2016年・蔡英文の就任演説に中国が反発 「未完成の答案」発言の舞台裏とは

2025-07-14 16:34
李大維氏(右)は、蔡英文政権下で外交部長(外務大臣に相当)、国家安全会議秘書長、海峡交流基金会会長、総統府秘書長などの要職を歴任し、蔡英文氏に重用された。(写真/盧逸峰撮影)
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2016年の就任演説で、蔡英文氏は「中華民国憲法」と「両岸人民関係条例」に基づき、両岸関係を処理する姿勢を示した。中国大陸側の学界は当初、好意的に受け止めたが、同日午後には国務院台湾事務弁公室(国台弁)が態度を一変させ、「未完成の答案」と表現したことで注目を集めた。

前総統府秘書長の李大維氏は回顧録『和光同塵:一位外交官的省思』の中で、台湾の元政治家が北京側に「蔡英文氏の演説内容は受け入れられない」と伝えたことが、中国の対応を硬化させた一因と指摘している。

この証言は一部で「蔡英文氏への妨害行為」としてブルーキャンプの関与が取り沙汰されたが、取材を進める中で、中国側が「未完成の答案」と表現した背景には、さらに別の要因があったことが明らかになった。

92年コンセンサスの影と中国側の期待

馬英九政権下で台湾は両岸関係の改善に取り組み、2015年には両岸指導者による歴史的な会談が実現した。この時期における最大の政治的ルールとされたのが「92年コンセンサス」だった。

2016年5月20日、政権交代によって蔡英文氏が総統に就任。演説では、「1992年に両岸が相互理解のもと、合意を模索した政治的思想に基づいて協議を進める」と語り、「中華民国憲法」「両岸人民関係条例」などの法律に則り、両岸業務を処理すると表明した。

この発言は、両岸を「一国二地区」とみなすこれらの法律に基づいており、一部では「92年コンセンサス」の枠組みに含まれるという見方もあった。

また、中国の王毅外交部長は同年2月、米ワシントンの戦略国際問題研究センターで「蔡英文氏は自国の憲法に基づいて選出された。憲法の規定に反することはできない。新たな台湾指導者には、自らの憲法を受け入れることを期待する」と発言している。

この言及は、中国政府高官として初めて「中華民国憲法」に言及したものであり、蔡氏の演説は北京側の「善意」に対する回答と受け止められていた。

20250626-《和光同塵:一位外交官的省思》李大維新書發表會26日於蔣經國總統圖書館進行,圖為本書作者李大維(左)、聯合報副總編輯郭崇倫(右)。(劉偉宏攝)
李大維氏は新著『和光同塵:ある外交官の省察』の中で、9年前の蔡英文氏の就任演説が「未完成の答案」と指摘された背景には、ある元台湾政治家が北京に対し、蔡氏の発言を受け入れないよう電報で伝えていた事実があったと明かしている。(写真/劉偉宏撮影)

蔡英文氏の就任演説を受けて、中国の学者たちは「新たな表現があった」「大陸と歩調を合わせる一歩」として評価を示した。上海国際問題研究院の厳安林副院長も、「民進党の従来の立場よりも前進している」とコメントしていた。

しかし、その数時間後の2016年5月20日午後、国台弁は「蔡英文氏は両岸関係の本質に関する根本的な立場を明確にしておらず、92年コンセンサスも認めていない」として、「未完成の答案」との声明を発表した。

李大維氏は自著の中で、中国側が数時間で態度を変えた理由を探っている。後年、台湾を訪問した米国の元情報関係者は、「演説直後の中国学界の反応は肯定的だったが、台湾の元政治家が北京側に“受け入れられない”と伝えたことで、わずかに残っていた好意が敵意へと変わった」と語ったという。 (関連記事: 張鈞凱のコラム:「ゆでガエルは台湾自身か?」台湾の婿が語る、両岸関係と政治の無限ループ 関連記事をもっと読む

中国外交部長王毅。(美聯社)
王毅中国外交部長は、かつて国務院台湾事務弁公室(国台弁)主任を務めていた。2016年に王毅氏が公の場で台湾側の「憲法」に言及したことは、大きな話題となった。(AP通信)

李大維氏の新著が公表されると、内容をめぐって議論が巻き起こった。本人はラジオ番組に出演し、「この情報は2023年に台湾を訪れた米国情報機関の退職者の友人から聞いたもので、その視点からは『失われた機会』だった」と語った。また、ブルーキャンプが蔡英文氏の動きを妨げたとする指摘に対しては、「誰がやったかを論じることに意味はない」と強調した。

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