先週金曜日、台湾の立法院は、最大野党・中国国民党(以下、国民党)の主導で、1万元の現金を一律給付する法案を第三読会で可決した。国民党はこれを歓迎したが、民進党をはじめとする与党側は激しく反発し、「大型リコールを乗り切るための苦肉の策だ」と厳しく批判した。ただし、その反発もどこか力強さを欠いていた。というのも、政治と財政の専門性はすでに与党自身の手によって損なわれているからである。
財政規律と専門性の観点から見れば、国民党が主張する一律給付には合理性があるとは言い難い。財政学者の多くもこのような政策を支持していない。財政資源には限りがあり、本来は最も必要な分野に集中して使うべきだからである。個人への現金支給が正当化されるとすれば、それは本当に支援が必要な低所得者層や緊急支援を要する人々に対するものであるべきであり、貧富にかかわらず全員に配るというやり方は、合理性を欠き、財政資源の浪費につながる。
ただし、与党・民進党が、最大野党・国民党による一律現金給付に対し激しく非難する中、その姿勢にはどこか説得力を欠く印象も否めない。というのも、さかのぼることわずか2年前の2023年4月、当時の蔡英文政権下で、民進党は大々的に1人当たり6,000元の現金給付を実施していたからである。名目は「ポストコロナの経済・社会の回復力強化と国民による成果共有のための特別予算」に基づくものであり、今回の1万元支給は「国際情勢に対応した経済・社会・国土安全保障の強靭化特別条例」に基づくものとされる。
両者は形式こそ異なるが、背景や環境には共通点が多い。いずれも、直前の年度において大幅な税収超過があり、2022年は5,237億元、2024年は5,283億元の超過となっていた。また、「税金を国民に還元すべき」との声は与野党双方から上がっていた。さらに、いずれの給付も「庶民支援」や「景気刺激」を目的とする点で共通している。2023年は新型コロナの影響で消費が落ち込んだ時期であり、今回は米国のトランプ大統領が掲げる関税政策が経済に与える影響を見越した対応とされている。
両者の最大の違いを挙げるとすれば、それは提案主体の立場にある。前回の6,000元給付は与党・民進党主導で実施されたのに対し、今回の1万元給付は野党・国民党が主導した。このため、政治的な得点、あるいは失点が生じやすく、「善政を行った政党」というイメージは、今回は国民党側に移った格好となった。
だが、実のところ、この一律給付の発端を作ったのもまた与党側である。政府は税収の大幅超過と関税戦争の影響を理由に、経済対策としての給付の必要性をまず提起したうえで、当初の総予算案に盛り込まれていた台湾電力(台電)への1,000億元補助金を野党に削除されながらも、再度ねじ込もうと試みた。しかし結果的に、補助金案は通らず、一方で1人当たり1万元、総額2,350億元という現金給付だけが成立するかたちとなり、政府側にとっては「安くあげるつもりがかえって高くつく」事態となった。
この点について、ネット上では「1万元の給付よりも、まずは台電への補助を優先すべきだ」「補助がなければ電気料金が値上がりする」といった意見も見られる。これらの声が与党支持層やネット工作によるものかは定かではないが、「全体の利益を優先すべき」とする国民の姿勢には一定の敬意を払うべきであろう。しかしながら、冷静に見れば、これは別の問題であり、しかもそうした意見は財政やエネルギー政策の実態を踏まえたものとは言い難い。的外れであると言わざるを得ない。
外から見ると、台電への補助金案が削除されたことで、代わりに一律現金給付案が通過したかのように映るかもしれない。しかし、実際には両者に直接の関係はなく、相反する政策でもなければ、どちらか一方が他方の代替となるものでもない。与野党の双方が同意すれば、台電への1,000億元の補助と現金の一律給付は、同時に成立させることも十分に可能であった。
金額面で見ると、当初提案された4,100億元の予算に、今回の現金給付に必要な2,350億元を加えると、合計で6,450億元となり、昨年の税収超過額である5,280億元を上回るようにも見える。ただし、政府には国債の発行による資金調達手段があり、債務残高がGDP比の約25%にとどまっている現状では、比較的容易に財源を確保できる。また、2023年にも3,860億元の税収超過があったことを踏まえれば、現金給付と台電補助金は並立可能な政策であり、財政的に互いを排除する性質のものではない。
一方、台電への補助金案自体を冷静に見れば、実務的にも財政的専門性の観点からも、支持に値する政策とは言い難い。台電は台湾最大かつ最重要の公共事業体であるが、それでも政府の補助金に依存して経営を維持すべきだと考える専門家は少ない。企業としての経営努力と収益確保によって、自立的に運営されるべきである。政府による電気料金の補助には多くの弊害がある。まず、電力価格を人為的に低く抑えることで、本来の価格メカニズムが働かなくなり、節電や脱炭素の動機を損なう。また、利用者負担の原則にも反し、実質的には逆進的な再分配となることで、社会的公平性を損なう構造が生じる。過去数年間の電気料金凍結政策の下で、最も多額の恩恵を受けたのはTSMCをはじめとする大手半導体企業であり、一般家庭が受け取った補助額はせいぜい数百元程度にとどまった。
特に強調すべきは、ここ数年で電気料金はすでに数度にわたり引き上げられ、累積で4割以上の上昇となっている点である。その一方で、政府はこれまでに「増資」や「補填」などの名目で、すでに3,000億元もの資金を台電に投入している。にもかかわらず、さらに1,000億元の追加補助を求めるというのは、まるで金銭感覚の麻痺した「浪費家」のような対応であり、到底容認しがたい。しかも、たとえこの補助を実行しても、将来的な電気料金の値上げや財政赤字の解消は見込めず、いわば「底なしの財政ブラックホール」となる懸念が強い。国民がその負担を無制限に背負い続けることが、本当に望ましいと言えるのかが問われている。
より根本的かつ重要な点として、こうした事態を招いた原因は何かを問う必要がある。答えは明白である。民進党政権による誤ったエネルギー政策――すなわち「脱原発」路線の全面的推進にほかならない。1キロワット時あたりわずか1.42元で発電可能な原子力を全廃し、その代わりに、1キロワット時あたり3〜4元、あるいは5〜6元にも及ぶガス火力や再生可能エネルギーへの転換を図った。その結果、台湾電力の赤字拡大や電気料金の高騰は避けられないものとなった。
しかも、こうした高額な電力を台電に売電して利益を得ているのは、多くが与党と近しい再エネ関連業者(いわゆる「グリーン・フレンド」)であるとされ、政府が税金による台電への補助を続ける構図は、こうした政商関係を温存・助長する側面も否定できない。このような官民癒着の構造を正すどころか、補助金というかたちで制度を固定化し、結果的に政府が自らの政策の誤りを見直すインセンティブを失うことにもつながる。
政府が電気料金の値上げを避け、補助金で代替しようとする姿勢は、必ずしも「国民を思う善意」から来ているとは限らない。むしろ、自らの掲げる「脱原発」というイデオロギーを守るために、その代償を国民に強いる手段として機能している可能性がある。
一部には「1万元の現金給付など不要だから、台電への1,000億元補助を優先すべき」と主張する声もあるが、そうした人々は、政権のエネルギー政策に潜む構造的問題に目を向けきれていないのではないか。国民党主導による一律現金給付が、財政専門性の観点から最良の政策とは言い難いにせよ、少なくとも民進党政権には、それに反対するだけの正当性は乏しい。むしろ台電への補助金案と比較すれば、現金給付のほうが「次善の選択肢」として、より現実的な判断であったと見ることもできよう。