日本を代表する野外音楽フェスとして知られる「フジロック・フェスティバル」。その徹底された動線設計、会場レイアウト、自然と共生した環境は、アジア各国のイベント主催者にとってもひとつの模範となっている。
2025年のフジロックにも、初参加者からリピーターまで、多くの台湾人が現地を訪れた。《風傳媒 》の取材に応じた参加者たちは、キャンプの過ごし方やステージの演出、出演アーティストのラインナップに加えて、日本と台湾のフェス文化の違いについても語ってくれた。彼らの声からは、なぜこのフェスが毎年苗場へ多くの人々を引き寄せるのか、その理由が浮かび上がる。
台湾のイベント主催者・黄葳さんが感じた「学びの多いフェス」 台湾から初参加した黃葳さん。自身が主催するイベントブランド『生可戀』の経験を活かし、フジロックで学んだフェス運営の工夫を台湾に持ち帰りたいと語った。(写真/黃信維撮影) 今回が初めてのフジロック参加となった黄葳(ホワン・ウェイ)さんは、台湾で音楽イベントを企画する立場から、大規模フェスの運営において多くの気づきがあったと語る。中でも印象的だったのは、海外からの来場者に対する言語対応の手厚さだという。
「会場内の案内板や交通情報、チケット交換の手順まで、すべて中国語表記が用意されていて、言葉の壁を感じずに安心して楽しめました。」
台湾から初参加した黃葳さん。自身が主催するイベントブランド『生可戀』の経験を活かし、フジロックで学んだフェス運営の工夫を台湾に持ち帰りたいと語った。(写真/黃信維撮影) また、会場内の動線設計にも感心したと話す。「観たいアーティストが別のステージにいても、移動が非常にスムーズ。距離があっても苦になりません。台湾のフェスだと、音が混ざって干渉してしまうことが多いのですが、ここではその心配がまったくない。」こうした細部にまで行き届いた運営から、多くの学びを得たという。
黄葳さんは、台湾でも音楽と文化を融合させたイベントを手がけており、自身のブランド「生可戀」では、フェスでの飲酒ゲームの開催や、「赤声躁動」「野人祭」など台湾国内イベントとのコラボも行っている。さらに、台北市内でのボウリングイベントやワイン交流会など、音楽を軸にした都市型のコミュニティづくりにも取り組んでいる。
直近では8月29日に台北の浪漫屋で音楽イベント「金曲之夜(Golden Melody Night)」を開催予定だという。「フジロックのような熱気や一体感を台湾にも持ち帰り、より多くの人が音楽を通じて交流できる空間をつくりたい」と語った。
ボランティアだからこそ見えたフジロックの舞台裏──台湾から5年連続参加のIsaacさんが語る「没入感」 ボランティアの応募は意外にもハードルが高くなく、公式サイトのフォームに必要事項を入力し、3段階の審査を経て参加が決まる。連絡は主にメールで行われ、日本語能力についても「ある程度の会話力は必要ですが、N1やN2といった資格を持っていなくても問題ありません。現地でのテストもなく、比較的自由度が高い」と話す。
5回目の参加となるRIKさん(左)は、会場をくまなく歩いて見つけた隠れスポットやアーティスト作品「ゴンちゃん」の魅力を紹介。右は、2年連続でボランティアスタッフとして参加したIsaacさん。(写真/黃信維撮影) 今年Isaacさんが担当したのは、海外からの来場者向けの翻訳サポート。チケットの引き換えや会場内の案内など、言葉の壁を感じる来場者に寄り添う役割を担った。観客として参加していたときとはまったく異なる視点でフェスを体験できたという。
「以前は“楽しむ側”として来ていただけでしたが、スタッフになるとフェスの裏側がよく見えてきます。イベント全体に自分が関わっている実感が強く、とてもやりがいがあります。」
そんなIsaacさんが最も記憶に残っているのは、数年前に直撃した大型台風だ。会場が一時冠水し、テントも水没するなど被害が出たが、数時間後にはフェスが再開され、スムーズに進行したことに驚いたという。
