米国は唯一の超大国として、欧州や中東、インド太平洋まで軍事力を広く展開してきた。しかしワシントンのシンクタンク「国防重点(Defense Priorities)」は最近発表した報告で、米軍の展開が「深刻な過剰拡大」に陥り、巨額の資源を消耗した結果、対中戦略の余力を失いつつあると警告した。
この主張は、ペンタゴンで政策立案を担うエルブリッジ・コルビー氏の持論と重なる。彼は、アジア以外での米軍関与を制限し、西太平洋へのリソース集中を提唱。米国の利益と安全を脅かす中国の台頭に備えるべきだとする「優先論者(prioritizer)」の代表格である。従来の「抑制論者」や「伝統的鷹派」とは一線を画し、中国との対峙を現実的な選択肢と位置づけている。
コルビー氏は、米国によるウクライナへの軍事支援の一時停止を後押ししたほか、日本やオーストラリアに対して「台湾有事」に備え明確な姿勢を取るよう求めたと報じられ、『ウォールストリート・ジャーナル』や『フィナンシャル・タイムズ』で注目を集めた。2021年刊行の著書『拒止戦略(The Strategy of Denial)』では、「中国共産党がアジアの覇権を握るのを阻止することが米国の大戦略の基本目標であり、台湾問題で中国を打ち負かすことができれば反覇権同盟の成功に繋がる」と述べている。
「世界の警察」を続けることの負荷
国防重点」の報告は、戦略的縮退を果断に実行し、限られた兵力を二次的な戦域から引き揚げ、本土と核心的利益を守ることに集中すべきだと提言している。米軍は現在、20万人以上が80カ国以上に常駐・輪番配置され、数百の海外基地を維持している。唯一の超大国としての自信と慣性は、いまや米国が抱えきれない重荷になっていると指摘した。
また、現在の「前進展開(Forward Deployment)」戦略は、あらゆる場所であらゆることを行おうとするがゆえに「戦略麻痺」に陥りかねないと警告。世界各地に縛られた米軍は迅速な集結や緊急対応が難しくなり、米国の核心的利益に関係のない地域紛争に巻き込まれるリスクを高めている。膨大な海外駐留と基地維持は資源を消耗し、結果的に米軍の身動きを奪うとした。
こうした状況を踏まえ、「国防重点」は明確な「戦略的縮退」プランを示し、米国が「世界の警察官」をやめ、「オフショアバランサー」となるべきだと提案している。すなわち、米国は同盟国に第一線防御の責任を負わせ、自らは第二線に退いて地域のパワーバランスが崩れた時のみ介入する、という構えである。
報告はさらに、トランプ政権とその国家安全保障チームが米国の利益を狭く定義し、国家安全を最優先とする姿勢を評価。米国の利益と同盟国の利益を線引きし、ロシアを「通常の脅威」と見なし、米本土を直接脅かさないテロ組織への対応の優先度を下げた点に注目した。これを踏まえ、ペンタゴンに対しては、現実主義と抑制に基づく大戦略に合わせた軍事展開の修正を求めている。
最終的に、米軍の展開は次の四つに焦点を合わせるべきだと結論づけている。すなわち、本土防衛、主要地域での敵対的覇権防止、同盟国への防衛責任転嫁、そして経済安全保障の維持である。トランプ政権は「世界覇権の維持」から「重要地域での有利なパワーバランス維持」へ重点を移すべきだとし、その結果、米軍は展開規模を縮小しつつ、核心的利益と同盟支援に集中することが求められるとしている。
「戦略的縮退」が示す具体的な配置調整
報告は、欧州における米軍駐留が過大で、欧州の同盟国が自らの安全保障責任を負わず米国に「便乗」する傾向を助長していると指摘する。そのため、2014年のロシアによるウクライナ侵攻以前の水準まで兵力を削減し、地上戦闘部隊の一部や複数の戦闘機中隊、駆逐艦などを撤退させることを推奨した。
