台湾政界を揺るがしてきた半年間の混乱に決着がついた。7月26日の大規模リコール投票の結果が明らかになり、民進党が全面支援したものの、第一段階で標的となった国民党の立法委員24人はいずれも、国民党と民衆党の連携によって全員が議席を守った。投票前から情勢が極めて厳しいと見られていた新北市選出の葉元之立法委員までリコール失敗に終わり、当初掲げた「少なくとも6議席を奪い、補選で57議席に届かせて過半数を奪還する」という戦略は完全に崩れた。結果は「大規模リコール、大敗北」となり、国民党側の議席は1つも失われなかった。今後3年間、野党である国民党と民衆党が安定的に国会を掌握すると見られ、民進党やリコール推進派、さらには頼清徳総統にとっても災難級の惨敗となった。
リコール推進側の立場から見れば、8月23日にはまだ第2弾として7人の国民党立法委員に対するリコール投票が控えており、「大リコール」の成否はまだ決まったわけではない。もしもここでさらに6議席を奪えれば、依然として理想的な結末を描くことも可能だ。しかし与野党ともに、7月26日の第1弾リコールをすでに「最初にして決着の戦い」と位置づけている。一気に勝負を決められなかった側は士気が大きく落ち込み、次の投票で巻き返すのはほぼ不可能と見られている。ましてや新北市の羅明才氏、台中市の江啓臣氏・楊瓊瓔氏・顏寬恒氏、新竹県の林思銘氏、南投県の馬文君氏・游顥氏といった第2弾の標的は、いずれも国民党の強固な地盤を持つ選挙区で、強い基盤を築いている「超難関」の顔ぶれだ。与党側やリコール主導者たちも、その厳しさを十分に理解しており、8月23日にさらに1議席でも奪う可能性は極めて低いのが実情だ。
大規模リコールは本来「大成功」を見込んでいたが、結果は想定外の“災難級”大敗となった。(写真/ 劉偉宏撮影)
国民党、民衆党に借りを作る 黄国昌氏の政治的影響力が増大 7月26日のリコール投票の政治的影響を掘り下げると、最大の勝者は間違いなく台湾民衆党である。国会の議席数に変化はなかったものの、民衆党が国民党を強力に支援することでリコールを失敗に導き、民進党および頼清徳総統に痛打を与えた。この結果、拘束中の前党主席・柯文哲氏や、長らく鬱憤を抱えていた民衆党支持層にとっても溜飲を下げる結果となり、同時に国民党は民衆党に恩を受けた格好となった。今後の国会運営において、民衆党の「キャスティングボート」としての地位はさらに強まる見通しだ。
さらに、2026年・2028年の統一地方選や総統・立法委員選挙に向けた候補者の擁立でも、民衆党は国民党との協議で有利な立場を築くとみられている。実際、当初は苦戦が予想されていた新竹市選出の国民党立法委員・鄭正鈐氏は、民衆党の市長・高虹安氏との連携によって大差で当選を果たし、「国民党・民衆党両党の協力」が勝利の保証となることを示した。ある国民党幹部は「今回の大リコールを経て、これまで党内にあった“協力できないなら徹底的に排除すべき”という民衆党陣営への考え方は消え去るだろう」と語っており、民衆党主席・黄国昌氏の政治的影響力は今後ますます高まると見られる。たとえ国民党が黄氏の主張に賛同しない場合でも、少なくとも今後は友好かつ敬意ある態度を取る必要があるという認識が党内に広がっている。
国民党は凱道で「リコール反対」の選挙前夜イベントを開催。黄国昌氏は「民進党に鉄槌を」と訴えた。(資料写真/ 陳品佑撮影)
議席を守っても 国民党は実を失った 国民党について見ると、当初は不利と見られていた中で、第1波の大規模リコール投票において予想外の圧倒的勝利を収めた。これにより野党としての国会でのけん制力を維持し、2026年の県市長選や2028年の総統選に向けて勢いをつける形となり、中央政権への返り咲きにも希望が見えたかに思える。
しかし、実際にはこれは国民党単独の力で得た勝利ではない。民衆党による決定的な支援がなければ、台北市の王鴻薇氏・徐巧芯氏、新北市の葉元之氏、新竹市の鄭正鈐氏、台中市の羅廷瑋氏といった国民党の立法委員たちが当選を守れたかどうかは不透明だった。また、頼清徳総統による「頼十七条」から「団結十講」までの一連の発言も、結果的に野党側の動員に火をつけ、国民党候補の勝利に大きく貢献した。
ある国民党幹部は、「大リコールでの勝利は見事だったが、決して有権者が国民党を支持した結果ではない。有権者は民進党に対する強い嫌悪感から、頼清徳総統を票で懲らしめようとしたのだ」と率直に語った。
