ロシアによるウクライナ侵攻や気候変動、そして世界人口の増加を背景に、近年は食料供給の不安定性が増している。とくに輸入に依存する日本では、「食料安全保障」への懸念が強まり、議論を呼んでいる。2024年7月以降、日本の米価格は高止まりしたままで、1年が経過した現在も状況は改善していない。米不足の背景には何があるのか。そして、台湾がどのように関わっているのか。
現在、日本は「平成の米騒動」以来となる30年ぶりの深刻な米不足に直面している。前回と同等の規模の混乱は、1918年の「大正の米騒動」以来だ。このなかで、石破茂内閣の農林水産大臣を務めていた江藤拓氏は、「私は米を買ったことがない」という発言が問題視され、辞任に至った。後任には、元首相・小泉純一郎氏の息子である小泉進次郎氏が任命されている。
時任の江藤拓農林水産大臣は、「コメを買ったことがない」との発言で辞任した。(AP通信)台湾米が日本の「米不足」を支える力に
こうした事態を受け、日本国内では台湾米が重要な役割を果たし始めている。台湾農業部によると、台湾米の対日輸出は年々拡大し、2025年には1万トンを突破する見込みだ。国内生産が追いつかないなかで、台湾米の高い品質が日本の消費者に評価されている。
2025年1〜5月の対日輸出量は、前年同期比で6倍に達し、今後も増加が見込まれている。農業部長の陳駿季氏は、食品産業全体の高度化を推進するなかで、ブランド力やマーケティング力を持つ農業団体との契約を強化するよう奨励している。
台湾のある輸出企業によれば、最近の展示会や商談を通じて日本の商社と接触を重ね、日本側の担当者が台湾を訪問。実際に米の品質を確認し、5月以降、台湾米は日本に向けて次々と出荷され、各地で販売が始まっている。米国産との競争もあるが、台湾米の品質が競争力を支えているという。
台湾の有名な「山水米」を生産する泉順食品企業股份有限公司は、『風傳媒』の取材に対し、「台湾米は日本人の味覚に合っており、多くの人が試食後すぐに受け入れてくれる」と語っている。主力の「蓬萊米」は日本の品種をもとに台湾で改良されたもので、DNAの95%以上が日本由来に相当する「台南16号」として栽培されていることも、日本市場で受け入れられやすい要因とされている。
農業部によると、台湾からの日本向けコメ輸出が倍増し、2025年には1万トンを超える見込みだ。写真は、農業部の陳駿季部長が湖口農会での日本向けコメ輸出記者会見に出席した時の様子。(写真/農業部ウェブサイトより)専門家は「減反政策」の影響を指摘
今回の米不足について、キヤノングローバル戦略研究所の研究主幹・山下一仁氏は、公益財団法人日本外国記者センター(FPCJ)を通じて見解を示している。
FPCJでは、山下一仁キヤノングローバル戦略研究所研究主幹を招き、「日本の食料安全保障」をテーマに講演会を開催した。トランプ関税の影響や国内のコメ価格高騰にも触れながら、日本の食料安全保障の現状と課題について話があった。2024年の米不足の根本要因については、「2023年産の米は本来2024年9月まで供給されるはずだったが、2023年8〜9月時点ですでに40万トンの不足が発生し、備蓄米が前倒しで使用された」と説明。しかし、農林水産省は備蓄米の放出には踏み切らず、米不足の存在も公に認めていない。
山下氏は、政府が2021年の米価急落を受けて生産縮小を進めた結果、60キロあたりの米価は2021年の1万2804円から、2023年には1万5306円まで上昇したと指摘。備蓄米を放出すれば価格が下がるため、政府は「米不足を認めたくない」のだと分析している。
專門家は、「減反政策」のような「構造的な供給抑制」が、日本の農業システムを脆弱にしていると指摘している。(写真/顔麟宇撮影)台湾にも危機が?専門家:日台協力は現実的な選択肢
農協(JA)は農家に対して高値での買い取りを提案し、供給量の調整によって価格を維持しようとしている。こうした動きについて、キヤノングローバル戦略研究所の研究主幹・山下一仁氏は、「本質的な問題は、現在も続いている減反政策にある」と指摘する。
山下氏によれば、日本国内の稲米生産の最大能力は1,000万トンとされる。仮に国内の年間消費量が700万トンだとすれば、残りの300万トンを輸出すれば、自給自足体制を維持したまま輸出も可能だったという。今回のように40万トンの不足が起きても、輸出量を調整すれば十分に対応できたと説明する。
「日本の農政の構造は、農協、農林水産省、自民党の農政族という「三つ巴」によって形成されている。減反政策はその既得権益の象徴とも言える」と、山下氏は述べた。
FPCJでは、山下一仁キヤノングローバル戦略研究所研究主幹を招き、「日本の食料安全保障」をテーマに講演会を開催した。トランプ関税の影響や国内のコメ価格高騰にも触れながら、日本の食料安全保障の現状と課題について話があった。『風傳媒』が今後の日台間の食料安全保障に関する協力の可能性を尋ねたところ、山下氏は「戦前、日本は台湾で稲の品種改良や農業インフラ整備を支援していた。このような協力関係は、これからも維持されるべきだ」と語った。
現在、日本・中国・韓国・ASEAN諸国が共同で進める「東アジア緊急米備蓄制度(APTERR)」が存在するが、中国の参加により、台湾はこの枠組みに加わることが難しい。山下氏はその代替として、「日台の二国間による独自の備蓄メカニズムを新たに構築するのは、十分に現実的な選択肢だ」と強調している。
