「古代ギリシャの寓話に登場するイカロスと同じように、マスク氏は太陽に近づきすぎると、蝋でできた翼が溶けて墜落することを身をもって体験した。」
創投会社Menlo Venturesのパートナー、ウィンキー・ガネシャン氏(Menlo Ventures)
トランプ2.0の就任式で、ティム・クック氏、マーク・ザッカーバーグ氏、ジェフ・ベゾス氏、スンダー・ピチャイ氏がそろって就任式に現れる姿は、まるで「大統領山」のようだった。そこには、AI業界の旗手サム・アルトマン氏や、かつてトランプの移民政策に抗議し空港に駆けつけたセルゲイ・ブリン氏の姿もあった。そしてもちろん、選挙期間中からトランプ氏を支持し、就任式当日には演説まで行ったイーロン・マスク氏は、当時、トランプ氏と最も近い距離にいたシリコンバレーのスターだった。

2025年1月20日、イーロン・マスク氏、ジェフ・ベゾス氏、マーク・ザッカーバーグ氏らテクノロジー界の巨人たちがトランプ氏の大統領就任式に出席した。(AP通信)
だが、関係は一変した。マスク氏が政府の効率担当の役職を降りた後、トランプ氏とのあいだに亀裂が入り、今では互いを非難し合い、時には脅しとも取れる発言を交わすような関係にまで悪化している。
この状況に対し、『ニューヨーク・タイムズ』は警鐘を鳴らす。マスク氏とトランプ氏の関係崩壊は、政界とシリコンバレーの間にあった蜜月関係に陰を落とし、今後ワシントン入りを狙うテック界の富豪たちは、「どちら側に立つか」という選択を迫られることになるかもしれないという。
とはいえ、マスク氏以外のシリコンバレーのトップたちも、かつては民主党の理念に共感し、政治家とは一定の距離を保っていたはずだ。それにもかかわらず、彼らがトランプ氏の就任式に足を運んだことは、「トランプへの忠誠」が新たなサバイバル戦略として定着しつつあることを示している。つまり、注目すべきは「誰がどちら側に立つか」ではなく、「トランプ氏がマスク氏の代わりに、誰を選ぶのか」なのかもしれない。
2025年1月19日、トランプ氏が米国第60代大統領就任式前の集会で演説し、マスク氏も同席した。(AP通信)この問いに対して、『フォーチュン』誌は慎重な見方を示している。トランプ氏とマスク氏という、地球上でもっとも影響力のある2人がまだ決定的な決裂に至っていない以上、「次は誰か」と焦点を当てるのは時期尚早だという見解だ。また、それ自体が些細な問題とも取られかねない。
しかし、トランプ氏が見せてきた予測不能な貿易政策、そしてアメリカ大統領の“ご機嫌”を取ることによって得られる莫大な利益を考慮すれば、「マスクの空席」に目を付けるテック界の戦略家が動き出すのは当然ともいえる。
私的な関係を武器に、自社の産業を政権にとって“必要不可欠な存在”へと押し上げようとする動きは、むしろ現実的だ。
シリコンバレーの重鎮たちは、まだトランプ氏との関係に明確な立場を示していない。だが、《ビジネス・インサイダー》や《フォーチュン》などの経済メディアは、「トランプ不在の空白」は長くは続かないとし、新たな“テック同盟者”候補についての分析を始めている。
《ビジネス・インサイダー》は特に、トランプ氏の返り咲きとともに再編されるビジネスロビーや政界との関係性に着目し、最有力とされる“テック界の右腕”候補を挙げている:
一、Meta創業者兼CEO マーク・ザッカーバーグ氏

2024年9月25日、Meta社が米カリフォルニア州で年次開発者会議「Connect 2024」を開催し、マーク・ザッカーバーグCEOが自ら進行役を務め、複数のAIサービスや新製品を発表した。(AP通信)現在のザッカーバーグ氏は、トランプ氏のスローガン「アメリカを再び偉大に」の熱心な支持者のひとりとされる。Metaはトランプ氏の就任式に数百万ドル(数億円規模)を提供し、ザッカーバーグ氏自身も就任当夜、ブラックタイの晩餐会を共同で主催して再選を祝った。反トラスト法違反で政府から訴えられているMetaにとって、ワシントンとの関係強化は重要な課題でもある。実際、彼は2300万ドル(約36億円)を投じてワシントンD.C.に邸宅を購入し、政治の中枢での影響力を高めようとしている。
最近では、フーディー姿の若き起業家というイメージから、金のネックレスを下げた強気な経営者へとキャラ変も進んでいる。トランプ支持者として知られるジョー・ローガン氏のポッドキャストにも出演し、「男らしさ」や弓による狩猟への嗜好を語るなど、保守層に寄せたメッセージを発信している。
とはいえ、両者の関係は複雑だ。トランプ氏は2024年、かつてザッカーバーグ氏を「刑務所送りにする」と宣言した過去がある。2021年1月6日の議会襲撃事件後、Meta傘下のSNSがトランプ氏を一斉にBAN(使用停止)したことが原因だった。ザッカーバーグ氏の現在の“親トランプ”ぶりは、失われた信頼を取り戻すための必死のアプローチとも受け取れる。
実際、今年1月のMetaの決算報告では「アメリカのテクノロジー産業を守り、海外でも我々の価値と利益を貫くべきだ」とトランプ政権を公然と称賛した。トランプ氏が彼の投獄について再び言及することはないが、反トラスト訴訟で分社化の危機に直面するMetaにとって、ザッカーバーグ氏は今後も政権への接近を強めざるを得ない状況にある。
二、OpenAI創設者兼CEO サム・アルトマン氏