たとえ国民党が今回の大規模リコールで1議席も失わなかったとはいえ、この間、党内では主張の弱さや組織の緩みといった問題が相次ぎ、党内関係者や支持者から厳しい批判が続いていた。そのため、朱立倫主席が続投する可能性は低く、国民党の権力構造は今後、大きな再編を迎える見通しだ。
党関係者によれば、発端は2025年初めに党中央が民進党立法委員への「精密リコール」を掲げたことにある。しかし結果はゼロに終わり、さらに多くの国民党職員が署名活動で不正を働いた疑いで捜索・拘束される事態に発展した。こうした背景から、朱立倫氏に対する不満はすでに限界に達しており、仮にリコール対象となった国民党議員が全員議席を守ったとしても、朱氏に残された余地はごくわずかだと見られている。
新北市選出の立法委員・葉元之氏(右)は、リコールの危険候補として常に名前が挙がっていたが、予想に反して罷免を免れ、政界に驚きを与えた。(写真/ 柯承惠撮影)
リコール結果にかかわらず 国民党は朱立倫氏の退陣を望む ただし、ある国民党の立法委員は非公式の場で、「たとえ1人もリコールされなかったとしても、朱立倫氏は退かねばならない」と語った。というのも、リコール投票の前に朱氏が提案した「条件付きで台電(台湾電力公司)への数千億元補填を容認する」発言が大きな波紋を呼び、それが彼に対する最後の一撃となったという。党内の各派閥はすでに一致しており、リコールの結果がどれほど良かろうと悪かろうと、党主席は交代すべきだという認識が広がっている。新たな体制でこそ、国民党に新たな局面が開けるとの見方が強い。
一方、リコール阻止の大勝利は、地方の国民党首長、とりわけ再選を目指す県市長たちにとって、大きなプラス材料となった。特に注目されたのは、2028年総統選の有力候補である台中市長の盧秀燕氏。投票の3日前から積極的に応援に入り、黄建豪氏、羅廷瑋氏、廖偉翔氏ら3人の立法委員を守り抜いた。党内では「国民党の女王」としての求心力を改めて示したと評価され、総統選への期待はさらに高まっている。
また、台北市長の蔣萬安氏も、リコール反対運動の中での発言や応援活動が高く評価された。特に選挙区情勢が厳しかった王鴻薇氏や徐巧芯氏を全力で支援し、劣勢を覆して勝利に導いた姿は政界でも好意的に受け止められた。党内では、2026年の蔣氏の市長再選はもはや確実とされ、彼が発揮した政治的エネルギーは、盧秀燕氏と南北で拮抗し得る新たな軸として注目されている。
台北市の蔣萬安市長(左)はリコール投票前、台北市の国民党候補を積極的に応援。その政治的存在感は、台中市の盧秀燕市長と南北で並び立つ勢いを見せている。(資料写真/ 蔡親傑撮影)
賴清德総統と民進党が大きな敗者 内閣改組が浮上 今回の大規模リコールで最大の敗者となったのは、疑いようもなく民進党と頼清徳総統である。頼氏の立場から見れば、民進党はあくまでリコール推進団体と歩調を合わせただけで、発起人ではないという理屈も成り立つ。たとえリコールが失敗しても、国会の構図は変わらず野党が多数を占めている状態が続くだけで、実害はないとの見方もある。
しかし、実際にはそう単純ではない。リコール失敗の政治的な反動は、まず行政部門に直撃する。というのも、頼政権は大規模リコールに対して好意的な姿勢を見せ、実際にいくつもの支援行動も取ってきた。半年以上にわたり政治的混乱を引き起こし、公費を使って選挙業務を行ったにもかかわらず、結果はまったくの空振りに終わった。これにより一般市民の間では「頼政権は本来の仕事をしていない」との悪印象が広がりかねない。
さらに、国民党の立法委員が無差別的にリコール対象とされたことで、彼らの側は民進党および頼政権を「敵」として強く意識するようになった。一連のリコール攻防を乗り越え、今後は再び罷免問題に煩わされることはないが、その分、頼政権が進めようとする政策、人事、予算案は、今まで以上に国会で強い抵抗に直面することが予想される。
ある国民党の立法委員は、「頼清徳総統が任命した卓榮泰行政院長 は就任以来、野党に対して常に攻撃的な姿勢を取り続けてきた。リコール後、国会の構図が固まったことで、卓氏は国民党や民衆党の格好の標的になるだろう」と語っている。