「大雨の中でも混乱せず、スタッフや来場者が秩序を守っていたのが印象的でした。フジロックの運営力の高さ、そして“最後までやり切る”強さを改めて実感しました。」
今後もフジロックには参加したいと話すIsaacさん。観客としてか、それともボランティアとしてかはまだ決めていないが、「もしボランティアに落選しても、自費でチケットを買って必ず来ます」と笑顔を見せた。
フジロック歴5年の台湾参加者RIKさんが語る「裏スポットと楽しみ方」——生活スタイルとしてのフェス体験 台湾からフジロック・フェスティバルに5回目の参加となったRIKさんは、初めて訪れる人に「まずはすべてのステージを一巡してみてほしい」と勧める。会場には毎年趣向を凝らした仕掛けや小イベントが点在しており、「すべてを歩いて回ると、必ず新しい発見がある」と語る。
5回目の参加となるRIKさん(左)は、会場をくまなく歩いて見つけた隠れスポットやアーティスト作品「ゴンちゃん」の魅力を紹介。右は、2年連続でボランティアスタッフとして参加したIsaacさん。(写真/黃信維撮影) 特にお気に入りのスポットとして挙げたのは「苗場食堂Oasisエリア」だ。ユニークな屋台で何か気になったものを食べてみるのが楽しみで、「どの店もハズレがなく、何を食べても本当に美味しい」と太鼓判を押す。夜遅くまで遊びたいなら、RED STAGEがおすすめだという。電子音楽や個性的なパフォーマンスが繰り広げられ、自由度の高い音楽を好む人は、場外の無料エリアにある「白水晶テントステージ」へ足を運ぶとよい。「深夜3~4時までジャムセッションが続いていて、ここ数年ずっとお気に入りの場所です」と笑顔を見せた。
最近見つけた「隠れスポット」として紹介してくれたのが、アーティストによる作品「ゴンちゃん」。770個以上の小さな石のオブジェが会場のあちこちに置かれており、見つけたら持ち帰ることもできるという。「でも夜遅くに見つけたのはすごく重くて、台湾までは持って帰れなかった」と苦笑した。ほかにも、NGOステージ横のハンモックエリア、木道奥にある小さなピアノステージ、山頂のゴンドラステージなど、探検すればするほど魅力が広がる場所が多く、「山頂のステージは風景もまったく違って、何より涼しいので避暑にもおすすめ」と話した。
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5年間の参加を振り返って、「毎年違う発見があるけど、どの年も変わらず楽しい」と断言。台湾から来る人に向けて、「もしどうしても見たいバンドがいるなら、山道の移動も考慮して装備をきちんと準備しておくべき。一方で、会場の雰囲気やライフスタイルを体験するだけなら軽装でも大丈夫」とアドバイスを送る。
そして最後に、「フジロックに来る多くの人は、有名アーティスト目当てではなく、ここでしか味わえない“ライフスタイルそのもの”を楽しみに来ている。それこそがこのフェスの最大の魅力だと思う」と語った。
台湾から初参加の杜長宏さんが語る、フジロックの成熟度と日台フェス文化の違い 台湾からフジロック・フェスティバル2025に初めて参加した杜長宏(ト・チャンホン)さんは、会場全体の成熟度の高さに強い印象を受けたという。「フジロックは20年以上の歴史があり、交通の導線や会場レイアウト、全体の運営が非常によく整っている」と語り、「台湾のフェス主催者も、ここを訪れて多くを学び、自国のイベントに反映させているのではないか」と分析する。
