台湾総統・頼清徳氏は6月18日、野党の指導者を総統府に招き、「重大な国家安全情勢の報告」を行う予定だった。しかし前日の17日、出席する意向を示していた民衆党の黄国昌氏が突然「出席できない」と発表。その後、国民党も会合を欠席する意向を表明した。
民衆党は、この会合について「急ごしらえで、政治的な操作が見え隠れする」と批判。実は国民党も当初は前向きな姿勢を示していたが、最終的には参加を拒否した。現職の総統による呼びかけを二大野党が無視するという異例の展開には、何があったのか。
総統府のスポークスパーソン・郭雅慧氏は、「遺憾に思う。秘書長の2人に電話を入れたが、国民党の黄健庭秘書長は頻繁に応答してくれた。一方で、民衆党の周榆修秘書長は一度も電話を返してこなかった。潘孟安秘書長からの連絡にも、民衆党側は記者会見で応じただけだった」と明かした。
総統府側は、頼清徳氏が最大限の善意を示し、礼節を尽くして準備していたと説明している。しかし最終的に両野党はこの呼びかけを「無視」。与野党間の信頼の脆さが改めて浮き彫りになった。

総統の頼清徳(中央)が野党を総統府に招き、潘孟安総統府秘書長(右から2番目)から積極的に連絡があった。(資料写真/総統府提供)
総統府府の手続き変更 民衆党の警戒感に拍車
民衆党は6月16日の午前に記者会見を行い、周榆修秘書長が6月12日と15日に総統府の潘孟安秘書長から受けた電話内容を説明した。それによると、当日の流れは、9時から総統のスピーチ、9時30分から約2時間の国安簡報、11時30分から30分間の総合討論、そして12時に終了というスケジュールだった。黄国昌氏は、この「総合討論」の時間があまりに短く、「ただ呼ばれて報告を聞くだけなのでは」と疑問を呈した。
その日の午後、総統府の郭雅慧氏は報道資料を通じて、18日の国安報告は高度な機密性を伴うため、「すべて非公開で進められる」と発表。公開された最新のスケジュールでは、9時から短い歓迎の後すぐに報告が始まり、10時48分から総合討論、11時45分に総統の総括、11時55分に記念品の贈呈と集合写真撮影、そして12時に終了となっていた。
このスケジュールの変更について、民衆党は「当初聞いていた内容とは違う」と認識しており、違和感を抱いている。
頼清徳氏は5月20日の就任後、野党指導者を総統府に招き、国家安全に関する情報を共有し、国是について議論する意向を示していた。このとき民衆党と黄国昌氏も、一定の関心を示していた。

民衆党主席の黄国昌(右)と秘書長の周榆修(左)が17日に記者会見を開き、総統府の国家安全保障に関するブリーフィングには参加できないと表明した。(写真/顏麟宇撮影)
スポークスパーソンの発言に違和感 民衆党が警戒を強めた理由
民衆党は事前のやり取りのなかで、総統府が何を意図しているのか見極めがつかず、民進党が政治的な罠を仕掛けている可能性もあると警戒していた。また、民進党の立法委員やスポークスパーソンが「黄国昌氏が国安情報のライブ配信を求めた」と発言したことに対して、黄氏は自身の発言が歪曲されたとして強い不満を抱いていた。ただし、国家の利益を優先すべきという考えから、批判されても総統府には出向くつもりでいたという。
民衆党がその後ライブ配信の是非について強く主張しなくなった一方で、問題とされたのは、秘密保持契約への署名を求められた点だった。民衆党関係者によれば、潘孟安秘書長とのやり取りでは秘密保持契約に関する言及は一切なく、そもそも機密情報の取扱いには慎重であるという認識があった。黄氏自身も国安情報については「守るべき情報は守る」と早い段階から明言していたため、民衆党としても契約自体に抵抗はなかったという。
それでも最終的に民衆党が出席を見送ったのは、16日午後に郭雅慧スポークスパーソンが発表したメディア向けの報道資料で、「18日の会議は終始非公開」とされたことが直接の理由だった。

