台湾で、中国共産党によるスパイ活動が急増している。これに対し、国防部長の顧立雄氏は立法院で、国軍の情報保護体制を強化していると明らかにした。軍事安全総隊の人員を増やし、「機密資格認証制度」を設けて、階級にかかわらず情報へのアクセス権を厳格に管理するという。
この背景には、2025年3月13日に頼清徳総統が打ち出した「国家安全17条」の存在がある。発表以降、軍はスパイ摘発に力を入れ、より強力な情報保護体制を整えつつある。
国家安全局の統計では、2020年から現在までに起訴されたスパイ事件は159件。このうち、現役・退役軍人は95人で、全体の約6割を占めている。主な手口は、退役軍人が現役兵を勧誘すること、インターネットを使った接触、金銭的な誘惑、債務問題の利用など。これらを通じて中国は軍事機関や政府部門に浸透し、防衛・国家機密の収集を試みているという。
さらに国家安全局によれば、中国側は黒社会、地下銀行、ダミー会社、寺院団体、市民団体などを通じて、経済的に困窮した若い兵士層への接触を図っている。目的は、中国の武力行使時に台湾国内から協力者を得ることだという。
なお、2020年以降にスパイ容疑で起訴された軍人の内訳は、軍官46人、士官27人、兵士22人。これは、中国の浸透工作が高級幹部だけでなく軍全体に広がっていることを意味している。

国防部長の顧立雄氏(左)は立法院で、共産主義浸透への対策として、国軍の保護陣を増員していると述べた。特に軍事安全総隊員を増やし、機密資格認証制度を設けることで、階級に関係なく機密の等級に応じて査証を行うとしている。(写真/顔麟宇撮影)
頼清徳、より積極的な措置を指示 国軍が動き出しスパイ摘発
こうした事態に対し、頼氏は3月13日の国家安全高層会議で「中国は海外の敵対勢力。我々には選択肢がなく、より積極的な対応が必要だ」と述べた。その場で国家安全17条を発表し、共産党の浸透工作に対抗する姿勢を明確にした。
頼氏の方針発表からすぐに軍が動き出し、憲兵によるスパイ摘発も加速。『風傳媒』が取材したところ、憲兵司令部は「国家の安全を守り、中国共産党の浸透を防ぐため、憲兵は情報収集や自発的な内部告発を強化している」と答えた。また、「関係部隊はスパイ捜査を増やしており、国軍は中国による「人材吸収」の脅威を明確に認識している。今後もスパイ事件の手がかりを積極的に発見し、海外勢力からの浸透を防ぐ」としている。

頼清徳総統が国家安全17条を発表し、「より積極的な措置」を宣言した後、軍部がスパイ捜査により力を入れるようになった。(写真/顔麟宇撮影)
軍の保護体制が拡大 ポリグラフ導入も視野に
軍はスパイ対策における捜査のペースを上げるとともに、軍内の保護体制も拡充。政治作戦局傘下の「軍事安全総隊」の人員を54名増やす計画を進めており、すでに43名が採用済みで、残りも2025年7月までに補充される予定だ。増員は現行の軍部隊だけでなく、文職者も対象となっている。
軍事安全総隊は主に防諜と情報保護を担当。問題が発生した際には国家安全局に報告し、そこから調査局、憲兵、警政署などの司法警察システムが招集され、調査が行われる流れだ。
現在、軍では「機密資格認証制度」を導入しており、対象は志願兵の中で機密情報に触れる可能性がある人員に限られている。ただし、今後徴兵制度の拡大に伴い、制度対象も見直される予定だ。
制度では、将軍への昇進や重要旅団の任務などに就く際、申請フォームの提出が求められる。その中には「提出しない場合、ポリグラフ(嘘発見器)検査に応じる意志があるか」という項目も含まれている。実際には、ほとんどの該当者がフォームを提出するため、現時点でポリグラフの実施例はないという。未提出者に対しては面談が行われる。
国防部は5月末、「国軍人事資料査証運用作業規定」の修正も実施。保護安全処長の簡熒宏氏によれば、「極機密」「絶対機密」とされる職務については特別な査証フォームの提出を義務づけ、不明点があれば再度の書面説明を求めるという。それでも曖昧な場合には、科学的なポリグラフを行うとしており、使用機器は国家安全局や調査局と同様のものが用いられる。

機密情報とスパイから国軍を守るため、機密資格認証制度を設け、必要に応じてポリグラフ(嘘発見器)検査を実施する。
防諜体制、米国モデルを参考に 一部では理解のギャップも
機密認証は重要な軍職だけでなく、防衛関連メーカーも対象となっており、関係者によれば、非レッドサプライチェーンであるか、中国資本が関与していないかといった点も審査される。軍内部では、機密は通常、機密・極機密・絶対機密の3段階に分類され、重要な軍職や防衛関連企業については、内部全体に対して審査が行われる。人事異動や昇進があるたびに、再度の査証も行われる。
こうしたスパイ対策は、実際には米国の勧告をベースに進められている。軍は米国の技術を導入し、助言を受けつつ、日本の状況や法律を参考に、台湾に合った方法を整備している。ただし、すべてを米国と同じにしているわけではないという。
台湾で相次ぐスパイ事件については、米国も一定の評価をしているが、一方で、明確な証拠があるにもかかわらず、判決が軽すぎる点については理解を示していない。軍としては、長期間にわたり証拠を積み上げて摘発した結果、刑罰が軽くなることを懸念しており、検察に対して厳格な判決を望んでいる。あわせて事件の深刻さを社会に訴え、スパイ事件の軽視を防ごうとしている。
スパイ防止のため、国防部は米国の技術を参考にしつつ、台湾の状況と法令に合わせて、最適な方法を調整する。イメージ図。(写真/柯承恵撮影)国安職員、緊張高まる 冗談すら控える空気に
ある筋によると、現在、軍は検察や捜査機関と連携し、スパイ事件の捜査を進めている。検察総長の邢泰釗氏との協議を経て、2年前には「国家安全専門チーム」が設立され、現在も事件対応を担っている。警察システムでは、警政署が国家安全局と連携して調査を行っており、事実関係が明らかになれば、特別チームが設置され、担当者が個別に処理を行う体制になっている。
立法院、国防部、さらには総統府までもがスパイ浸透の対象となっており、「スパイはあなたの身近にいる」という1950年代のスローガンが再び口にされるようになっている。スパイ事件が続く中、国家安全機関の職員たちは精神的に緊張した状態にあり、日常業務でも「最近どう?」といった軽口すら控えるようになっているという。
ただし、いくら捜査や制度を強化しても、最終的に中国からの誘惑に耐えられるかどうかは、機密に関わる一人ひとりの主体性にかかっている。国側としては啓発や監視を強化しているが、スパイ行為の根絶には至っていないのが現状だ。