初参加の杜長宏さん。日本と台湾のフェス文化の違いに驚き、世代を超えて音楽でつながる瞬間に感動したと語る。(写真/黃信維撮影) 一方で、運営面における日台の文化の違いを象徴する場面にも遭遇した。山下達郎のステージ終了直後、グリーンステージ周辺から観客が一斉に退場し、公式グッズ売り場横の狭い出口に人が集中、大きな混雑が発生したという。「台湾のフェスであれば、すぐにスタッフが誘導を変えるだろうが、日本ではあくまで“ルールを守る”運営。主催側は放送で注意を促すのみで、導線の変更などは行わなかった。“しばらく待てば自然に人は減る”というスタンスが興味深かった」と、現場での違いを冷静に観察した。
また、会場で目立ったのは観客の多くがグッズを身に着けていた点だ。「グッズのラインナップも豊富で、どの商品も洗練されている。グッズ販売の影響力は非常に大きいと感じた」と述べ、商業面の完成度の高さにも驚いたという。
音楽面では、近年の出演アーティストの傾向として、よりポップやエレクトロ寄りにシフトしているとも感じた。「パンクやロックの人気はやや縮小し、若年層の音楽嗜好が多様化している。主催者側もその流れに対応しているのではないか」と分析する。
杜さんが最も感動したのは、観客の年齢層の幅広さだった。20代の若者から70代以上の高齢者までが自然に混在しており、山下達郎のライブでは「右隣は70代の日本人女性、左隣は20代後半の男性。イントロが流れただけで、2人とも本当に嬉しそうに笑顔を見せていた。世代を超えた共鳴を感じた瞬間だった」と振り返った。
また、フェス体験の満足度は「どれだけ知っている曲があるか」に左右されるとも感じたという。「『Take On Me』や『We Will Rock You』など、世界的に有名なヒット曲がかかると、会場全体が一体感に包まれた。一方、知らないアーティストのステージは楽しめるものの、どこか物足りなさを感じてしまうこともあった」と正直に語る。
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台湾からの参加には、費用面でも大きな壁がある。交通費・宿泊費・装備の準備などがかさみ、現地調達が難しいのも負担となる。「日本の方は車で気軽に来られるが、台湾からは“信仰”に近いレベルの情熱がなければ来られない」と冗談交じりに語ったが、それでも「音楽フェスという文化の深みを体験できたのは本当に貴重だった。また機会があれば必ず参加したい」と強調した。
衝動的に訪れた初フジロック、「また絶対来たい」と語る濃密な体験――李妍緹さんが語る、音楽・環境・感動のすべて 台湾から初めてフジロック・フェスティバルに参加した李妍緹(リー・イェンティ)さんは、「ずっと憧れていた場所についに来られた」と興奮気味に語る。今年の参加は完全に衝動的なものだった。これまで何度も行こうと考えていたが、友人たちとの予定が合わず断念してきた。今年はたまたま時間ができ、水曜日の夜にチケットを購入し、翌日そのまま出発。一人での参加となったが、「本当に来て良かったと思える体験だった」と振り返った。
衝動的にチケットを購入して初参加した李妍緹さん。台湾バンド「落日飛車」のライブを再び体験できたことに感激したという。(写真/黃信維撮影) 今年のラインナップは「例年ほど目玉が少ない」との声もあったが、李さんは実際に現地で体験してみて、その満足度の高さに驚いたという。「知らないバンドばかりでも、主催者の選ぶアーティストはやっぱり間違いがない。どのライブもとても楽しめた」と話す。
環境面でも大きな感動があった。キャンプエリアに滞在したが、場内の清潔さが印象的だったという。「特にトイレの綺麗さは台湾と比べ物にならないほど。みんな秩序正しく行動していて、騒がしくもならず、すごく快適だった」と語る。食事についても「美味しい屋台がたくさんあり、バリエーションも豊富。食事だけでも楽しめる」と高く評価した。
