世界の地政学的要衝であり、先端半導体生産の9割を担う台湾は、中国による「武力統一」の野心の下に置かれている。台湾の安全はそのまま世界経済の安定と直結し、特に半導体供給をめぐる不安定要因は常に国際社会の懸念材料となってきた。米国財務長官ベセントが「TSMCの製造優位は米国にとって安全保障上のリスクだ」と警告したのに続き、米シンクタンクのハドソン研究所も最新の論考で「台湾のネットワーク脆弱性が世界全体の戦略的リスクに転化している」と分析した。
論文を執筆したのはハドソン研究所の許毓仁氏と、米ネットセキュリティ企業RunSafe Securityのジョセフ・ソーンダースCEO。両氏は「台湾はすでに“静かな戦場”に置かれている」と指摘し、台湾は平均で1日240万件ものサイバー攻撃を受けていると明らかにした。これは事実上「デジタル消耗戦」であり、もし北京が衝突をエスカレートさせれば、ネット麻痺が習近平政権の第一選択肢になると警告している。兵を動かさず、ミサイルを一発も撃たずに台湾の社会機能を停滞させられるからだ。
見えない戦争―1日240万件の「デジタル包囲」
両氏は「ネットワークの強靱性は台湾の国家安全保障課題であると同時に、中国の侵攻を抑止する鍵だ」と強調した。台湾の民主制度、技術力、地政学的ポジションが世界にとって不可欠であるがゆえに、中国の威圧は軍事恫喝や偽情報、経済圧力から、より隠密なサイバー領域にまで拡大しているという。
2024年の統計によると、台湾は1日平均240万件の攻撃を受けており、その対象は政府機関システムからエネルギー施設、物流ネットワークにまで及ぶ。表面化しにくいため国際報道では目立たないが、これはすでに継続中の「見えない戦争」とも言える。もし中国が意図的に衝突を拡大すれば、掌握済みの重要システムが初撃の標的になる可能性が極めて高い。
この戦略は根拠のない推測ではない。2022年、ロシアがウクライナへ全面侵攻する際も、開戦の前段は大規模なサイバー攻撃だった。通信や指揮統制を遮断し、国際社会との連絡を絶った。北京はこうした「ハイブリッド戦」の教訓を研究し尽くし、台湾有事に適用する可能性があると見られている。
台湾のネットワーク脆弱性
論文は、台湾の先進的なデジタル基盤が実際には脆弱な土台に立っていると警告する。
1. 集中するエネルギー供給: 台湾は化石燃料の9割以上を輸入に頼り、電力の半分以上は石炭とLNGで賄う。発電システムはSCADAやDCSといった制御システムに依存しており、サイバー攻撃と物理攻撃が組み合わされれば、大規模停電や緊急対応の麻痺を招く。
3.社会機能の連鎖性: 医療インフラや金融サービス、半導体製造、空運や海運の物流まで、台湾社会のあらゆる分野は安全なデジタル基盤に依存している。もしこれらのシステムが麻痺すれば、島内で混乱が広がるだけでなく、その衝撃は世界市場に波及する。特に半導体供給網は高度に集中し、代替が難しい構造を持つため、台湾での中断はスマートフォンから戦闘機に至るまで、ほぼすべての製品市場に壊滅的な連鎖反応をもたらす恐れがある。
偽情報と認知戦―国家を揺るがすもう一つの攻撃
基幹インフラへの攻撃に加え、台湾は長年にわたり中国による「影響工作」に晒されてきた。中国のネット部隊は数千人規模で活動し、SNSを通じて政治宣伝や偽情報を大量に拡散。社会の分断を煽り、民主制度への信頼を損なおうとしている。こうした「デジタル心理戦」は軍事演習や外交圧力と並行して行われ、国際的な軍事報復を招かない「グレーゾーン」で台湾の制度的耐久力を試している。
中国の戦略は圧倒的武力で一気に屈服させるのではなく、国家と社会の機能を徐々に侵食することにある。その狙いは台湾を「デジタル孤島」に追い込み、国民の社会的信頼を引き裂き、経済を麻痺させることだ。もし国際社会の効果的な対応がなければ、中国はさらに大胆になるだろう。
他山の石―ウクライナとイスラエルの事例
台湾の置かれた状況は特殊ではない。ウクライナでは、物理的施設が破壊されても政府機能をクラウドに移すことで運営を継続した。イスラエルは強力なサイバー能力を備え、イランからの攻撃に迅速に対応し、米国と共同でサイバー作戦を展開している。両国の経験は「事前の計画」「基盤の強化」「同盟国とのネットワーク形成」の価値を浮き彫りにした。
だがインド太平洋では、このような制度的な防衛枠組みが欠けている。米国と日本、韓国、オーストラリアは緊密な二国間関係を維持しているものの、台湾がサイバー攻撃を受けた際に共同で防御や反撃を行う制度的仕組みは存在しない。この戦略的曖昧さは抑止力を弱め、中国に優位を与えかねない。もし台湾の電力網が麻痺したり金融ネットワークが破壊された場合、東京はどう反応するのか。ワシントンは中国への対抗措置を取るのか。明確な基準がないことが、中国にとって重要なアドバンテージとなっている。
韌性ある防衛を―年3億ドルの「デジタル軍備」を
台湾は国防予算をGDP比3%にまで引き上げたが、許毓仁氏とソーンダース氏は「サイバー領域への配分は依然として不足している」と指摘する。現代的な防衛戦略には、毎年少なくとも3億ドルをネット防衛と基盤強化に投じる必要があり、その優先事項として次の施策を挙げている。
システムのクラウド移行: 政府や産業の基幹システムを、安全で冗長性を備えたクラウド環境に移す。
オフライン復旧: 金融、エネルギー、防衛機関のために、ネット断絶時にも稼働できる復旧体制を構築。
官民協力の枠組み: 公的部門と民間部門の間に、強力な危機対応の調整メカニズムを確立。
合同サイバー演習:同盟国と連携して模擬訓練を行い、ハイブリッド戦のシナリオに備える。
先端防御技術への投資: エンドポイント保護やファームウェア層のセキュリティ、AIによる脅威検知技術に資金を投じる。
世界秩序を左右する台湾のデジタル安全保障
両氏は最後に「台湾のデジタル基盤の安全は、地域問題ではなく世界秩序の存立に関わる」と結論づける。中国にとって台湾支配は領土だけでなく、インド太平洋で覇権を確立し、国際秩序を自らの意向で作り変える手段である。一方、米国と同盟国にとって台湾防衛は民主制度と供給網を守り、侵略を抑止する試金石にほかならない。
「通信が止まれば戦えず、システムが麻痺すれば統治できない。台湾にとって“つながり続けること”こそが主権の核心だ」と両氏は強調する。
近年、中国政府が支援するハッカー集団「Volt Typhoon」が米国の重要インフラに侵入したことも明らかになっている。台湾で展開されている戦術は、明日にはサンディエゴやヒューストンを狙う可能性がある。米国が台湾のサイバー防衛を支援することは、同盟国の安全保障そのものへの投資だ。サイバー戦は台湾危機に必ず伴う。問題は台湾がそれに耐えうる準備を整えられるかどうかだ。決定権者は即座に行動を起こし、デジタル韌性を強化しなければならない。中国に「速戦即決は不可能」と信じ込ませることが抑止の核心であり、台湾の民主と経済の存続は、この「デジタル包囲」に耐え抜く力にかかっている。