2025年1月21日、ドナルド・トランプ米大統領が「スターゲイト計画」を発表し、ソフトバンクグループの孫正義CEO、OpenAIのサム・アルトマンCEO、オラクル会長のラリー・エリソン氏が式典に出席した。(AP通信)ChatGPTで一躍時代の中心に立ったアルトマン氏は、ここ数ヶ月間、トランプ政権の中枢でその存在感を強めている。2025年1月、トランプ大統領はAI基盤計画「スターゲート(Stargate)」を発表。これにはソフトバンクの孫正義氏、オラクルのラリー・エリソン氏とともに、アルトマン氏も出席した。また、トランプ氏とともにサウジアラビアを訪れたり、アブダビで世界最大規模のAIデータセンターを建設する交渉に加わったりと、政権とのパートナーシップを積極的に築いている。
《フォーチュン》誌は、40歳のアルトマン氏が「トランプの最側近」として認められれば、OpenAIが大型言語モデルの進化をさらに加速させるうえで大きな後押しになると見ている。現在、AIは倫理やプライバシー、労働環境など多くの分野で規制の議論を呼んでおり、政府による監督強化も視野に入る。そうした中で、政権とのパイプを持つことは戦略的に大きな意味を持つ。
マスク氏と競合関係にあるOpenAIが、この分野で優位性を確保するためにも、アルトマン氏の動きは今後さらに注目されるだろう
三、アマゾン創業者 ジェフ・ベゾス氏(現エグゼクティブ・チェアマン)

(画像/ ジェフ・ベゾス氏のX(旧Twitter)より)
2015年、まだ大統領候補だったトランプ氏は、当時のTwitter(現X)でベゾス氏を名指しで攻撃。「彼の持つ『ワシントン・ポスト』は租税回避の道具に過ぎない」と揶揄した。これに対し、ベゾス氏は「#トランプを宇宙に送ろう」とブルー・オリジンのロケット開発を皮肉るように応戦した。
だが、両者の関係はその後変化し、ベゾス氏は2025年1月、政府の宇宙政策に「非常に楽観的だ」と語っている。マスク氏のSpaceXに代わる存在として、ベゾス氏のブルー・オリジンが期待される場面も増えてきた。アマゾンの衛星通信計画「カイパー・プロジェクト」は、スペースXの「スターリンク」の有力な競合とも言われている。
《Axios》は、2024年夏ごろからベゾス氏が水面下でトランプ氏に政治的アドバイスを提供し始めたと指摘している。ただし、アマゾンが一時的に「トランプ関税」の価格表示を検討した際には、ホワイトハウスの報道官カロライン・リヴィエット氏が「政治的偏向を帯びた操作だ」と厳しく批判した。この方針は最終的に、格安商品を扱うサブブランド「ホール」に限定して試験導入されている。アマゾンは小売業、クラウド、食品スーパーなど多角的に事業を展開しており、政権との関係は今後の成長に大きく影響する。そうした背景もあり、ベゾス氏がトランプ氏との距離感を慎重に再構築しているのは間違いない。
四、NVIDIA共同創業者兼CEO 黄仁勳氏
2025年5月21日、NVIDIA(エヌビディア)創業者兼CEOのジェンスン・フアン氏(写真)が、台北のマンダリンオリエンタルホテルで開催されたグローバルメディア向け質疑応答に出席した。(劉偉宏氏撮影)ジェンスン・フアン氏は、今年1月のトランプの第2期就任式には出席しなかったが、5月の中東旅行には参加した。輝達(NVIDIA)は現在、オラクル、ソフトバンク、G42と協力してアブダビでOpenAIデータセンター建設計画を進めている。しかし、輝達も順風満帆とは言えない。今年4月にトランプはこの半導体メーカーが中国にH20チップを販売することを禁止し、輝達はこれにより55億ドルの損失を被り、この措置に対応するために中国市場向けのチップ設計を変更してアメリカの輸出規制を回避していると報道されている。
五、Google CEO サンダー・ピチャイ氏
Alphabet(アルファベット)のサンダー・ピチャイCEO。(画像:AP通信)今年4月、連邦裁判所がGoogleの広告技術に関する独占行為について「不法」との判断を下した。Googleはこの1年間、相次ぐ法的措置に見舞われている。2024年8月には、連邦判事が同社の検索事業が反トラスト法に違反していると認定。さらに今月9日、バークレイズ銀行が顧客に対して「Chromeブラウザーが強制的に売却される事態になれば、アルファベットの株価は最大で25%下落する可能性がある」と警告した。
こうした訴訟リスクの高まりとChrome事業の分割リスクにより、ピチャイ氏は厳しい立場に追い込まれている。過去にはトランプ氏の就任式に他のテック企業のCEOらとともに出席したこともあるが、両者が再び関係を築けるかどうかは不透明だ。たとえ接点が復活したとしても、進行中の法的問題に対してどれだけのリカバリー効果があるのかは見通せない。
六、Apple CEO テイム・クック氏
2024年3月、アップルのティム・クックCEOが北京で開催された中国発展ハイレベルフォーラムに参加した。(AP通信)かつて「トランプの耳元でささやく男」とまで言われたクック氏は、1期目の政権下でAppleを貿易政策の矢面から巧みに守った人物として知られている。
しかし2期目のトランプ政権下では、ホワイトハウスでの影響力は以前ほどではないようだ。今回の関税政策でAppleは特例扱いされず、5月にはトランプ氏が名指しでAppleを批判。iPhoneの生産拠点を中国やインドからアメリカに戻さない限り、製品に対して25%の関税を課すと公言した。「私とクックにはちょっとした問題がある」と語ったこともある。
現在、マスク氏の後釜としてのポジションが空席になっている中、もしクック氏がそこに収まることができれば、Appleにとってはこの難局を乗り越える大きな支えとなるかもしれない。