衝動的にチケットを購入して初参加した李妍緹さん。台湾バンド「落日飛車」のライブを再び体験できたことに感激したという。(写真/黃信維撮影) 中でも今回、最も楽しみにしていたのが、Hyokoと台湾の人気バンド「落日飛車(Sunset Rollercoaster)」のステージだった。李さんは「去年、台北流行音楽センターで彼らのライブを観て感動した」と言い、再びフジロックでその音を体感できたことを「特別な経験」と表現した。「現場の音響はやっぱり最高でした。特にサックスとシンセの音が印象的で、担当メンバーの浩庭さんに“我真的超喜歡你!”(本当に大好きです!)と伝えたくなるほどでした」と笑顔で話した。
今回は第1日目と第3日目のチケットしか入手できなかったため、第2日目は会場に入れなかったが、最終日にもう一度ライブを観る予定だという。「次は必ず全日程のチケットを早めに押さえて、計画的に来たい。ここは本当に来る価値のある場所。また絶対に参加したいです」と語り、フェスへの熱い思いを締めくくった。
サマソニからフジロックへ――初参加で感じた「平面と立体」の違い、沙發さんが語る没入型フェス体験 台湾から初めてフジロック・フェスティバルに参加した沙發(シャーファ)さんは、昨年は参加を検討したものの「フジロックは野外で大変」と友人に言われ、まずは東京開催の都市型フェス「サマーソニック」に足を運んだ。今年は「問題なさそう」と感じ、ついに一人で苗場へと向かったという。「結局友人は誰も来られず、一人での参加になったけれど、それでも来て良かったと思える体験でした」と振り返る。
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昨年サマーソニックを経験し、今年初めてフジロックに参加した沙發さん。台湾との演出や会場演出の違いに驚いたと語った。(写真/黃信維撮影) 普段から台北のライブハウスで台湾バンドの演奏を頻繁に観ている彼女にとって、フェスでの目的は主に海外アーティストのライブ鑑賞。そんな彼女が感じたフジロックと台湾の音楽フェスの最大の違いは、「会場全体の作り込みの緻密さ」だった。
「たとえば台湾の『大港開唱』は海辺の景色が特徴だけど、会場構成はそれほど凝っていなくて、同窓会のような雰囲気。友達に会うことが主目的の人が多くて、会場全体の環境を楽しむ感じではない。でもフジロックは全体に一貫したテーマ性があって、夜に木道を歩けば、ライトアップや装飾がどこも美しく、どの角にも“驚き”がある。音楽と自然が完全に融合しているような感覚です」と語る。
昨年サマーソニックを経験し、今年初めてフジロックに参加した沙發さん。台湾との演出や会場演出の違いに驚いたと語った。(写真/黃信維撮影) また、ステージ演出にも強い没入感を感じたという。「台湾の『浪人祭』でもステージごとにテーマがあるけれど、フジロックはそれがさらに徹底している。たとえばグリーンステージは、山そのものと一体になっているように感じる。ステージごとの個性が際立っていて、それぞれの空間に引き込まれるような感覚があった」と述べる。
照明や演出のクオリティについても「圧倒された」と語る。「昨年のサマーソニックでも驚いたけど、フジロックはステージごとにライティングの演出がまったく異なり、立体的で臨場感に満ちている。台湾のフェスはどちらかといえば“平面的”だけど、ここはまるで別世界に迷い込んだような感覚でした」。
初参加ではすべてを回りきれなかったとし、「多分、数回来ないと全部は把握できないと思う。それくらい奥深い場所。次回も絶対に来たい」と強い意欲を見せた。
今回《風傳媒 》が現地で取材した台湾人来場者たちは、それぞれ異なる視点でフジロックの魅力を語ってくれた。ステージ構成の精巧さに驚く人、日台フェス運営の文化的差異に注目する人、音楽と自然が融合した空間の心地よさに魅了される人――体験はさまざまだが、全員が一致して語ったのは「ここは一度は来るべき場所」という点だった。
フジロックは単なる音楽イベントではない。ライフスタイルそのものを五感で味わえる、かけがえのない空間として、多くの人々を魅了し続けている。