專門家は、日本と台湾がAPTERR(緊急時コメ備蓄協A定)に似た二国間の備蓄メカニズムの構築を検討できると考えている。写真は、新しく農林水産大臣に就任した小泉進次郎氏。(AP通信)供給制限と出荷停止 深刻化する店頭の「米不足」
東京都内のある米販売店によると、2024年夏以降に供給が追いつかなくなり、2025年春からは新規会員の受付を停止したという。これまで「会員制」での販売を行っていたが、現在は既存の会員に限り、例えば1世帯あたり一定期間に3〜5袋までと購入量を制限して販売を続けている。その中でも、原宿の老舗米店「三代目小池精米店」の店主、小池理雄さんは、『風傳媒』の取材に対して現状の厳しさを語った。
同店は農家と契約しながら年間の供給計画を立て、約7割を農家から、残りを卸売業者から調達している。しかし、2024年夏以降は新米の生産量が減少。とくに9月〜10月には需要が急増し、当初計画していた年間供給量の多くをこの時点で使い果たしてしまった。
原宿の有名老舗店の店主は、現在のコメ不足の状況は想像以上に厳しいと話している。(写真/黄信維撮影)観光地・原宿唯一の米店が直面する現実
「三代目小池精米店」は昭和5年創業で、原宿・表参道エリアで唯一の米店として営業を続けている。近隣での買い占めや行列について問われると、小池さんは「原宿には住民が少なく、来店客の多くは観光客や外国人。家庭向けの需要への影響は比較的小さい」と説明する。
ただし、飲食店向けの供給については深刻だ。週に60キロを消費する店舗も多く、他の店で仕入れられなければ、この店に依存せざるを得ない状況にあるという。それでもすべての要望には応じきれない。
「6月はなんとか乗り切れそうですが、7月・8月の夏休み期間が一番つらい。8月末の新米が出るまで厳しい状態が続く」と、今後への不安を口にした。
『風傳媒』が店舗の供給戦略について質問すると、小池さんは「農家との契約分については一時的に出荷を止め、まずは卸業者からの仕入れに切り替える」と説明する。さらに「万が一、卸業者からも仕入れができなくなれば、そのときは農家の在庫を動かすしかない」とも語った。政府による備蓄米の利用については、「随意契約」と呼ばれる仕組みにより、必要に応じて申請を行っていると明言した。
「三代目小池精米店」は原宿・表参道エリアに位置しており、小売面での影響は比較的小さい。写真は日本の街角。(AP通信)備蓄米の用途拡大を要望
現在、都内の米店に対しては、東京都米商組合が管理する「江東米」と、千葉地区の「小泉米」という二つの供給源がある。ただし、原宿の老舗「三代目小池精米店」の店主・小池さんは、それぞれの供給に課題があると指摘する。
「江東米は配送に時間がかかるんです。東京都内には米店が600〜800軒もあるため、配達が一巡するまでに時間がかかってしまう。また、小泉米は個人向けには良いのですが、飲食店で使うにはさまざまな制約があり、正直、実用性はあまり高くないんです」と語った。小池さんは、「米は無料でなくてもいい。けれども、政府には用途の制限をもっと緩めてもらい、販売方法や販売先の判断は、実際の現場を知る専門家に任せてほしい」と訴える。
三代目小池精米店の最大の特徴は、農家との深いつながりにある。小池さんは「うちの米は、ほとんどが農家からの直接仕入れ。どの農家がどんな環境で育てているか、味や特長、どんな料理に向いているかまで把握しているので、詳しく説明できる」と胸を張る。
一般の顧客向けには、無農薬栽培のものや、品評会での受賞歴があるような高品質な米を多く扱っているという。「消費者にも、農家にも満足してもらえるよう努力している。それが私たちのポリシーです」と語った。なかでも現在のおすすめは、希少品種「いのちの壱」で作られた高級米ブランド『銀の朏(ぎんのみかづき)』だという。
小池精米店三代目の小池理雄店主が風伝媒の単独インタビューに応じた。(写真/黄信維撮影)「供給不足」が最大の試練、生産と販売のバランスを模索
現在、もっとも経営におけるプレッシャーとなっているのは「供給不足」だと小池さんは明かす。「以前は、どうすればもっと売れるか、どう価格を設定するかを考えていましたが、今はとにかく品物がない。宣伝しなくても売れてしまう」と語る。
しかし、その状況がずっと続くとは考えていない。「こうした高価格は一時的なものです。農家が生産を継続できて、私たち販売店も経営を続けられる価格帯で、バランスを取っていかないといけません」と冷静に見通した。
三代目として店を継いできた小池さんは、店の哲学と歴史にも思いを馳せる。「祖父の考え方は明確に聞いてはいませんが、父から受け継いだ信条ははっきりしています。嘘をつかず、品質を守り、お客様を大切にすること。原宿のように華やかな見た目に気を取られがちな街でも、私たちは地道に米を売り続けてきました」と語る。
「人目を引くクレープやおしゃれなバルが並ぶ街の中でも、変わらず米を売ってきたことが私たちの誇りです」と続けた。
最大の喜びは、昔からの常連客が今でも変わらず買い続けてくれることだという。「それが自分にとって何よりの評価ですし、農家にとっても私たちが訪ねることを喜んでくれます。お米が売れることは、彼らにとって一番の幸せ。その笑顔こそが、私のいちばんのモチベーションなんです」と語った。