民進党の立法委員である郭昱晴氏は、路上で一般人を公然と批判したとして注目を集めた。6月22日、郭氏がSNSに投稿した内容が発端だった。彼女は「不自然なライブ配信」をしている男性が公園にいたと指摘し、近くにいた子どもの撮影を懸念して「子どもの顔を撮らないでください」と注意したという。
しかし、当該の男性は「自撮りをしていただけだ」と反論し、郭氏の行動は「公衆の面前で一般人を批判した」と非難された。郭氏はすぐに投稿を削除し謝罪。不快にさせる意図は一切なかったとし、「子どもの安全に対する注意喚起は魔女狩りとは違う」と強調した。
騒動はその後、夫にまで波及した。国民党桃園市議の凌濤氏は、中国の工商登記資料をもとに、郭氏の夫・林宣廷氏が「研鷺懿生物科技(厦門)有限公司」の取締役であると指摘。2018年に福建省で設立されたこの企業をめぐり、彼が「紅いお金(中国資本)」を稼いでいるのではと疑念が広がった。

郭昱晴氏は国会事務所の扉に「共匪不滅、誓不罷休(共産党が滅びるまで、決して諦めない)」と書かれた横断幕を掲げ、いわゆる「紅いお金」問題に反論した。(写真/劉偉宏撮影)
夫の経歴にまで飛び火 在野からの疑念と追及
民進党主席の頼清徳氏に対しては「全党で紅い資金提供者をかばうのか」との批判も上がった。また、国民党側は郭氏の過去の微博(ウェイボー)投稿にも注目。2014年に無錫市で発生した乳児虐待事件に関連し、「第一手の情報を提供した」と感謝されていたことを挙げ、「当時から中国に浸透していたのではないか」との疑問も呈した。
これに対して郭氏は、微博は7~8年使用しておらず、ログイン方法すら忘れたと説明。アカウントはテレビショッピング番組のマネージャーの依頼で開設したものだったという。また、夫の林氏は既に4年前に該当企業を退任しており、出資も投資もしていないと釈明。取締役として名を連ねたのは、現地の法定要件を満たすためだったと説明した。
郭氏は、今回の一連の追及を「政治的人間狩り」と批判し、冷静な判断を求めた。林氏も声明を発表し、すべて事実無根の中傷だと強く反論。「名誉を守るため、必要であれば法的措置を取る」と述べた。

国民党桃園市議の凌濤氏(写真)らは郭昱晴氏を攻撃し、彼女が中国を何度も「内地」と呼んだことを指摘した。(写真/柯承恵撮影)
同じ「紅いお金」疑惑でも対応に差──沈伯洋氏を擁護、郭昱晴氏には沈黙
しかし注目すべきは、同じく頼清徳氏が推薦した比例区の立法委員候補であるにもかかわらず、郭氏の「紅いお金」疑惑に対し、民進党内からほとんど擁護の声が上がっていない点が注目されている。党の立法院会派幹部である幹事長の呉思瑤氏や書記長の陳培瑜氏は、郭氏のSNS投稿に関する騒動には言及しつつも、夫の中国関連ビジネスについては公に支持を表明していない。
一方、同じく民進党の立法委員である沈伯洋氏については、香港メディアによって父・沈土城氏の会社が中国本土との間で多数の取引(取引額は1億元人民幣=約22億円)を行っていたと報じられたが、党内の対応はまったく異なっていた。民進党会派は大規模な記者会見を開き、今回の報道を「国共紅メディアによる認識工作の一環」と断じたうえで、「これは政権への攻撃であり、沈伯洋氏は最初のターゲットに過ぎない」と強く反発。今後は台湾の企業家やリコール団体なども標的となり得ると警鐘を鳴らした。

