京都で「スタートアップビザ(Startup Visa)」を取得した英国出身のGuardian社CEO、Caitlin Puzzar氏は、『風伝媒』の単独インタビューに応じ、「子どもたちが安全な環境で成長できるよう支援することを目的に、児童SOSコミュニケーション支援システム『君の味方』を開発しました」と語っています。本システムは2020年に開発を開始し、2021年に最初のプロトタイプが完成しました。子どもたちがいつでも助けを求められる機会を提供し、支援が受けられないことによる悲劇を防ぐことを目指しています。このシステムの開発には、Puzzar氏の家族背景や出身、これまでの経験が大きく影響しています。
Puzzar氏は英国の警察官の家族に生まれ、幼い頃から地域を守る使命を持って育ちました。2016年には、日本の文部科学省と外務省が運営するJETプログラムを通じて来日し、熊本市の小学校、中学校、幼稚園で英語教師として6年間勤務しました。教育現場で、子どもたちからの温かい言葉や支援を受けたことがきっかけとなり、日本の子どもたちへ恩返しをしたいという想いを抱き、『君の味方』システムを開発することとなりました。近年、日本の学校におけるいじめ件数は68万件を超え、不登校児童は30万人以上、子どもの自殺率は過去最高を記録しています。こうした問題の根本には、子どもたちが適切な支援を求める手段を持っていないことがあるとPuzzar氏は指摘します。
この課題を解決するために、Puzzar氏は英国のDSL(Designated Safeguarding Lead)システムを参考に、日本の学校文化に適応した相談支援プラットフォームを開発しました。子どもたちはタブレットやPCを通じてアンケートに回答したり、SOS信号を送ることができます。本システムは「アンケートシステム」と「SOS支援システム」の2つの機能を持ちます。アンケートシステムでは、日常的な調査を通じて潜在的な問題を発見し、子どもたちが自分の権利を学べるよう設計されています。例えば、「この行為はいじめに当たるのか?」「これは犯罪なのか?」といった質問を通じて、子どもたちが自分自身を守る力を養い、時には他者を助ける手助けができるようになることを目指しています。
(関連記事:
「日本で働いてわかったこと」ー台湾出身アリサさんが語る、東京で見つけた自分らしさ
|
関連記事をもっと読む
)
SOS支援システムでは、子どもたちが発信したSOSメッセージが学校の味方チームに直接送信されます。味方チームには、校長、副校長、養護教諭などが含まれますが、子ども自身が学校外の相談センターを選択することも可能だといいます。Puzzar氏は、多くの子どもたちは助けを求めたい気持ちがあっても、誰に相談すればよいのかわからないことが課題だと指摘します。そのため、子どもたちが自分で相談相手を選べることが、このシステムの重要なポイントであり、単なる緊急支援のツールではなく、SDGs(持続可能な開発目標)や国際基準にも準拠した仕組みとなっています。彼女は「テクノロジーの力を活用し、日本の子どもたちにより安心できる環境を提供し、一人ひとりの声が確実に届くようにしたいです」と語り、すべての子どもが健全で安全な環境のもとで成長できることを願っています。
現在、「君の味方」システムは熊本市の8校で導入されており、小学校5校、中学校1校、高校1校を含み、約4000人の生徒が登録しています。Puzzar氏は、このシステムを関西地域のより多くの学校に広げ、さらなる支援を提供したいと考えています。京都ではまだ導入校はありませんが、今年開始した「君の味方相談センター」を通じてシステムの普及を進め、地方自治体や教育機関と連携し、子どもたちがより簡単に支援を受けられる環境を整えていく計画です。そのため、「君の味方」を学生と支援機関をつなぐ架け橋とし、リアルタイムのチャット機能を活用して学校のカウンセラーや自治体のソーシャルワーカーが直接生徒と対話できる仕組みを構築しています。
Puzzar氏は、日本での勤務がまもなく9年を迎えることに触れ、日本社会が子どもの福祉を重視する姿勢に深い敬意を抱いていると語ります。しかし、彼女は「子どもたちに安心して相談できる環境を提供することは、保護者だけでなく社会全体の責任です」と強調します。そのため、「君の味方」システムと「君の味方相談センター」を通じて、より包括的な子どものメンタルサポート体制を構築し、自治体、学校、企業、地域社会が協力して子どもたちにとってより相談しやすい環境を作ることを目指しています。しかし、このようなサービスを推進する上での課題として、地方自治体の行政手続きの複雑さや人事異動の頻繁さが障壁となり、円滑な導入が難しい点も指摘しています。
