強硬な外交スタンスで知られ、台湾にも友好的な立場を取ってきたトランプ前政権の国家安全保障担当大統領補佐官(国家安全保障顧問)ジョン・R・ボルトン氏が、国家機密情報の不適切な取り扱いにより、米メリーランド州の連邦大陪審により16日付で18件の罪に問われた。ホワイトハウスの中枢を担った元高官が、今や最長10年の懲役刑に直面している。このニュースは『ニューヨーク・タイムズ』や『ワシントン・ポスト』など主要メディアのトップニュースとして報じられた。
「日記ゲート」の内幕 個人メールと暗号通信で家族に機密情報を送信
26ページに及ぶ起訴状によると、ボルトン氏は2018年から2019年にかけて国家安全保障顧問を務めていた当時、AOLやGoogleの個人メールアカウント、さらには暗号化通信アプリを使用し、安全保障上の認可を持たない家族2人に対し、ホワイトハウスでの日常を克明に記した「日記」1,000ページ以上を送信していたという。その日記には、単なる業務記録を超え、「トップシークレット(最高機密)」に分類される国防関連の情報が含まれていた。
この件が報じられた後、ボルトン氏の元上司であるドナルド・トランプ大統領はホワイトハウスで記者団に対し、「彼は悪い奴だ(He’s a bad guy)。それだけだ」と冷ややかに言い放った。
暗号通信アプリに残された「スパイ映画のような会話」
起訴状の中で最も注目を集めたのは、ボルトン氏と家族の間で交わされた暗号通信アプリ上の会話だ。検察によると、ボルトン氏がホワイトハウス入りした翌日の2018年4月から、3人は暗号化されたメッセージアプリを使用し始めた。家族の一人が「なぜ今これを使うの?暗号化だから?」と尋ねると、もう一人が「そうだ」と答え、ボルトン氏は「将来の日記のためだ!!!!(For Diary in the future!!!!)」と興奮気味に送信していたという。
この多重の感嘆符だらけのメッセージは、後のトラブルを暗示していた。その後、ボルトン氏は20〜50ページに及ぶ複数の文書を家族に送信。国家安全保障顧問としての体験をまとめた24ページの文書を送った際には、「これらのことは何も話してないよ!!!(None of which we talked about!!!)」とメッセージを添え、受信者の家族は「シーッ(Shhhhh)」と返信したという。
イランのハッカーが挑発「共和党版ヒラリー・メール事件だ」
起訴状はさらに、ボルトン氏が日記を送信するために使用していた個人メールアカウントが、イラン政府系のハッカーに侵入されていた事実も明らかにした。ハッカーは2021年7月25日にボルトン氏宛てに挑発的なメールを送り付けたという。
「FBIに知られたくない内容が君のメールにあるんじゃないか(添付参照)。これはヒラリー・クリントンのメール事件以来の大スキャンダルになるかもしれない。ただし今回は共和党側の番だ!」
このメールが公になり、ボルトン氏は深刻な窮地に追い込まれた。皮肉なことに、ボルトン氏の代理人は2021年7月の段階でハッキング被害を米政府に報告していたものの、そのアカウント内に国家防衛関連の機密情報が含まれていた事実は伏せていたとされる。そこには、国家安全保障顧問在任中にやり取りした多数の機密文書が保存されていたという。
ボルトン氏に「ブーメランの瞬間」
アメリカ政治に詳しい観察者の間では、ジョン・ボルトン氏の現在の境遇は、まさに教科書的な「ブーメラン事件」と評されている。検察は起訴状の中で、ボルトン氏が過去に他人の機密情報の扱いを強く批判していた発言を引用し、今回の行為が「故意に行われたもの」であることを裏付ける証拠として提示した。
ボルトン氏はかつて、ヒラリー・クリントン氏が国務長官時代に私用メールサーバーで公務を処理していた問題を強く非難し、「もし自分が同じことをしていたら、今ごろ刑務所にいる」と公言していた。皮肉にも、その言葉が現実味を帯びる形となった。さらに2025年4月には、トランプ政権の当時、政府関係者が商用暗号通信アプリ「Signal」を使い、イエメンでの軍事行動に関する議論を行っていたことが発覚した際、ボルトン氏は「こんなことをする人間がいるなんて、言葉を失うほどだ。暗号化をうたっていても、商用通信手段を使ってこの種の話をするなど絶対にありえない」と専門家の立場から批判していた。
その中には、2016年の大統領選で民主党候補だったヒラリー・クリントン氏が、私用メールサーバーを通じて公務関連の通信を行っていた問題に対する厳しい非難も含まれている。当時、ボルトン氏は「もし私が彼女と同じことをしたなら、今ごろ刑務所に入っているだろう」と公言していた。今となっては、その言葉が皮肉にも現実となりつつあり、アメリカ国内では「まさに自業自得」との声も上がっている。
過去の発言が“証拠”に 暗号通信批判が自らの首を絞める
ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストによると、ジョン・ボルトン氏はこの1カ月間でトランプ氏の“天敵”として起訴された3人目の人物となった。前2人は連邦捜査局(FBI)の元長官ジェームズ・コミー氏とニューヨーク州司法省のトップであるレティシア・ジェームズ氏である。こうした構図から、この事件はトランプ氏による政敵への「報復劇」にも見える。だが実際には、ボルトン氏に対する捜査はジョー・バイデン政権下ですでに始まっており、米情報機関が「不穏」と形容する証拠を入手していたとされる。
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さらに、今年(2025年)4月、トランプ政権の元高官らが商業用暗号通信アプリ「Signal」を使ってイエメンでの軍事攻撃計画を議論していたことが発覚した際、ボルトン氏は専門家としてメディアに登場し、「こうした行為をする人がいるとは信じられない。暗号化を謳う商業アプリであっても、軍事作戦の議論に使用してはならない」と強く批判していた。その発言は当時「安全保障のプロとして当然」と評価されたが、今では自らの行動と矛盾する「不都合な証拠」として検察の手に渡っている。
こうした発言の数々は、検察側が「ボルトン氏が自らの行為の違法性を十分理解していた」と立証するための材料として活用されている。
弁護側「すでに調査・解決済み」 トランプ氏による報復との主張も
一方、ボルトン氏の弁護人アベ・ロウエル弁護士は声明を発表し、「本件の核心的事実は数年前にすでに調査され、解決済みである」と主張。ボルトン氏が「多くの公職者と同様に日記を保存していただけで、それは犯罪ではない」と強調した。また「日記は非機密であり、共有したのは家族のみ。FBIも2021年の段階ですでに承知していた」と説明している。
ボルトン氏本人も声明を出し、今回の起訴を「トランプ氏による報復的な政治攻撃」と断じた。「この起訴は私個人や私の日記に向けられたものではなく、トランプが反対者を威嚇するための行動の一環だ」と述べ、「私は法の下で正当な行為をしたことを明らかにし、彼の権力乱用を暴くつもりだ」と語った。
トランプ氏による「政敵粛清」か それとも正常な司法手続きか
『ニューヨーク・タイムズ』や『ワシントン・ポスト』など複数の主要紙は、ボルトン氏がここ1か月で連邦起訴されたトランプ氏の“宿敵”3人目であると指摘する。
先に起訴されたのは、FBI前長官ジェームズ・コミー氏と、ニューヨーク州司法長官レティシア・ジェームズ氏。このため、ボルトン氏の起訴は「トランプ氏による政敵への報復劇」とも受け止められている。
しかし、捜査自体はバイデン政権下ですでに開始されており、情報機関は当時から「懸念すべき証拠」を入手していたとされる。起訴状に署名したのは、トランプ政権の関係者ではなく、メリーランド州連邦検察官ケリー・O・ヘイズ氏であり、彼女は公正なキャリア検察官として知られている。この点から、今回の起訴が司法省の通常のプロセスに沿って進められた可能性が高いとみられている。
“トランプ批判の書”『The Room Where It Happened』との因縁
両者の確執の起点は、ボルトン氏が2020年に出版した回顧録『ジョン・ボルトン回顧録 トランプ大統領との453日(The Room Where It Happened: A White House Memoir)』にさかのぼる。この書は、トランプ氏を「奇矯で無知な指導者」と痛烈に描写し、「台湾はペンの先、中国は大統領の机」と表現した比喩が話題を呼んだ。ホワイトハウスは出版を阻止しようと法的手段に出たが失敗。司法省も当時、機密情報の漏洩疑惑で刑事捜査を開始していた。
裁判所は当時、「ボルトン氏が機密を含む内容を出版した可能性がある」と指摘したが、刑事捜査は2021年に終了。ただし、その和解条件として、ボルトン氏は「機密情報を含む可能性のある資料をすべて返還する」ことを義務付けられていた。
FBIが「日記」を押収 新たな機密流出疑惑へ
しかし今回の起訴状によると、今年8月にFBIがボルトン氏のメリーランド州の自宅を捜索した際、日記の内容が印字された紙媒体を押収。そこには機密情報が含まれていたとされる。これは、ボルトン氏が当時の和解条件を履行していなかった可能性を示唆している。
起訴状によれば、漏洩が疑われる情報には「敵対国の将来のミサイル発射計画」や「海外での極秘作戦」などが含まれていたが、これらはいずれも出版された回顧録には登場していない。このことから、ボルトン氏が執筆時には情報を一部抑えながらも、家族との私的なやり取りの中で、より機微な情報を共有していた可能性が高いとみられている。
政治的報復か、それとも法の裁きか 17日に初出廷
ボルトン氏は17日に出頭し、初めての法廷審問に臨む予定だ。政敵との確執と機密流出疑惑が絡み合うこの裁判は、政治と司法のせめぎ合いを象徴する「ワシントン劇場」として、今後の展開に注目が集まっている。