米国連邦下院の歳出委員会は6月12日、36票対27票で2026会計年度の国防支出法案を可決した。この中で5億ドル(約785億円)が台湾安全協力イニシアティブ(TSC)に充てられ、台湾の防衛体制や即応性、抑止力の強化に活用される見通しだ。
これまで中国は、こうした米国の動きに対して、人民解放軍東部戦区による台湾周辺の海空域での「合同戦備警戒巡航」を通じて対抗するのが通例だった。しかし、6月13日から15日までの3日間は、中国の航空機による活動は確認されず(13日は台湾周辺で天候が悪化していたとされる)、海域でも常時展開されている艦船6隻以外の動きは見られなかった。この期間の静けさについては、15日に中国・厦門で開催された第17回海峡フォーラムとの関係で、一時的な行動制限が敷かれた可能性が指摘されている。
一方、日本防衛省によれば、中国人民解放軍の「山東」空母打撃群が西太平洋に進出した際、海上自衛隊のP-3C哨戒機が空母艦載機J-15に迎撃・追尾されたという。この報告を機に、人民解放軍の空母「遼寧」と「山東」の2隻が、初めて太平洋の第2列島線にあたる硫黄島周辺海域に進出し、遠海での「機動-2025」演習を実施している事実が明るみに出た。

中国海軍5月25日から6月10日までの活動統計表。(陸文浩提供)
まず(統計表によると)、中国人民解放軍北部戦区の「遼寧」空母打撃群は、5月25日から26日にかけて、東部戦区の4隻の作戦艦(054A型護衛艦・599、515、052D型駆逐艦・155、131)と共に釣魚島北方海域で合同演習を実施した。26日には宮古海峡を通過して西太平洋に進出し、27日には宮古島の南約340キロ、28日には南約800キロ、29日には東南約1030キロのフィリピン東方海域に到達。翌30日も南方への航行を続けた。
6月4日から5日にかけては、北部戦区の055型駆逐艦「ラサ」/102を主力とする編隊(054A型護衛艦・550、538、903A型総合補給艦・903)が、それぞれ大隅海峡や宮古海峡を経て西太平洋に進出し、「遼寧」空母打撃群の支援に加わった。
「遼寧」空母打撃群は6月7日、硫黄島の西南約300キロの海域で編隊航行を行い、翌8日には硫黄島東南の海域で艦載機の離着艦訓練を実施した。
また南部戦区海軍の「山東」空母打撃群とその他の5隻も、6月7日午後1時に宮古島の東南約550キロの海域を東進。9日には第二列島線にあたる硫黄島西南の海域で活動し、同様に艦載機の離着艦訓練を行った。この間、日本のP-3C哨戒機が空母編隊への接近を試みたが、中国の艦載戦闘機J-15によって強い警告と排除を受けた。日本側はこの件について中国側に反応を求めたが、6月16日午前8時の時点では追加の発表は行われていない。
中国海軍広報官の王学猛大臣は6月10日、「遼寧」および「山東」空母打撃群が西太平洋を含む海域での訓練を通じて「遠海防衛」および「統合作戦」の能力を検証したと発表。この演習は年次計画に基づく定例訓練であり、特定の国や対象を意識したものではないと説明した。また同日、中国外交部報道官の林剣氏も、これらの行動が国際法および国際慣例に完全に則ったものであると強調し、日本側に対しては客観的かつ理性的な対応を求めた。
さらに同日、北部戦区の815A型電子偵察艦「天狼星」/794が東シナ海から大隅海峡を経て西太平洋に進出した。
筆者は2016年に、中国海軍が2013年から2015年にかけて実施した「機動5号」「機動6号」「機動7号」などの遠洋護衛および統合作戦演習を研究してきた。
「機動」は、中国海軍が海域をまたいで実施する艦隊間対抗演習のコードネームである。1991年には三大艦隊が「機動1号」を、1996年には「機動2号」を、1999年には李登輝前総統による「二国論」提示後の緊張を受けて「機動3号」を実施している。2005年には「機動4号」も行われた。
2013年10月18日から11月1日にかけては、13隻の作戦艦からなる艦隊が沖縄南方約650キロの海域で「機動5号」を実施。遠海での作戦遂行能力を検証し、指揮統制や兵器装備の性能評価を行った。これは「国家の主権、安全、領土の一体性、海洋権益を守る能力」を高めることを目的としていた。
2014年12月4日から12日には、22隻から成る艦隊が沖ノ鳥礁周辺海域で「機動6号」を実施。規模・内容ともに前年を大きく上回り、「遠洋作戦体制の構築」「指揮情報システムの運用」「統合制海」「防空迎撃」などの訓練が行われた。
2015年12月16日から17日には、19隻による「機動7号」が西沙諸島・永興島周辺で実施されている。
初期の「機動」演習は、造船や装備の限界から配備域内での活動にとどまっていたが、2013年以降は第1列島線を越えた西太平洋でも演習を実施するようになり、「近海防御、遠海護衛」という新たな海軍戦略の検証を進めてきた。
今回、中国海軍が硫黄島以南からグアム以北までの西太平洋で展開している動きは、こうした一連の流れを踏まえたものであり、「機動シリーズ」の継続として暫定的に「機動-2025」と名付けられている。(図を参照)

中国海軍は西太平洋の硫黄島以南からグアム以北までの海域で活動を展開。(陸文浩提供)

