ドイツ経済紙『ハンデルスブラット(Handelsblatt)』は12日、ドイツの元駐米大使ペーター・ヴィッティヒ(Peter Wittig)氏による寄稿を掲載した。同氏は、ドナルド・トランプ大統領が極端な経済ナショナリズムによって、国際貿易秩序を根本から覆そうとしていると警鐘を鳴らしている。再登板を果たしたトランプ氏の関税政策は、世界経済と金融市場に大打撃を与えただけでなく、本来は堅調だった米国経済にも大きな混乱をもたらしている。急激な政策転換と不確実性により、米国の脆弱性とリスクは露呈し、国際社会における信頼と影響力も大きく損なわれた。短期間での回復は難しいとの見方が強い。
トランプ政権第1期中に駐米大使を務め、現在はベルリンのESMT経営大学院で教鞭を執るヴィッティヒ氏は、「解放日(Liberation Day)」の直後、市場が激しく動揺したことで、トランプ氏が関税の追加措置を急遽停止し、数十カ国との「互恵的なディール(取引)」を模索し始めたと指摘。その一方で、中国に対しては145%の高関税を課し、世論の支持が高い対中強硬路線を前面に押し出している。
しかし、専門家は中国が毅然とした態度を示していると指摘する。中国は米国との「デカップリング(分断)」に備えて準備を整えており、国民の経済的困難に対する耐性や覚悟も米国以上だという。さらに、米国が必要とする重要原材料を中国が握っていることから、ワシントンは交渉の場で劣勢に立たされ、最終的に譲歩を強いられる可能性がある。
トランプ氏が損ねたのは、貿易ルールや国際的信頼にとどまらない。対外投資家の米国への信認も大きく傷つけた。米国債とドルの魅力がともに低下し、市場では「アメリカ=安全な避難所」という神話にも疑問符がついた。トランプ氏は連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長に圧力をかけ続けており、市場の懸念をさらに煽っている。パウエル氏の任期は2026年5月に満了する予定で、後任にはトランプ氏の側近が就任するとの観測が強まり、金融市場に警戒感が広がっている。
また、大規模な財政赤字と大胆な減税政策により、米国の財政は一層不安定となっている。専門家は、関税で減収を補うという考えは非現実的であり、米国の財政力は過去に例を見ないほど低下していると警告している。
これまで、米国は「安全で安定した投資先」として世界経済を牽引してきたが、司法の独立性が揺らぎ、その信頼にも陰りが見え始めた。トランプ氏による裁判所、法律事務所、そしてメディアに対する露骨な攻撃は、権威主義的国家に近づく兆候として受け止められている。大学や研究機関への介入も顕著で、医療や気候科学といった専門分野に対しては、イデオロギー的な敵意すらあらわにしている。
トランプ氏は「パックス・アメリカーナ(米国主導の世界秩序)」を弱体化させただけでなく、WTOやIMF、世界銀行といった国際機関への関心も薄く、気候変動や環境問題の解決にも背を向けている。こうした姿勢が、同盟諸国の間で米国のリーダーシップに対する懐疑を広げている。米国の国際的関与が縮小し、「ソフトパワー」が急速に衰退するなか、中国の国際的影響力は相対的に増大しており、特に「グローバル・サウス(南半球諸国)」では、すでに130カ国以上が中国との貿易額で米国を上回っている。
ヴィッティヒ氏は、「経済・軍事の両面で最強の地位にある米国が、一人の強大な権限を持つ大統領のもとで、その国際的影響力を急速に弱めている」と警告する。今後の展開には依然として不確実性がつきまとうが、仮にトランプ氏が退任しても、米国との関係においては高いリスクと予測不可能性がしばらく続く可能性がある。
とりわけ中国が貿易戦争において「目には目を」という姿勢を鮮明にしており、経済的威圧に屈しない時代が到来した。トランプ氏が仮に関税政策を引っ込めたとしても、「中国を封じ込めるのか、それとも共存するのか」という戦略的曖昧さは依然として続いており、国際秩序にとって大きな不安定要因となっている。 (関連記事: 米中「関税戦争」一時休戦 90日間の交渉へ 中国商務省「対話と協力の基盤が築かれた」 | 関連記事をもっと読む )
編集:梅木奈実
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