中東では、米軍の配置規模が米国の限られた利益に見合っておらず、地域が米国本土に存亡の脅威を与えていないと指摘。2023年のイスラエル攻撃後に派遣された海空軍を撤退させ、9.11以降続くイラクやシリアでの駐留を終了、さらにクウェートやカタールの部隊を全面撤収するべきだとした。
東アジアでも再調整を求め、中国の勢力均衡と米国利益の保護に焦点を当てるべきだとしている。具体的には、在韓米軍の地上部隊の大部分と二つの戦闘機中隊を撤退させ、中国沿海から離れた拠点に配置を見直すとともに、日本・フィリピン・台湾に前線防衛の責任をより多く負わせるべきだとした。
「国防重点」は、米国の安全保障上の重要利益としてアジア・欧州・中東での地域覇権阻止を挙げる一方、欧州と中東で新たな地域覇権国が出現する可能性は低いと指摘。唯一注視すべき対手は中国だと強調する。日本やアジア第二列島線での軍事展開、さらに中東や北欧の海上要所での展開を維持・強化すべきとしつつ、同盟国やパートナーに最終的には自律的な防御責任を担わせるべきだとした。台湾もその例外ではないという。
「中国への焦点」と台湾の立場
こうした「戦略的縮退」と「中国への焦点」は、台湾にとって有利なのか――。いまや米国防政策の計画立案を担うのは「優先論者」であり、コルビー氏もその方向で政策を調整している。しかし、中国への焦点が米国が台湾のために中国と戦う意志を意味するかは不確かで、トランプ政権が台湾海峡の危機にどう対応するかもまだ見通せない。
コルビー氏は『拒止戦略』で、台湾が中国に併合されることは米中間の勢力バランスに決定的な影響を与えると述べ、米国の最優先課題は台湾の防衛力を高めることだと強調した。一方、今年の上院人事聴聞会では「台湾は米国の生存利益ではない」と発言し、論争を呼んだ。それでも、米国が台湾に対する拒止防衛を優先し、資源を集中させるべきだとの立場は変えていない。台湾側も防衛力を大幅に高め、中国軍の侵攻を阻み、封鎖に耐える体制を整える必要があると指摘している。
米軍の援助について、コルビー氏は「大統領と国務長官が最適な選択肢を提供し、米国民にとって合理的なコストとリスクで台湾への攻撃を阻止する」としつつ、最終的な判断は大統領に委ねられるとした。また、「一つの中国」政策を堅持し、北京との接触を続けるべきとする立場も示し、「台湾問題で戦略的明確化を行うことには反対」と明言。これは「北京との関係を激化させ、軍事行動の口実を与える可能性がある」との理由からで、台湾側が米軍介入を当てにしすぎる危険も指摘した。
「国防重点」は、日本と台湾が防衛支出を増やしていることを認めつつも、まだ十分ではないとした。米国がインド太平洋地域で主導的地位を維持し続けることは費用がかさみ、中国の軍事力拡大を前に米国を核心利益に関わらない戦争へ巻き込みかねないと警告。台湾には「ハリネズミ戦略」をとるよう促し、「中国が侵略を決断する前に熟考させる」体制づくりを求めた。軍事展開や地域同盟支援を通じて抑止を維持しつつ、駐留規模の縮小を続けるべきとする。
最後に報告は、地域では「パワーバランス」を重視すべきで「主導的地位」を追求するべきではないと強調する。中国の軍事力が拡大するなか、米国がアジアで覇権を維持するのは現実的ではないが、中国を抑止し北京に覇権を握らせない能力は依然としてある。日本とフィリピンが主権を維持し、中国勢力に支配されないよう、米国と協力して戦略的な軍事展開を行うべきであり、「このような平衡戦略は、米軍が台湾を直接防衛することを必ずしも意味しない」と結んでいる。