JR東日本が主催する大型イノベーションイベント「GATEWAY Tech TAKANAWA 2025」が、5月13日から14日にかけて高輪ゲートウェイシティにて開催された。同イベントは、同地区の都市再開発プロジェクト始動後、初となる国際規模の交流プラットフォームであり、「地球共益の実現に向けた共創の祭典」を理念に掲げている。台湾の無任所大使であり、前デジタル発展部部長のオードリー・タン氏も招かれ、「地球共益の実現に向けたメッセージ」と題した基調講演を行った。《風傳媒(The Storm Media)》は会場にて、台湾メディアとして唯一、タン氏へのインタビューを実施した。
タン氏は「フェイクニュースはもはや“偽の内容”そのものに頼らず、大量の“見分けがつかない”AI生成アカウントによる世論誘導の形をとっている。ゆえに民主国家は、レジリエント(強靭)なネット空間を共に創り上げるべきだ」と強調した。
開会の挨拶では、JR東日本常務取締役・マーケティング本部長の中川晴美氏が「高輪ゲートウェイシティは、100年後の心豊かな暮らしを見据えて設計された実験場であり、未来のライフスタイルを検証・修正・革新し続ける開かれたプラットフォームとなる」と述べた。今回の「GATEWAY Tech TAKANAWA 2025」は、その理念の起点となるものであり、スタートアップピッチ、共益ファンド「高輪地球共益基金」、商業イノベーション拠点「LiSH」の三つの柱を通じて、広域的な起業エコシステムの構築を目指している。中川氏は「初日の基調講演で、タン氏がどのようにテクノロジーを通じて社会をつなぎ、グローバルな共創目標を語るのか、非常に楽しみだ」と期待を寄せた。
イベントには、産官学のリーダーやスタートアップ企業が多数参加し、スマートシティ、技術革新、サステナビリティの交差点について議論が交わされた。2日間で延べ3,000人以上の来場が見込まれている。
初日の午前、タン氏は「地球共益の実現に向けたメッセージ(地球益の実現に向けたメッセージ)」と題して基調講演を行った。講演では、台湾の過去10年間にわたるデジタル民主主義の試みを軸に、2014年の社会的信頼の低下とひまわり運動(太陽花運動)から話を始め、AI時代において「技術を通じた対話とコンセンサス形成の在り方」を語り、生成系AIがもたらす挑戦と可能性に対し、民主主義国家が制度的な革新によって応えるべきだと呼びかけた。
これに対し、タン氏は「演説でも述べた通り、欧米の民主国家ではAIが民主制度に与える影響について悲観的な見方が広がっている」と述べ、米国のピュー・リサーチ・センターが先月発表した調査を引用。「米国ではわずか9%の回答者しかAIが民主主義に好影響をもたらすと考えていない。これは、私たちが構造的な課題に直面していることを示している。AIが容易に世論を生成し、対立を深め、偽情報を拡散できる時代に、民主制度は果たして解決策と統合力を持ち続けられるのかが問われている」と語った。
さらに彼女は、「もし民主制度が有効な対策を打てなければ、権威主義体制がその効率性を主張し、情報統制やトップダウンの意思決定を正当化する材料にされかねない。『一人の判断で全てが決まるなら、記者もニュースも討論も不要になり、すべてが宣伝だけで済んでしまう』のです」と警鐘を鳴らした。
スウェーデンのV-Dem研究所によると、台湾は過去12年間で世界最多レベルの外国勢力による情報干渉を受けた民主国家の一つである。これに対し台湾は、「民主主義の制限」ではなく「民主主義の深化」で応じたとタン氏は語った。
たとえば台湾では、18歳未満の若者が選挙権を持たない一方で、学校自治や公共政策の議題設定を通じて、早い段階から公共参加と民主的素養を培っている。「日本では未成年が選挙運動に参加すること自体が法的に禁止されているが、台湾では違法ではありません。そこに大きな違いがある」と述べた。
また、「選挙支援活動には参加できなくても、テーマに対する提言活動を通じて社会的議論を広げることは可能です」とし、台湾の若年層によるデジタル民主主義の実践は、日本をはじめとする国々にとっても参考になるはずだと語った。
