中国軍は9月22日、公式メディアの映像で、2024年5月から海上試験を続ける中国海軍3隻目の空母「福建艦」が、艦載電磁カタパルト(EMALS)を用いたJ-15T戦闘機、J-35ステルス戦闘機、KJ-600早期警戒機の発艦・阻止着艦試験を相次いで成功させたと明らかにした。九三軍事パレードで披露された3機種の実運用入りを裏付けるもので、中国の空母運用能力は大きく前進した。各国の軍・情報機関が一斉に注目している。
米軍事メディア「THE WAR ZONE」や米海軍協会(USNI)も即座に特集を掲載し、福建艦で異なる固定翼艦載機のカタパルト発艦と着艦が滞りなく行われた事実を、中国空母戦力の「驚くべき飛躍」と評価。台湾国防部も近年の「中国軍力報告」で、カタパルト搭載空母の配備が台湾海峡防衛に与える脅威を繰り返し指摘してきた。今回、福建艦が台湾海峡を通過する第9次海試の最中に電磁カタパルトの成果を公表した映像は、台湾側の情報当局にも衝撃を与えた。
中国で3隻目となる空母「福建」は、2025年末の就役が見込まれている。(写真/AP)
福建艦の試験進捗 台湾側の想定を上回るスピード 軍関係者によれば、台湾側は従来、福建艦の正式配備は2025年末と見積もり、過去の海試でも少なくとも1機種のカタパルト発艦に成功しているものの、それがJ-15TかJ-35かは不明としていた。しかし公開映像の日時表示や、甲板要員が防寒服を着用している点から総合すると、2025年3月時点で3機種の無人カタパルト発艦を初成功させ、その後はフル装備状態での運用試験も進めた可能性が高い。これにより、福建艦は就役時から一定の実戦力を備える見通しだ。
福建艦が米・日・欧の軍や台湾軍に注視されるのは、満載排水量約8万トン、最大60機搭載という戦力規模に加え、米海軍のフォード級と同様に先進の電磁カタパルトを備えるためだ。スキージャンプ(STOBAR)の遼寧艦・山東艦と異なり、福建艦の3本のカタパルトは発着効率と sortie 数を大きく引き上げ、搭載機種も戦闘機に限定されない。十分な燃料・兵装を積んだ各種任務機が発進でき、従来艦の軽装発進による航続・性能の制約を根本から改める。
軍関係者は、KJ-600のカタパルト発進成功の意味を特に強調する。スキージャンプ艦では固定翼AEW機が離陸できず、遼寧・山東は航続・探知能力で劣るヘリ型AEWに依存してきたが、福建艦はKJ-600のAESAレーダーにより海空域の探知・管制距離を数百キロ規模に拡張。空母打撃群の外洋での警戒・作戦能力は段違いに高まる。第一列島線を越え第二列島線内側まで踏み込み、高強度の作戦を遂行し得る基盤が整う。また、米フォード級のEMALSは設計上の課題からF-35Cのカタパルト発進が難航しているとされる一方、福建艦は第5世代機J-35の電磁カタパルト運用を先行させ、西太平洋での米海軍に対する圧力を一段と強めた格好だ。
福建艦の甲板に並ぶ早期警戒機KJ-600。空母打撃群の探知・指揮能力を大幅に引き上げる。(写真/CCTVウェイボー)
福建艦の配備で共軍は3個空母打撃群に 台湾東方は「安全地帯」ならず 米海軍にとっても看過できない脅威であるなら、台湾軍の受ける圧迫はなおさら深刻だ。台北政経学院が2025年6月に実施した「台湾海峡防衛兵棋演習」の最終報告は、共軍の急速な戦力増強により、台湾東方がもはや戦略的障壁とは言い難く、主力を東部へ移して温存する従来の前提を再検討すべきだと、意思決定層に警鐘を鳴らした。
元参謀総長の李喜明氏は、情勢が緊迫化した際に空軍主力を花蓮・佳山基地へ東進させ、海軍艦隊を太平洋側へ退避させる従来想定の脆さを指摘。花東の地下壕は爆撃機・潜水艦による巡航ミサイル攻撃の標的となり得るうえ、海軍は太平洋で共軍空母打撃群と正面から対峙する局面が増えるとみる。
国防安全研究院の嶽仲・委任副研究員も、福建艦が戦力化すれば共軍は実戦運用可能な3個の空母打撃群を保有し、台湾の対海峡防衛は量から質に至るまで圧迫を受けると分析。第一に、共軍は台湾東方海域に空母打撃群を常時展開し得るため、危機時に台湾軍が中国沿岸から西太平洋へ抜ける空母群を事前迎撃する機会を失いかねない。第二に、台湾軍が発火前に既存計画どおり海空主力を東方へ移して温存しようとすれば、空母打撃群の長距離火力による先制打撃を受けるリスクが跳ね上がる、というものだ。
台湾軍は東部を戦略的障壁とみなしてきたが、共軍の増強で戦術の綻びが懸念される。写真は花蓮空軍基地。(写真/陳昱凱撮影)