民進党の沈伯洋立法委員も親族が「紅いお金」を稼いでいるという疑惑が浮上したが、党内は彼を強く支持している。(写真/柯承恵撮影)
頼清徳氏、沈伯洋氏に全面的な支援──郭昱晴氏の扱いとの落
頼清徳氏自身も中常会で沈伯洋氏への支持を表明し、中国当局が「メディアを通じた認識操作」を仕掛けていると警告。台湾国内の一部メディアと連携して中傷の物語を構築し、さらに中国国務院台湾事務弁公室が沈氏の家族に対する制裁を発表した経緯に言及した。頼氏は「沈伯洋氏のような人材が標的となるのは許されない」と述べ、野党が「紅いお金」のレッテルを貼るやり方は極めて狡猾だと批判した。
同様に「紅いお金」問題に直面しながらも、郭昱晴氏と沈伯洋氏の間で党の対応に明確な差があった理由について、党内では「郭氏は自ら問題を招いた」との見方が広がっている。仮にSNSでの「魔女狩り」とされる投稿が波紋を呼ばなければ、在野党も彼女に強く注目することはなかった可能性がある。だが、ひとたび注目を浴びれば、過去の投稿や夫の経歴が弱点として浮上し、支持者も攻撃の標的になり得る。
対照的に、沈伯洋氏の場合は中国メディアによって先に報じられたことで、「認識戦」というフレームで党内の結束を促す構図ができた。さらに、沈氏は頼清徳氏が重用する人材であり、「弟子」ともいえる存在が標的にされることを許すわけにはいかないという政治的背景も見逃せない。

沈伯洋氏は民進党の全面的な支持を受け、頼清徳総統(写真)も中央常務委員会で自ら彼を擁護した。(写真/民進党提供)
頼清徳氏や卓榮泰氏からの接触 最初は詐欺だと思った
郭氏は芸能界出身で、2000年に台湾の人気ドラマ『麻辣鮮師』で厳格な教師・萬人美を演じ、「萬老師」の愛称で広く知られるようになった。私生活では社会や政治に対する意見を率直に発信し、台湾寄りの姿勢を明確にしてきた。2018年には高雄市長選で韓國瑜氏を批判し、熱狂的な支持者から激しい攻撃を受けたほか、2020年には陳其邁氏を、2021年には罷免対象となった陳柏惟氏を支持。芸能人の政治的発言が批判された際にも、「誰が芸能人に発言を禁じるのか」と毅然と反論していた。
そんな郭氏が民進党の比例代表候補に加わったのは、頼清徳氏が彼女の言論を民主主義擁護の声として評価し、子どもや文化に関する長年の取り組みと知名度が政策発信に生かせると判断したからだとされる。民進党の現行政院長・卓榮泰氏が中心となり、候補者としての打診を行った。当時、党中央は郭氏の連絡先を把握しておらず、Facebookのメッセージ機能を通じて連絡を試みた。郭氏は最初こそ詐欺だと思ったが、後に卓氏の携帯番号を受け取り、電話で直接会話することで事実であることを確認した。

郭昱晴氏(左)は民進党と特に縁があったわけではないが、頼清徳総統(中央)が民進党中央と卓榮泰氏に直接依頼したことで立法委員候補者となった。(写真/頼清徳選挙事務所提供)
「萬老師」、政治の荒波に直面 白兎が選んだ国会の道
郭氏は卓氏との通話を経て直接面会し、候補者としての意義や期待を共有された。卓氏は彼女の民主主義への信念と芸能人としての発信力を評価し、議会で台湾の価値を守る役割を果たせると語ったという。また、政治的に大きな論争を抱えていないことも、適任と判断した理由だった。しかし、郭氏は「自分は真っ白なウサギ。本当に議員の責務を果たせるのか」と不安を吐露し、すぐには承諾しなかった。それでも卓氏の度重なる説得に応じ、正式に出馬を決意した。
だが現在、郭氏は「一般人への批判騒動」や夫にまつわる「紅いお金」の問題で、かつてない逆風にさらされている。芸能人時代には率直な言動が支持されていたが、政界という舞台ではその言葉が攻撃材料になることもある。国会という現実の中で、「萬老師」として得た教訓を糧に、政治の試練を乗り越えられるかが注目されている。