最後に、Puzzar氏は「君の味方」の核心的な理念として、時間や場所に縛られず、必要な時にいつでも支援を受けられる相談プラットフォームを構築することを掲げました。現在も多くの課題が残りますが、彼女は引き続きこのビジョンの実現に向けて尽力し、子どもたちの権利がより一層守られる社会を目指していく考えです。
Puzzar氏、「君の味方」は子どもファーストの理念を徹底
Puzzar氏は、「君の味方」システムの核心的な理念について、「子どもファースト(児童優先)」を掲げ、子どもたちの権利と情報の保護を最優先に考えていると説明します。例えば、生徒がシステムを通じて悩みを相談した際、その内容は生徒が選択した先生のみに届き、全ての教職員がアクセスできるわけではありません。これにより、生徒のプライバシーと安全性がより確保されます。また、本システムでは「インフォームド・コンセント(知情同意)」を徹底しており、一般的なアプリのように初回ログイン時に一度だけ「同意」ボタンを押すのではなく、SOSメッセージを送信するたびに、改めて誰に送るのかを生徒自身が選択できる仕組みになっています。
(関連記事:
「日本で働いてわかったこと」ー台湾出身アリサさんが語る、東京で見つけた自分らしさ
|
関連記事をもっと読む
)
例えば、生徒は「今回は学校の支援チームにのみ送信」「今回は外部の相談機関に連絡」など、毎回送信時に再確認し、自主的に決定することが可能です。Puzzar氏は、日本のスクールカウンセラーや自治体の相談員の人手不足が深刻であると指摘し、これを補うために「味方相談センター」の設立を計画しています。このセンターを通じて、生徒は匿名で臨床心理士と相談し、個別のアドバイスを受けることができます。また、企業としても「君の味方支援コミュニティネットワーク」を構築し、各地域の団体と連携しながら、児童支援の取り組みを広げていく方針です。
現在、「味方相談センター」は2025年1月27日から試験運用を開始しており、試験期間は3月末までとなっています。「君の味方」システムには三つの主要原則があります。まず、安全で透明性の高い相談環境の提供です。生徒がSOSメッセージを送信する際、どの支援者がその内容を見るのかが明確に表示されるため、安心して相談できる環境が整っています。さらに、学校側には「味方チーム」の設置を促し、校長、副校長、養護教諭などが参加することで、生徒に「学校がしっかり対応する」というメッセージを伝え、信頼を醸成する仕組みとなっています。加えて、生徒が特定の教師に知られたくない場合は、支援チームの特定のメンバーだけに通知できる機能も備えています。
二つ目の原則は、問診システムを活用した潜在的な問題の特定です。「君の味方」では、各学校がニーズに応じてアンケート内容をカスタマイズでき、いじめ、メンタルヘルス、セクハラ、教員の生徒対応など、さまざまなトピックを網羅しています。生徒の回答率を向上させ、正直なフィードバックを得るために、絵文字や視覚的要素を取り入れ、200以上の質問データベースから毎回異なる質問をランダムに出題することで、回答のマンネリ化や意図的な隠蔽を防ぐ仕組みを採用しています。
三つ目の原則は、好循環の支援環境の構築です。「君の味方」は単なるデジタルツールではなく、生徒と教師が問題を早期発見し、解決に向けたアクションを取ることを促進することを目的としています。問題が見つかった際には、適切な支援チームや専門機関と連携し、迅速な対応ができる環境を整備することで、生徒がより安心して日々を過ごせる社会の実現を目指しています。
このシステムにより、支援チームは緊急対応が必要な生徒を迅速に特定できると同時に、教師がアンケートを処理する時間的負担を軽減することが可能となります。特に、夏休みのような長期休暇期間中でも生徒が自由にSOSメッセージを送信できる点が大きな利点です。教師は新学期が始まる前に生徒からのメッセージを確認できるため、学校側は適切な準備を整え、迅速に対応し、必要な支援を提供できます。
Puzzar氏は、近年不登校(登校拒否)の生徒数が増加している現状を指摘し、多くの自治体における学校相談センターが生徒との接触を十分に確保できていないことを課題として挙げました。そこで、同社は「君の味方」システムを海外の日本人学校へ展開する計画を進めており、さらに他の地域への導入も視野に入れています。海外市場の教育環境は日本とは異なるものの、日本人学校は日本国内の学校文化と類似しているため、導入のハードルは比較的低いと見ています。また、現在「君の味方」は日本語と英語に対応しており、将来的には多言語対応を強化し、より多くの生徒が利用できるようにする予定です。