さらに、アメリカによる対台湾の関税政策が7月末から8月初旬にも明らかになるとされており、その税率が国民や産業界の期待に応えられない内容であれば、頼清徳総統には内閣改造の強い圧力がかかる見込みだ。政界ではすでに、「リコールが失敗し、関税でも成果が出なければ、頼氏は卓榮泰氏を更迭し、大規模な内閣改造に踏み切らざるを得ない」との見方が広がっており、そうすることでようやく自らの支持率と政局の安定を図れるとの声もある。
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大規模リコールの惨敗を受け、行政院長の卓榮泰氏(中央)は辞任や内閣改造の議論に直面する可能性がある。(写真/柯承惠撮影)
繰り返しリコール支持を表明 頼清徳総統は知らぬ顔を通せるのか? 関係者によると、行政院はリコール投票後の内閣人事に変動がある可能性について、すでにある程度の覚悟を持っていたという。ただし、その規模が大幅な改造になるのか、軽微な調整にとどまるのかは明確ではない。ただし、一部では「リコールは大敗だったが、対米関税で好材料が出れば、頑固な性格の頼清徳祖須藤は政治的に弱腰を見せるとは考えにくく、卓榮泰氏を更迭する可能性は低い。むしろ小規模な内閣改造にとどまるのではないか」との見方もある。
とはいえ、頼清徳総統の権力基盤が揺らいだことは否定できない。なぜなら、彼は総統として、そして民進党主席として、大規模リコールへの支持を繰り返し明言し、党所属の公職者に対しても全面的な動員を指示していた。今回の惨敗という結果を前に、民進党立法院党団総召・柯建銘氏に責任を一任して逃げ切るのは難しく、頼総統自身も党主席辞任の是非について向き合わざるを得なくなっている。
特に、党内を掌握していた頼清德氏の「絶対的な主導力」は、リコール失敗の余波によって綻びが生じ始め、民進党内の非頼派にとっては息を吹き返し、反撃の機会となる可能性がある。もちろん、直ちに彼の地位を脅かす人物が現れるわけではないが、2026年の地方首長選の候補者選定において、これまでのように「頼の一存」で決まる構図が崩れ、「実力主義」が前面に出る可能性がある。
たとえば、新北市長候補として頼氏が推す民進党秘書長・林右昌氏や、台南市長候補として名前が挙がる林俊憲立法委員は、党内での実力が必ずしも最上位ではないが、頼の後押しによって最有力と見られていた。しかし今後は、民進党内から蘇巧慧氏や陳亭妃氏といった有力対抗馬が名乗りを上げる可能性が高まり、「勝てる候補を推すべきだ」という声が頼氏の意向を上回る場面も出てくるかもしれない。
一方、国民党の選挙関係者は「もし民進党の地方首長候補が、頼清徳総統の独断ではなく予備選で決まるようになれば、それは国民党にとって好ましい展開ではない」と述べ、「むしろ頼清徳氏がこれまで通りの独善的なスタイルを維持し、民進党内の最強候補を排除してくれる方が助かる」と皮肉交じりに語る。たとえば、台南市長選に出馬を狙う国民党の謝龍介氏は、「頼氏が陳亭妃を外し、側近の林俊憲を無理に推すことを望んでいる」と言われている。
さらに、頼清徳総統がリコール敗北後に直面しているもうひとつの問題は、リコール運動を支えてきた曹興誠・元聯電会長らとの関係が今後変化する可能性があるという点である。
「団結十講」発言が物議 少数与党の総統、大規模リコール後は一層身動き取りづらく 関係者によると、与野党の双方には、曹興誠氏やリコール推進団体が今回の「大規模リコールが勢いよく始まりながらも失速し、徒労に終わった理由」をどう受け止めているか、そして今後、頼清徳氏や民進党との関係をどう築いていくのかに強い関心が寄せられているという。
というのも、頼清徳氏が自ら前面に立って打ち出した「台湾団結・十講」の前までは、大規模リコールの勢いは非常に強く、当初は国民党の立法委員12人の罷免を目指すほどの盛り上がりを見せていた。しかし、その後の世論調査では、「頼氏の『十講』による度重なる失言や波紋が、リコール賛成派の勢いを逆に削いだ」とする見方が広がっている。
もし曹氏やリコール団体もこの見解を共有しているとすれば、彼らと民進党、頼清徳氏との関係にはわだかまりが生じるのは避けられず、さらに曹氏の影響力が民進党の党運営や選挙戦略に及ぶ可能性があるなら、両者の対立が表面化することも考えられる。
そうなれば、もともと国会で少数与党という不利な立場にある頼清徳氏の「レームダック化」はさらに早まり、その影響は2026年および2028年の選挙戦全体にも悪影響を及ぼす懸念がある。これは民進党にとって、決して良い兆しとは言えない。