郭雅慧総統府報道官が16日にニュースリリースを発表し、国家安全保障に関するブリーフィングがすべて非公開であることに、民衆党は大きな衝撃を受けた。(写真/柯承惠撮影)
説明の食い違いが生んだ疑念 民衆党は「共に議論」できないと判断
この報道を受け、民衆党内部では前主席・柯文哲氏の「怪しい」という評価が再浮上した。第一に、総統府が報道資料を先にメディアに発表し、民衆党には通知しなかった点に疑問を感じた。民衆党がその内容を知ったのはメディア報道を通じてであり、ようやく夜になって潘氏が周榆修秘書長に連絡を取ったものの、その説明内容はこれまでのやり取りと異なっていた。第二に、郭氏の「終始非公開」という発言は、民衆党にとって「国安簡報だけに限定され、国是の議論ができない」という意味に映った。これは、頼清徳氏が5月20日に語っていた「国是の共商」とは明らかに方向性が異なっていた。
党関係者によれば、民衆党は生活、経済、司法、社会安全網といった内政問題の議論に重きを置いており、これらの議題を総統と共有し、国民にもその内容を開示すべきだと考えていた。しかし「終始非公開」となったことで、そのような議論の場が設けられないと判断し、最終的に出席を断念した。
また、副秘書長の許甫氏は、「民衆党の関心は台湾国内にある。一方で民進党政府が話そうとしているのは中国についてだけだ」と述べ、議題の方向性にも疑問を呈した。
さらに党幹部は、総統府が4〜5通りもの異なる会議スケジュールを短期間に出してきたこと、潘氏が「30分は公開」と伝えていたにもかかわらず、郭氏が「終始非公開」と真逆の説明を報道陣にしたことなどを挙げ、「誰が本当の方針を伝えているのか分からない」と困惑を示している。

民衆党は、潘孟安総統府秘書長(写真)とのやり取りに当惑した。(顏麟宇撮影)
大リコールの影響と党内の反発 国民党は慎重姿勢に転じた
国民党は当初、会議への出席に前向きだった。朱立倫主席がこれまで幾度となく頼清徳氏との対話を希望していたためだ。しかし、秘書長の黄健庭氏が記者会見で明かしたところによると、総統府が9時から9時半の非機密部分を非公開とし、生活経済に関する議題が含まれず、討論時間も限られていることを理由に、最終的に出席を取りやめたという。
その一方で、現在進行中の「大罷免」運動との関係も大きい。頼氏がこの運動の中心人物・曹興誠氏と面会したことで、国民党内では朱氏の出席に反発する声が高まっていた。まるで内戦状態のような対立構図のなかで、和解に向けた動きは「優勢な側が仕掛けるもの」という歴史的な見方が、党内で広がっていた。
加えて、草の根支持者からも強い反発があった。朱氏が出席すれば「国民党を見限る」との声が寄せられ、オフィスには抗議の電話が相次いだ。党本部で電話対応をしていたボランティア女性は、「朱氏が出席しないと決めたことで、抗議の電話はさらに増えた。もし出席していたら大きな問題になっていた」と語った。

朱立倫国民党主席は当初、国家安全保障に関するブリーフィングに前向きな姿勢を示していたが、党内の圧力により最終的に出席を辞退した。(写真/顏麟宇撮影)
歩み寄りは持ち越し 次回の調整役は国民党に?
国民党は今回の件で、将来的な対話の余地を残している。黄氏や朱氏は、今後も潘氏と連絡を取り合い、朝野の対話チャンネルの確立を目指す意向を示した。特に、今回のような一方的な形式ではなく、三党が輪番で主催する国安簡報の仕組みを構築することにより、より安定的な協議の場を作るべきだと考えている。
今回の会議は「重大国安情勢簡報」と銘打たれていたものの、実質的な内容には乏しく、互いの不信感が露わになっただけに終わった。総統府、国民党、民衆党のいずれも表向きは対立の責任を認めていないが、歩み寄りの実現にはまだ時間がかかりそうだ