士や補給品を輸送してきた「ドラゴン(Dragon)」を退役させる計画を進めていると反論。午後5時には、新政党の立ち上げを示唆し、トランプ氏が「環境を破壊する政策」を続けていることに異議を唱えた。

2025年3月22日、カナダ・オタワのテスラショールーム前で、マスク氏の発言に抗議する人々がデモを行った。(AP)
また、トランプ氏は5日に行われたホワイトハウスの送別会で、マスク氏が化粧で顔のあざを隠そうとしなかったことを揶揄し、マスク氏が「ホワイトハウスの中枢から外れた後、トランプ精神錯乱症候群(Trump Derangement Syndrome)に罹った」とも述べた。「彼らは朝起きると魅力を失ったように感じ、世界が変わって見える。すると敵意が生まれる」と語っている。
マスク氏はこれにも反応し、トランプ氏の関税政策が年末までに経済を不況に導くと警鐘を鳴らした。また、過去にトランプ氏がSNS上で共和党が赤字を解決できないことを批判していた投稿を引用し、皮肉を込めた。トランプ氏は、マスク氏の法案批判が「テスラに不利なEV補助金の見直しがきっかけ」とし、「彼は個人的な利益のために転向した」と非難している。
そして「Truth Social」上では、「イーロンにはもう我慢できない。誰も欲しがらない電気自動車を無理に買わせようとする強制命令が取り消されたら、彼はおかしくなった」と投稿。これに対しマスク氏は「なんというひどい嘘だ。本当に悲しい」とXで反論した。
最も大きな波紋を呼んだのは、マスク氏がトランプ氏とジェフリー・エプスタイン氏の関係を示唆した投稿だった。「今こそ本当の爆弾を投下する時」として、トランプ氏の名前が「エプスタインのリスト」に含まれていると主張し、その文書が非公開のままである理由を問いただした。そして過去にトランプ氏がエプスタイン氏とともにパーティーに参加していた映像も公開した。
ただし「ワシントン・ポスト」は、マスク氏には過去に誤情報の拡散歴があると指摘し、今回の告発に関しても明確な証拠は提示されていないと報じている。