最近では、日本の主要政党内部でも講演を行っており、東京都知事の小池百合子氏を含む多くの政治家が台湾のGovTech(政府技術)に注目し、すでに東京で同様の制度を導入している。また、アメリカ・ケンタッキー州のボーリンググリーンやカリフォルニア州のEngage Californiaでも、同様のデジタル民主モデルが採用されており、その国際的な再現可能性を示している。
風傳媒の記者の質問に答える中で、オードリー・タン氏は、台湾が新型コロナウイルスのパンデミック時に見せた対応は、単なる公衆衛生上の成功にとどまらず、世界の民主主義国家にとっても重要な示唆を与えたと述べた。「当時、封鎖や言論統制など、権威主義的な手法なしには感染拡大を防げないという主張に、私たちは有効な反証を示しました」とし、台湾の経験は、専制的な手段に頼らずとも感染を抑制でき、「むしろ権威主義体制より優れた成果を上げた」と強調した。
さらにタン氏は、「台湾が存在しているという事実そのものが、強力な反証になっている」と述べ、日本を含む多くの民主国家が台湾の経験を参考にしてデジタル転換や制度改革を進めていることに言及。「日本ではデジタル庁が設立され、パンデミック時の台湾のデジタル対応を重要な参考事例として位置づけています」と語った。これらの経験は政府の統治能力を高めるだけでなく、「自由、人権、プライバシーなどの価値を手放すことなく、大規模な災害に対応し、社会全体のレジリエンスを構築することが可能である」ことを民主国家に示したと指摘した。
風傳媒から過去8年間、台湾がフェイクニュースや国外からの情報操作にどう対応してきたかについて問われた際、タン氏は「今日の情報操作はもはや“偽の内容”ではなく、大量のAI生成による“本物のように見える”アカウントによる世論誘導が主流となっている」と指摘した。「これらのアカウントは一見すると普通で、日常的な投稿ややり取りをしており、操作目的だとは気づかれにくいのです」と説明した。
このようなAIによる“分身アカウント”の拡散によって、従来のフェイクニュースの定義や防止策は徐々に通用しなくなっているという。
タン氏は、退任前に進めていた詐欺対策および情報透明化に関する法律として、《電子署名法》の改正や《詐欺防止法案》などがすでに施行されていると述べた。新たな規定では「広告の実名制」が導入され、オンライン広告アカウントにはデジタル署名と身元確認が義務づけられ、「誰でも何千ものアカウントを作って世論を混乱させることは許されなくなる」とした。
また、台湾が推進している「デジタルIDウォレット」制度は、EUや米国カリフォルニア州と互換性があり、日本のデジタル庁からも注目されているという。
この制度は、個人のプライバシーを守りながらも、ユーザーが自身の属性(年齢や地域など)を証明できる仕組みであり、本名や完全な個人情報を明かす必要はない。「この制度の核心は、AIによる大量な偽ユーザー生成を防ぐことにあります。たとえそのアカウントが嘘をついていなくても、集団としては極めて強力な世論操作効果を持つのです」と強調した。
これはもはや「フェイクニュース」の問題を超えたものであり、全ての民主国家が直面する共通の新たな課題であるとし、協力して対応する必要性を訴えた。タン氏は、「デジタルIDウォレット」はその一環にすぎず、《電子署名法》や《詐欺防止法案》などと併せて、より防御力の高いオンライン公共空間の構築を目指す制度設計だと語った。
さらに、タン氏は12日、自民党および立憲民主党が開催した政党セミナーにも出席した。彼女は、「現在、民主国家は『分断と憎しみがウイルスのように広がる』という危機に直面している」とし、「日本や台湾のように、まだ劣化していない地域において有効な制度を築くことが、民主主義の“予防と治療”に繋がる」と述べた。
自民党の小泉進次郎議員が主導するPMT研究会では、「生成AIがいかに政策決定を促進するか」をテーマに講演を行い、小泉氏は「オードリー・タン氏の話から、日本が民主制度の先進モデルになれる可能性の示唆を得た」と語った。
その後、タン氏は立憲民主党幹事長の小川淳也氏との対談にも参加。小川氏は「民主主義は単一性ではなく多様性の上に築かれるべき」と述べ、タン氏と共にその価値を推進していくことに期待を寄せた。