(関連記事:
「日本で働いてわかったこと」ー台湾出身アリサさんが語る、東京で見つけた自分らしさ
|
関連記事をもっと読む
)
さらに、「君の味方相談センター」の遠隔支援機能も強化する計画を進めています。現在、試験運用では午後9時から11時まで臨床心理士が対応していますが、今後は24時間体制へ拡大することを目指しています。仮に当番の心理士が即時対応できない場合でも、システムが自動返信を行うことで、生徒が「誰にも聞いてもらえない」という不安を抱かないよう配慮しています。
また、多くの日本の臨床心理士資格を持つ専門家が、家族の都合で海外に移住した後、日本国内での勤務機会を得ることが難しいという現状があります。そこで、Guardian社はこうした海外在住の心理士を支援チームに迎え入れることを計画しており、異なる国にいる心理士が遠隔で生徒とコミュニケーションを取り、より文化的背景に即した心理支援を提供できる体制を構築する考えです。
例えば、ベトナムの日本人学校に通う生徒が、現地に住む日本人心理士と相談できるようになれば、その心理士は日本文化に加え、ベトナムの文化的背景も理解しているため、より適切な支援が可能となります。しかし、Puzzar氏はこの計画がまだ準備段階であることを認めており、技術的・人員的な課題が残っていると述べました。それでも、彼女は「どこにいても生徒が適切なサポートを受けられる、安全で持続可能な支援環境を構築する」という目標を掲げ、今後もシステムの改善と機関との連携強化を進めていく考えです。
Puzzar氏は、日本ではいじめや子どもの権利に関する議論が活発に行われていますが、自治体によって力を入れている分野が異なる(例えば、不登校支援に力を入れており、いじめ対策にはあまり力を入れていない)ことを指摘しました。そのため、「君の味方 」の導入がスムーズにいかない自治体もあります。Puzzar氏は2022年12月に京都で会社を設立しましたが、現在のところ京都市内で正式に導入した学校はありません。彼女は、「学校が本当にこのシステムの価値を理解し、活用できるかどうかが導入の最大の課題です」と述べ、今後も自治体や学校との協力を続けながら、より多くの生徒に支援を届けるための努力を続ける考えを示しました。
同様の問題は学校現場でも発生しています。Puzzar氏は、「君の味方」システムを導入した学校で、校長が交代するたびに、新校長がシステムの存在を知らず、継続利用に対して疑問を持つケースがあると説明します。「前任の校長が契約を結んでいたのに、新任校長はそのシステムの存在を知らず、私がまた一から説明しなければならないことが何度もあったんです」とPuzzar氏は語り、学校のリーダー交代による影響が導入の安定性を脅かしていることを強調しました。
このような状況に対し、Puzzar氏は「時には、次のチャンスが来るまで2年・3年待つしかないと割り切ることもあります」と笑いながら語りますが、長期的な導入・普及には多くの課題があることを示唆しました。今後の展望として、Puzzar氏は「君の味方」システムのアクセス範囲を拡大する計画を明らかにしました。現在、生徒は学校のシステム内でのみ「君の味方」を利用できますが、今後は学校外でも利用可能な「独立版味方相談センター」を開発し、生徒がどこにいても支援を受けられる環境を整えることを目指しています。
(関連記事:
「日本で働いてわかったこと」ー台湾出身アリサさんが語る、東京で見つけた自分らしさ
|
関連記事をもっと読む
)
この新しいシステムによって、学校に通えない生徒や、家庭内の問題で学校以外の場所から相談したい生徒にも支援を提供できるようになり、より幅広い児童・生徒のニーズに応えることが可能になると期待されています。
Puzzar氏、「味方相談センター」の展開で新たなニーズを発見
Puzzar氏は、「君の味方相談センター」の開発・運営を進める中で、特に地方や離島では臨床心理士やスクールカウンセラーの数が圧倒的に不足しており、心理的な支援を必要とする子どもたちが適切なサポートを受けられない状況にあることを実感したといいます。そのため、当初の自治体を対象とした導入戦略(B2G)から、より柔軟なアプローチにシフトし、まずは私立学校や比較的小規模な自治体を優先的に展開する方針に切り替えています。
大手企業や競合他社の多くは、大規模な自治体を主要ターゲットとしていますが、小規模な自治体では必要な支援サービスが不足しているケースが多いです。Puzzar氏は、「君の味方」システムを活用することで、これらの地域における支援の空白を埋めることができると考えています。