三国海軍の「機動-2025」演習の組織体系図。(陸文浩提供)
最後に(中国海軍遠海「機動-2025」演習組織体制図を参照)、前述した情報と数多くの手がかりを総合すると、中国海軍が2025年5月下旬から北・東・南各海域の部隊を編成し、西太平洋で統合作戦訓練を実施していることが確認できる。これは従来の「機動シリーズ」年次演習と同様、実兵を用いた遠海統合作戦演習の一環である。その特徴は以下のとおりである。
一、 筆者が2000年に中国軍内部資料を検証した際、「中国海軍の発展戦略は3段階に分かれる」との記述があった。今年5月下旬以降、三大艦隊、南北戦区の空母「山東号」と「遼寧号」編隊、東部戦区の作戦部隊が太平洋第2列島線で実兵対抗訓練を実施したことで、中国海軍は戦略発展の第3段階に入ったと見られる。2020年から2050年にかけて、海軍は地域型海軍として全面的に発展し、北西太平洋の広大な海域で大国・地域大国と海洋権益を競合しながら、国家の大国的地位と海上安全を確保する能力を有すべきとされている。
二、 2025年5月下旬からの演習は、従来の作戦艦と航空兵力による合同演習から、空母を中心とした海・空・宇宙・水下を含む遠海合同作戦へと進化した。これは一世代前の米軍が展開していたネットワーク中心戦(Network Centric Warfare)を模倣したものでもある。演習海域は、2013年に到達した第1列島線の沖ノ鳥礁周辺から、第2列島線の硫黄島以南海域にまで拡大された。
空母編隊は硫黄島以南からグアム以北に至る広域に展開し、軍事戦略上の抑止効果を狙っている。訓練地域は第1列島線から第2列島線、フィリピン海から硫黄島以南海域へと広がり、軍事戦略は従来の「近海防御」から「遠海防衛」への転換を示している。
北・東・南の各艦隊はそれぞれ海空兵力を構成要素とし、従来は大型水上艦を中心とする演習だったが、今回は2隻の空母による「赤軍」3機種による対抗訓練が模擬された。米国主導の環太平洋合同演習を参考にした形だ。今後、「福建号」空母が就役すれば、同海域が3空母体制の訓練地域となる可能性があり、インド洋を含む他の遠海にも展開し、中国の海外利益と海洋権益の維持が視野に入れられている。
三、 今回の演習に参加した中国海軍の兵力規模は過去最大とみられる。確認された艦艇は以下の通りである。
さらに、少なくとも4隻の093型原子力潜水艦(各7,000トン)が空母周囲で警戒任務に就いていると見られ、合計で357,200トンの戦力となる。
四、 「遼寧号」空母編隊と支援艦隊、そして「山東号」空母打撃群は、第2列島線の硫黄島以南からグアム以北の海域に進出し、紅軍(北部戦区海軍)と青軍(南部戦区海軍)による対抗演習が行われたと推測される。東部戦区の各作戦艦艇は、演習外縁での警戒・監視任務に就いたと考えられる。
また、情報収集任務には電子偵察艦「天狼星」/794が投入され、中国艦隊の電子防御力の検証および日米の監視システムの電磁パラメーターの収集が行われたと見られる。
なお、艦載早期警戒機「空警-600」はまだ空母に配備されていないため、防空・対艦情報の取得は、艦隊のレーダー・データリンク・情報部隊・宇宙部隊(衛星支援)・サイバー部隊・統合後方支援部隊の協力に依存している。
五、 一部の専門家は、「遼寧号」編隊がフィリピン東方から国内海を経て南シナ海に進出すると予測していた。しかし、実際にはその予測とは異なり、編隊は南進せず、突如としてグアム方面へと針路を転じた。筆者が以前提示した3つの推定ルート(陸文浩氏の視点を参照)との比較からも、その行動には戦術的な欺瞞が含まれていたといえる。
六、 6月6日、日本の防衛省統合幕僚監部は、新潟県佐渡島以北を東北方向に航行中のロシア海軍ヴィシニャ級情報収集艦/208を確認。8日には北海道礼文島以西を北上し、その後宗谷海峡を通過してオホーツク海へと向かった。さらに6月12日には、ロシア太平洋艦隊所属のフリゲート艦「ステレグシチー級」/333、335、ミサイル哨戒艇「タランタルIII級」/971、補給艦「ドゥブナ級」など4隻が宗谷海峡を通過。近年頻繁に実施されている中露海軍の合同演習との関連性も指摘されている。
七、 「機動シリーズ」演習の最長期間・最大規模・最遠航行距離・艦船の自律性・後方支援力・海域展開力などを総合的に鑑みると、訓練は6月中下旬には終了する可能性が高いと見られる。
八、 上記の分析を踏まえると、「統合火力攻撃戦」では、2つ以上の軍種(陸・海・空・宇宙)およびロケット軍の作戦部隊が統合指揮下に入る体制がとられている。筆者の記憶にある限り、昨年(2024年)9月25日午前8時44分、中国人民解放軍ロケット軍は海南省文昌市付近からDF-31AG大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射。模擬弾頭を搭載したミサイルは南シナ海を越え、フィリピン上空を通過して太平洋へ抜け、フランス領ポリネシアのマルキーズ諸島(Marquesas Islands)近海の排他的経済水域(EEZ)へ到達した。
中国軍事専門家の楊太源博士は、この発射について「中国がロケット軍の核攻撃能力を誇示し、米国を含む西側諸国を第1・第2列島線から排除しようとした意図がある」との見方を示した。
この一連の戦略的な展開を見るにつけ、筆者の頭をよぎるのは、習近平国家主席が2014年末、オバマ米大統領(当時)に語った「太平洋は中米両国を包容するには十分広い」との発言である。今後、中国がこの方針に基づき、統合海空軍種による太平洋での遠洋訓練をさらに本格化させていく可能性は十分にあり、その正当性は、時の経過とともに明らかになっていくだろう。