英国紙『フィナンシャル・タイムズ』台北駐在記者カトリン・ヒル氏は7日、報道の中で、西側諸国が中国による台湾への武力侵攻に注目する一方、台湾内部ではむしろ北京が長期的な浸透や文化・経済的な結びつきを通じて「内部から権力を掌握する」動きへの懸念が高まっていると指摘した。記事では、最近の大規模なリコール運動が分裂を解消するどころか政治的対立を深め、中国に有利な状況を招いていると論じている。
台湾が恐れる「内部接管」の構図
米シンクタンク・ランド研究所の台湾問題専門家スコット・ハロルド氏は、中国が長年にわたり台湾の複雑な歴史や政治状況を利用して内部の結束を弱めてきたとし、台湾はこの種の工作に対抗するための政治的・社会的結束を築くのに苦労していると指摘。7月26日に失敗したリコール運動の参加者は、「中国本土や国際社会が投票結果を見て、台湾有権者が親中立場を支持していると判断する恐れがある」と懸念を示した。
台湾大学の政治学者レフ・ナホマン氏は「台湾がここまで分裂しているのを見たのは初めてだ」と語っている。
北京が仕掛ける「内部弱体化」戦術
記事によれば、習近平政権は中共が歴史的に用いてきた「利誘・欺瞞・圧力」の戦略を継承し、1949年の国共内戦における「北平モデル」を青写真としている。近年の手口は多様化し、より深まっているという:
- 民進党政府との公式対話を拒否
- 「融合発展」政策による社会分断
- 観光や農産物市場を利用した世論操作
- 町内会長ら基層リーダーの中国招待
- 青年起業や宗教交流支援による感情的な結びつきの強化
- 現役軍人への統一戦線工作(2024年のスパイ事件起訴者は64人)
- 偽情報拡散(前年比60%増)
- TikTokなどを活用した若年層への浸透
- 台湾ビジネスマン経由の野党支援や選挙動員
藍緑対立(国民党系と民進党系)とリコール拡大
昨年、国民党(藍陣営)が立法院で最大議席を確保すると、民衆党と連携し議会権限の拡大と行政・司法権の弱体化を狙う法改正を推進。しかし違憲判決を受けると、藍白両党は再び大法官の審理人数基準を引き上げて大統領の人事提名を阻止し、結果的に法廷が機能不全に陥った。さらに藍陣営は中央予算を削減し、国民党が支配する地方に重点配分。
加えて国軍の対中防衛行動を制限する法案も提出し、民進党からは「習近平の脚本通りに権力を奪っている」と批判された。これを受け、リコール署名運動は急速に拡大した。
賴清徳政権の対応と課題
賴賴清徳総統は「国家の団結十講」を展開し、国民的結束を呼びかけたが、その過程で「雑質を除去する必要がある」と発言。これに国民党は反発し、民進党を「緑の共産党」と非難、賴総統をナチスになぞらえる発言も飛び出した。中国国営メディアやSNSがこの論調を拡散し、リコールを「賴政権の独裁を否定する国民運動」と位置づけた。
民進党元立法委員の林濁水氏は、党内の猜疑心と過剰な粛正が中間層有権者を遠ざける危険性を警告。淡江大学の政治学者ジェームズ・チェン氏も、リコール結果は有権者の成熟を示す一方、賴政権がより良い政策で社会をまとめなければ2028年の政権維持は難しいと述べた。
用語解説:「北平モデル」
1949年の国共内戦末期、中国人民解放軍は交渉・利誘・政治活動により、国民党が守っていた北京駐屯部隊を戦わずして降伏させ、直接衝突を回避。この手法は「北平モデル」と呼ばれる。近年、中国の一部学者や国営メディアは、このモデルを台湾に応用し、政治的分断や経済的誘因、心理戦を通じて内部の抵抗を和らげ、平和的掌握の条件を整えるべきだと主張している。
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