アメリカによる対等関税の影響に対応するため、行政院は《国際情勢への対応による経済・社会・国土安全保障強化特別条例》を打ち出し、総額4100億元規模の予算を編成した。内容には、国土安全の強靭化に1500億元、台湾電力への補助として1000億元が含まれている。これに対し、国民党は台湾電力への1000億元補助には反対の立場を取る一方で、関税対策としての産業発展予算や国土安全の強靭化予算1500億元には異論を唱えていない。このため、行政院に対し、それぞれの内容を個別に立法化するよう求めており、防衛予算に関しては《国土強靭化特別予算条例》として別途提出するよう要請している。
7月9日の党中央常務委員会で、朱立倫氏はあいさつの中で「社会補助に関しては我々も支持する。ただ、民進党がすべてを一括してこの特別条例にまとめようとしている以上、国民党の立場は明確だ。われわれが求めているのはただ一つ――全国民への現金給付を増額すること」と述べた。この発言は、行政院案への支持を示唆するものと受け止められ、加えて一部メディアが「国民党が通過を容認か? 台湾電力への補助1000億元」などと報じたことで、党の支持者の間に一気に怒りが広がった。

台湾電力への1000億元の補助は国民党内で論争に。(資料写真/柯承惠撮影)
基層・民代・名嘴が一斉に反発 支持者は「これでは投票しない」と怒りをぶつける
この報道が広くメディアに取り上げられると、国民党の支持者から地方議員や立法委員(国会議員)に抗議の電話が相次いだ。「この案には絶対に賛成すべきでない」との声が多く、議員に対して選挙区の立法委員や国民党中央に強く伝えるよう求めたという。地方の議員事務所のスタッフも、一般市民から「台湾電力への1000億元補助と現金給付を取引するとは何事だ。そんなことをするならもう投票しない」といった抗議の電話を何本も受けたと報告している。こうした状況は一部の選挙区にとどまらず、複数の地域で確認されている。
9日夜には、国民党の立法委員が参加するグループチャットが大きく荒れた。ある議員が「取引報道」の記事を共有したほか、「支持者の怒りは非常に深刻だ」と訴える声が続いた。報道によれば、親国民党のメディア評論家からも反対意見が出ており、「今後はもはや国民党を擁護できない」との発言もあったという。反対の声を上げたのは主に北部選出や比例代表の議員で、グループ内で反対を表明した議員は10人を超え、最近ではまれに見る激しい議論となった。金門選出の陳玉珍立法委員も反対の意向を示したとの情報があり、《風傳媒》は本人に電話で確認を試みた。
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「交換案」が登場した後、基層支持者の不満は瞬時に爆発し、議員や立法委員の電話を爆撃して抗議の意を表明した。(資料写真、柯承惠撮影)
党内から朱氏に批判噴出 陳玉珍氏「全国の支持者が立場の揺れに反発」
陳玉珍氏は、支持者から聞いた意見をそのまま党のグループチャットに共有しただけで、自身がリコール運動に直面しているわけではなく、純粋に選挙民の声を反映したものだと説明した。彼女は当初、朱立倫氏の発言や報道内容を知らずに投稿したが、それ以前からすでに他の立法委員も同様の意見を述べていたという。多くの委員が、支持者からの強い反対の声を受け取っているとしており、陳氏によれば、彼女の支持者は金門に限らず、全国各地の国民党支持層であり、党本部の姿勢が揺れていることに対して「立場を貫くべきだ」との反発が広がっていると語った。彼女はすぐに党本部に電話し、担当幹部から「これは取引ではない」との説明を受けた。実際、以前の党内会議では「電気料金の値上げは逆効果になる」として補助金を求める声も一部の議員から出ていたという。
立法委員のグループチャットでは、党本部を批判する発言が相次ぎ、ある委員は朱立倫氏の過去の発言を引用して批判した。たとえば、2024年10月には「台湾電力への補助は絶対に通してはならない。民進党の失策は民進党が責任を取るべきだ」と明言し、また2025年1月にも、「誤ったエネルギー政策と、利権を貪る『グリーンゴキブリ』のせいで、国民全体に2000億元の台湾電力補助を強いるなど、1人あたり9000元も払わされることになり、国民党として到底受け入れられない」と述べていた。反対意見を述べる委員らは、7月初旬の時点でも党は台湾電力への補助に断固反対していたのに、今回は前触れもなく急に方針転換したとして、「唐突すぎる方向転換」だと強く批判している。