「君の味方」の導入で、より安全で支援しやすい環境を構築「君の味方」システムを導入した学校では、生徒が安心して悩みを打ち明ける環境が整い、教師も適切に対応しやすくなったことで、ポジティブな変化が生まれているといいます。Puzzar氏は、「すでに導入済みの学校からは、学習環境や生活環境の改善が見られるとの報告を受けています」と述べ、システムの有効性を強調しました。
今後、Guardian社は「君の味方」システムの機能を強化し、支援範囲を拡大するとともに、子どもたちの自主性と安全意識をさらに高めることを目指します。また、子どもたちが相談をためらったり、意図的に悩みを隠してしまうことを防ぐため、システムの質問設計にも工夫を凝らしています。
例えば、「今日、ご飯を食べましたか?」と直接聞くのではなく、「今日は一人でご飯を食べましたか?」や「昨夜、夕食を食べませんでしたか?」といった形で質問を出し、子どもの置かれている状況を多角的に把握するようになっています。
多言語対応・年齢別にカスタマイズした質問設計システムは4つの異なる言語レベルに対応しており、小学1〜3年生向け、小学4〜6年生向け、中学生向け、高校生向けと、それぞれの年齢に適した表現や語彙を使用しています。漢字が苦手な子どもにはひらがな表記を選択できるほか、外国籍の生徒には英語表示のオプションも提供することで、すべての子どもがスムーズに利用できるよう工夫されています。
「君の味方」のB2Cモデル展開、保護者向けサービスの開発も視野に今後、Puzzar氏は「君の味方」システムの普及をさらに進めるとともに、B2C(消費者向け)のモデルも導入し、保護者が直接サービスを申し込める仕組みを検討しています。
彼女の調査によると、システムの試験運用中に約10%の生徒がリアルタイムのチャット相談機能を利用したといいます。この結果から、子どもたちには明確な支援ニーズがあるにもかかわらず、適切な相談手段が確保されていない現状が浮き彫りになりました。
現在、日本の一部自治体ではLINE相談窓口や電話相談を提供していますが、多くのサービスが平日昼間のみの対応であるため、子どもたちが最も支援を必要とする夜間には利用できない問題があります。また、スマートフォンを持っていない子どもは、LINEの相談窓口自体にアクセスできないケースもあります。
Puzzar氏は、こうした課題に対応するため、Guardian社が提供する「君の味方」システムの拡張を進め、学校・自治体・保護者を含めた幅広い層に向けた支援プラットフォームとして発展させたいと述べています。Puzzarは、ホットラインなどの相談サービスが音声通話を前提としているため、内向的な性格や話すことに抵抗がある子どもにとって、依然として高いハードルとなっていると指摘します。そのため、「君の味方」では文字チャットを活用することで、子どもたちが気軽に専門家へ相談できる環境を提供し、心理的な負担を軽減することを目指しています。
ビジネスモデルとして、Puzzarは月額500円のサブスクリプションサービスを導入し、保護者がB2Cモデルを通じて子どもの支援を確保できる仕組みを計画しています。また、B2B2C(企業+保護者)モデルも検討しており、例えば学校保険に「君の味方」を付帯サービスとして組み込んだり、企業と連携して従業員の子どもたちが利用できる環境を整えることを想定しています。
例えば、日本貿易振興機構(JETRO)などの大企業が「君の味方」と契約すれば、その従業員の子どもたちは無料でシステムを利用できるようになり、より広範な普及が可能となります。Puzzarは、「君の味方」の目的は単なる短期的な問題解決にとどまらず、学校、保護者、自治体、企業が連携して包括的な児童支援ネットワークを構築し、すべての子どもたちが適切なタイミングで支援を受けられる環境を整えることにあると強調します。
試験運用の段階で、Puzzarは言語の微妙な違いが子どもの回答精度に影響を及ぼすことに気づきました。例えば、アンケートで「お風呂に入りましたか?」と質問した際、シャワーだけ浴びた子どもが「はい」と答えるケースもあれば、「いいえ」と答えたうえで「シャワーは浴びた」と補足するケースもありました。このことから、単純な言葉の選び方が子どもの理解に大きく影響することが分かりました。
Puzzarは、「君の味方」を正式に導入する前に、現場での実証実験や言語調整を徹底し、子どもたちからのフィードバックをもとに内容を改善していく必要があると述べます。また、今後は国や地域ごとに相談窓口を増やし、子どもたちが心理的な支援を受けるハードルを下げ、システムをより国際的に適用可能なものにしていきたいと展望を語りました。