遼寧・山東は脅威限定 福建艦の投入で前提が一変 李喜明氏や嶽仲氏が警鐘を鳴らすとおり、共軍空母が台湾海峡防衛の前提を揺るがす可能性は現実味を帯びつつある。一方で、情報当局関係者は、遼寧艦・山東艦については「理論上の脅威」が実態を上回る面があると認める。とはいえ、今後1~2年で福建艦が完全運用に移れば、状況は様変わりする。台湾海峡防衛作戦の前提全体が見直しを迫られる、厄介な局面になりかねない。共軍は近年、「連合剣」演習で台湾を包囲するシナリオを繰り返し、戦時には東部の戦力温存域を直接叩く意図を明確にしてきた。J-15を計50機搭載する山東・遼寧は、戦闘継続で燃料が逼迫しやすく、兵站面でも持久は最大10日程度にとどまるとの見方がある。
情報当局の分析では、台湾側が行った複数の図上・実動シミュレーションの結果、山東・遼寧は平時・グレーゾーンでの示威には有効でも、本格戦時には決定的脅威とは言い難い。蒸気タービン推進のスキージャンプ艦で搭載機数が限られ、離艦時に燃料満載が難しいため攻防能力が制約される。台湾東方の外洋で任務を遂行するには大型の給油・弾薬補給艦を常時随伴させる必要があり、燃料消費も速い。補給艦を失えば、空母本体が損傷しなくとも作戦継続は困難となる。
台湾空軍は花東の基地から先制し、長射程の空対艦ミサイル(国産AShMやAGM系)で補給艦を優先攻撃する選択肢を持つ。大型補給艦は最も明瞭な目標で、これを沈めれば敵空母群の持続力を削げる――これが従来の想定だ。だが、福建艦が戦力化すれば構図は一変する。台湾東方の太平洋側に展開する福建艦打撃群は、より遠距離から台湾の戦力温存拠点を叩けるようになり、共軍は初めて台湾全周を同時に圧迫する「全方位攻撃」の能力を獲得する。
情報当局は、現時点で遼寧・山東の脅威は限定的とみる一方、福建艦が戦力化すれば台湾軍にとって厄介な局面になり得ると警戒=写真は遼寧艦。(写真/AP)
福建艦は遠距離から主導権 防衛計画の大幅修正は不可避 台湾軍作戦部門の評価では、山東・遼寧の有効攻防半径は300~350キロ程度。台湾側がF-16VにAGM-84K(SLAM-ER、最大約270キロ)を搭載すれば、花東沿岸から約100キロ沖合に出ただけで共軍空母群を射程に捉え得る。さらに東部にパトリオットや天弓などの地対空ミサイルを配し、発射時の航空隊を地上長射程SAMでカバーすれば、生残性は大きく改善する。
しかし福建艦が相手となれば、この「先手打撃」の成立性は急低下する。電磁カタパルトで投入される艦載機の作戦半径は慎重に見積もっても800~1000キロ、KJ-600の探知距離は少なくとも400~450キロに達するとみられる。福建艦打撃群が台湾東岸から約800~1200キロの太平洋上を遊弋する場合、台湾側の打撃隊は弾薬搭載のまま海岸線から500~600キロ以上前進せざるを得ず、地上防空の庇護外でまずJ-35や長射程艦対空ミサイルの迎撃に晒される。空母・駆逐艦どころか、補給艦への接敵すら難しくなる。
情報筋は、台湾戦闘機が空域まで届かない一方で、福建艦から発進するJ-15Tは長距離巡航・極超音速兵器を抱えて数百キロ外から花東の基地を空襲し得ると指摘。055型駆逐艦の対艦・対地弾(YJ-20系)や、093B原潜の発射する巡航ミサイルと組み合わされれば、台湾東部は「安全な温存地帯」たり得ない。毎年の漢光演習で前提としてきた「主力の東方移動・温存」項目は合理性の再検証が不可避で、いわゆる「固安」作戦計画も福建艦の就役に応じた大幅な改訂を迫られる公算が大きい。
元参謀総長・李喜明氏(写真)は、緊張時に戦闘機を花蓮・佳山へ東進、艦隊を太平洋へ退避させる従来想定に課題が生じたと指摘。(写真/柯承惠撮影)
福建艦はグアムも圧迫 固安修正は米側評価との連携が前提 台湾軍の認識では、空母打撃群の脅威増大にあわせ、ここ数年で花東の防空・対ミサイル能力を段階的に強化してきた。妨害デコイなどソフトキルの配備、パトリオットによるハードキルに加え、今後は東部で常設の多層防空網を整備する方針。新規導入のNASAMSは花東の飛行場防護や要地防空に充てる計画だ。ただし、こうした「小幅改修」では新たな脅威曲線に追いつかない――これが軍内の支配的な見立てである。
では、李喜明氏が提起するように、戦時の空軍主力東進という仮定を見直し、本来は西太平洋へ退避させる想定だった海軍主力を東岸近傍に配して、艦上防空ミサイルと地上防空を重層化する“海陸連携防衛”へ転換できるのか。内部事情に通じた関係者は、最終判断には米側の評価が不可欠だと語る。福建艦打撃群は、西太平洋での米軍のパワー・プロジェクション上の要であるグアムにも明白な圧力を与える。米軍がこの脅威を査定し自軍配置を調整した後、台湾軍の「固安」計画の大幅見直しの方向性が定まる――これが現時点のコンセンサスだ。