国民党立法委員陳玉珍氏は、台湾各地の国民党支持者が党の立場の揺らぎに反対していると述べた。(資料写真、柯承惠撮影)
企業も国民も電価の上昇を望まず 台湾電力への補助には党内で対立
もっとも、党内のすべての立法委員が反対しているわけではなく、多くの議員が補助に賛成する姿勢を示している。党団幹部が水面下で意見を聴取したところ、5月15日には台湾の主要8大産業団体が、米国の高関税措置や為替の激しい変動によって台湾の輸出産業が圧迫される中、行政院による台湾電力への1000億元補助案を支持するという異例の声明を発表。電気料金と暮らしの安定を求めたこの声明を受けて、国民党内でも「補助を拒否すれば、電気代の値上げで企業はさらに打撃を受け、庶民も苦しむ。そうなれば民進党に攻撃材料を与えるだけ」として、条件付きで早期に対処すべきとの声が出始めていた。議員らの間では「今後3年間の電気料金据え置き」など、より厳格な附帯条項を付けることを前提に、補助を容認するという意見もあったという。
また、ある立法委員は、「国民党は特別条例に含まれる『国土安全の強靭化』に関する1500億元の防衛予算にはもともと反対していない」と述べた。予算が成立すれば、例えば「黒熊学院」への予算額を精査できるようになり、党にとっても悪い話ではないとした。ベテランの立法院スタッフも、「党本部は苦渋の決断を下した。なぜなら、党内には台湾電力への補助を容認すべきだと主張する議員もいた」と指摘する。
さらに別のスタッフは、「立法院では交渉と交換は日常茶飯事。今回の国民党の判断にも本来は問題ない。ただ、党本部が何の前触れもなく動いたことが問題だった」と語る。ダナス台風の直後、各地で台湾電力が復旧作業に尽力し、国民の目にもその苦労が映る一方で、国民党団は9日に記者会見を開き、経済部が1億3500万元を補助した洋上太陽光発電の浮体システムが、台風により大破し、黒い構造物が海岸に2キロ以上にわたって打ち上げられたとして強く批判した。立法委員の蘇清泉氏は「プラスチックの破片は微細で魚の体内に入り込む。今後、屏東の人々は“かごの中の魚”を食べることになる」と警告している。
こうした状況下で政策転換を図るなら、朱立倫氏は本来、丁寧に布石を打つべきだったとの声も出ており、基盤票に頼るリコールの戦いで混乱を招いたことで、支持者の怒りが頂点に達したとみられる。

企業は電価の上昇を望まず、国民党の立法委員は一様に台湾電力の補助には反対しない。(資料写真、柯承惠撮影)
支持者の猛反発に国民党が緊急対応 記者会見で「一歩も譲らない」と強調
9日夜、各方面から支持者の強い不満が相次いで寄せられたことを受け、国民党中央は翌10日朝、直属のシンクタンク副執行長である凌濤氏を記者会見に送り出し説明を行った。凌氏は「台湾電力への補助に関しては一歩も譲らない」と強調し、「頼清徳政権が電気料金の値上げを否定できないのであれば、エネルギー政策の失敗を自ら反省すべきだ。関税の衝撃に対しては、全国民に現金を配布して自由に活用してもらうのが最良の解決策だ」と述べた。
同じ時間帯、朱立倫氏も立法院党団に向けた説明の場として、党団幹部をシンクタンクに招き、会議を開いた。朱氏の発言には台湾電力への補助に関する具体的な言及はなく、むしろ対等関税が目前に迫るなか、国民党として明確な立場を打ち出す必要があると呼びかけた。さらに、自身も立法委員出身であることに触れ、「党団の自主性を尊重する」と述べたうえで、幹部には「党内の意見を丁寧に説明してほしい」と要請した。

朱立倫氏(左から四番目)は、世論の嵐に直面し、党の幹部を呼び説明し、党中央が記者会見で迅速に火消しを講じるようにした。(資料写真、顏麟宇撮影)
火の海に立たされる朱立倫氏 党中央は「譲歩説」は誤解だと強調
国民党中央は10日午前、急ぎ立場を整理した説明文書を発出し、組織発展委員会主任の許宇甄氏らもグループチャット内で自らメッセージを送るなど、迅速な情報共有を図った。内容は、《国際情勢への対応による経済・社会・国土安全保障強化特別条例》に関する国民党の立場を示すもの。まず、条例と予算は明確に区別すべきであり、11日に立法院で審議されるのは「特別条例」であって、「特別予算」ではないと強調。いかなる予算額についても、11日の会議では議論や採決の対象にならないとしている。
党本部は、台湾電力への補助に対する反対姿勢に変わりはなく、「一歩たりとも譲らない」との立場をあらためて強調。11日の審議では台湾電力関連予算の扱いは一切ないと断言し、一部で流れた「補助予算に関する妥協や協議が行われる」との見方は誤解だと説明した。
また、党中央は今回の混乱に対する“火消し”に追われる中で、「台米間の関税対立や世界的な経済圧力に直面するいま、国民党は一律1万元の現金給付を主張しており、そのための予算2300億元は特別条例に含めるべきだ」と改めて訴えた。さらに、頼清徳政権に対してこの「国民に恩恵を与える政策」を阻止しないよう求め、中小企業や庶民の立場から関税戦の影響に対処すべきだと強調している。
一方で、朱立倫氏は当初、支持者の理解を得ようとしたものの、党内外で反発を招き、「姑の顔を立てて嫁の機嫌を損ねた」と揶揄される事態に。かつて「国民党の政治的な盤面を読む名手」と評された朱氏だが、今回の動きは「一手誤った」との声もあり、今は火消しに追われている。